21、聖剣の騎士だってバレました
「遅いから心配して見に来てしまったわ!」
重そうなドレスの裾を軽快にさばきながら、侍女を従え廊下の向こうから近づく人影――よく通る声質から明らかである。クリスティーナ皇后陛下だ。
「あら綺麗」
俺の顔を見るなり、ぽろりともらす。
「一点の曇りもない白雪のようだわ」
先祖返りした肌のことを言われていると気付いて、俺は髪で顔を隠すように下を向いた。
「クリスティーナ様、申し訳ありません。これからこの子を着替えさせようと思っておりました」
ミーナのドレスの裾が濡れているのに気付いたクリスティーナ皇后は、ハッと息をのんだ。
「あなたまさか――」
侍女の持つ手燭に、皇后様の形容しがたい表情が浮かび上がる。
「――まさかこの者の湯浴みを手伝ったのですか?」
皇后様のひそめた声に意図をくみ取ったらしいミーナ、
「クリスティーナ様、ご存知だったのですか!?」
声のトーンが跳ね上がる。
皇后様は片手でひたいを押さえて、盛大なため息をついた。
「も、申し訳ございません! クリスティーナ様のお気に入りの歌姫となったなら、今夜は寝台で共に過ごされると思いまして、これは清潔にしないと――」
「黙って」
有無を言わせぬ皇后様の声が、低く廊下に響いた。
そうなんだー、やっぱりクリスティーナ皇后ってお気に入りの女性歌手、ベッドに連れ込むんだ~、と思いつつ目をそらす俺。
「やましいことはしていないわ! 添い寝するだけよっ! 誤解しないでちょうだいっ!!」
必死で訴えてくるまなざしが切ない。
「はい、誤解いたしません……」
俺は操られたみたいに答えてしまった。
「早く髪を乾かさないと、風邪を引いて声が出なくなってしまうわ。私の部屋に来て。便利な魔道具があるから」
皇后様は俺の背中をそっと押して、もと来た廊下を戻る。
「それで――」
どこか笑いをこらえるような表情で、俺を見下ろす皇后様。
「あなたのことはなんとお呼びしたらよいのかしら?」
「えっ……」
「ジュリアーナというのは本名ではないでしょう? ジュリアーノくんかしら?」
あちゃー。こりゃ完全に男だってバレてるわ。俺は観念して、静かに名乗った。
「ジュキエーレ・アルジェントと申します」
皇后様は俺の名を口の中で繰り返してから、はたと足を止めた。
「
侍女二人も声こそ発さないものの、ミーナは口元を押さえ、もう一人は目を皿のように丸くしている。
俺も驚いて立ち止まった。
「ご存知なのですか!?」
「私は皇后よ」
すぐに落ち着きを取り戻した彼女は、また歩を進めた。
「
朝から晩までチェンバロの前で過ごしているわけじゃあ、なかったんだな。
「どうして聖剣の騎士が、あんないい声で歌えるの?」
しかし話はまた音楽に戻っているが。
「大体あなたいくつ? 報告では――」
「十六歳って書いてありましたよね」
ミーナが口をはさむ。
「なんで俺の年齢が分かるんですか!?」
「あなた冒険者ギルドに登録してるでしょ?」
ミーナの言葉にうなずく俺。ギルドに登録してる個人情報って、必要があれば皇家に報告されちまうのか。
「十六ですって?」
皇后様の美しい眉間に、深い溝が刻まれた。
どうせ十四くらいにしか見えねえっていうんだろ、と思ったが、それにしては表情があまりに深刻だ。
「どうされましたか?」
先を行く侍女が立派な扉を開け、心配そうに振り返る。
きらびやかな部屋に足を踏み入れながら、皇后様は難しい顔で尋ねた。
「ジュキエーレくん、変声期はこれから?」
「…………」
やっぱりこの人、本当に歌声とか音楽にしか興味ねえんだな!!
なかば感心しつつ見上げる俺の肩を、皇后様は揺さぶった。
「ねえ、あなたのその声は失われてしまうの?」
「ご安心ください。俺もう三、四年前に声変わりしてますから」
十二歳頃、低音域が広がったことに気付くと同時に、高音がつまったように歌いにくくなった時期がある。だがしばらくすると天井が抜けたように気持ちよく高音が出て、俺の声質はガキの頃と変化していた。
「よかったぁぁぁ!」
心底安堵して、ソファに勢いよく腰を下ろす皇后様。豪華絢爛な部屋には、縦にも横にも寝られそうなサイズの天蓋付きベッドや、金枠の大きな鏡が置かれ、椅子もソファもカーテンも金糸で刺繍されている。そしてここにもチェンバロが置いてあった。
「あの、クリスティーナ様」
俺はソファの横に立ったまま、気になっていたことを尋ねた。
「なんで俺が男だって分かったんですか?」
「劇場であなたの歌を聴いたとき、なんとなくね」
「えっ、声で!?」
驚いて訊き返す俺に、皇后様は言葉を探して首をかしげた。侍女たちも彼女の答えを待っているようで、こちらを注視している。
「声というより表現かしら。女性が男性役のアリアを歌っているのとは違う感じがしたの。青年の恋心を、地に足のついた表現で歌っていたから」
つくづく、すげーなと思う。確かに俺は、レモへの恋心を歌に乗せていた。
「ジュキエーレさんは少女のような姿をしていても、心は十六歳の男の子なんだと思うわ」
そりゃそうです。じゃなきゃ困りますって。
「ミーナ、小型の温風乾燥器を持ってきて。この子の髪を乾かすから」
「わたくしが――」
「いいえ、私がしてあげたいの」
皇后様は優雅な手つきで、俺の濡れた髪をまとめた。
「でもあの、皇后様……」
俺は恐る恐る尋ねた。
「俺が男だって分かったから、もう歌手としては興味ないんですよね?」
─ * ─
次回『普段から女の子の恰好なんてしてないよ!(必死)』
皇后様が女性歌手しか好きじゃない理由が判明します! え、サブタイトルがなんか違うって? 気のせいだよっ☆彡
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