09、女の子として採寸されるとか恥ずかしすぎる

 翌日の朝、ダイニングテーブルで朝食をとりながら、俺は向かいに座るレモに当たり前のように確認した。


「今日も音楽室に練習しに行くんだろ? 何時ごろ行く?」


 クロワッサンをちぎって口に放り込む。宿のワンブロック先にあるパン屋で買ってきたのだ。サクッとこうばしいバターの香りが鼻腔に抜ける。


「あ、ジュキに言ってなかったわね。今日はとおの鐘が鳴るころ、仕立屋さんがいらっしゃるのよ」


 レモが俺に予定を伝えていないなんて妙だ。毎日、秘書かってくらい事細かに世話を焼いてくれるのに。


「レモ、新しくドレスでも作るのか?」


 話が見えずに尋ねると、レモはカップ片手に、にんまりと悪い笑みを浮かべた。


「仕立てるのはジュキちゃんのお洋服よ」


 なぜ俺をいきなり「ちゃん」付けする? 嫌な予感しかしねえ……


「劇場に行って、皇后陛下がお聞きになるオーディションで歌うのに、女騎士の鎧姿じゃおかしいでしょ?」


 それは道理だが――


「女性の服を仕立てるってぇわけか……」


 俺はがっくりとうなだれた。


「フッフッフ。理解が早くて結構よ、ジュキ」


「レモせんぱい、悪役みたいな顔ーっ」


 ユリアが指差して笑い出す。


「わざわざ仕立てなくても、あんたかユリアの服を貸してもらえれば充分なんですが――」


 世界を滅ぼす魔王みたいな笑みを浮かべるレモに、つい敬語になる俺。


「だーめーよ! つまんないでしょ!」


「つまんないって……」


「それに私やユリアの服は、ジュキにはちょっと小さいわよ。胸以外」


 レモの服なら胸はそんなに――と反論しかけたが、命を奪われそうなので口をつぐんだ。


「しかもジュキは人族の振りするために、全身を隠す服が必要でしょ? 新しく仕立てたほうが早いわ。お金は楽しむために使わなきゃ!」


「結局あんたが楽しみたいだけじゃん」


「ジュキったらそんな、じとーっとした目で見ないでよ」


 俺はひとつため息を吐くと、カフェラテを飲み干した。


「ま、いいさ。俺は楽しそうにしてるあんたを見られりゃあ幸せだから」


「うそっ、ジュキったらやっぱり信じられないくらい優しい人!」


 感動して涙目になるレモ。


「悪賢いレモせんぱいにはもったいないねぇ」


 軽口をたたいたユリアのほっぺを、レモがぷにょっとつねった。




 朝食後、俺はレモに頼まれて、精霊力を解放してまた髪を腰あたりまで伸ばす羽目になった。なんか最近、ロングで過ごしている時間の方が長くないか?


 レモ曰く、


「男の子だと思われたら、女性の服を仕立ててもらえないでしょ?」


 ――ってぇことなんだが、


「髪伸ばしただけで女の子に見えるわけないじゃん」


「見えるわよ」


「見えないもん」


 不毛な言い合いをする俺たち。


「鏡をご覧なさいよ」


 レモにうながされて、クローゼットの扉にめられた姿見の前に立つ。着ているのはレモから借りた下着のスリップドレス。透けるように薄い絹地が、完全に平らな胸をすべり落ちる。かといって肩ひもから出た腕には筋肉もついておらず、男としても女としても魅力のない自分に落胆する。


 いくら長髪だって、きつい目尻に色の失せた白竜由来の肌はいつもと変わらない。あーあ、普通の姿に生まれたかったな、というガキの頃から何千回と浮かんだ不満が、むくむくと頭をもたげるだけ。


「何うつむいてんの? 髪結ぶからこっち来て座って」


 鏡台の前に俺を座らせて、慣れた手つきでツインテールに結ってくれるレモは楽しそう。


「もう、ふくれっつらしちゃって。私の美人さん」


 いつものようにからかって、俺の頬にチュッと口づけした。――こんな俺でもレモに大切にしてもらえるなら、いっか。


 支度が整ってしばらくすると、玄関のベルが鳴った。客が戸外で紐を引くと、廊下に備え付けられたベルが鳴る仕組みだ。


 二人連れの女性が、布や採寸道具が入っていると思われる大きな鞄を持って入ってきた。


「竜人族のお嬢さんというのは――」


「こちらです」


 レモが俺を振り返る。


「こんにちは」


 俺が挨拶すると年かさの女性が、


「まあ、かわいらしい!」


 と世辞を言ってくれた。うろこの生えた手足をぬっと出した俺は、人族にとってはかわいらしいより恐ろしいんじゃないかと、内心ひやひやする。だが彼女は手のひらで口もとを覆い、


「なんて綺麗なんでしょう! お嬢様の腕は真珠のように輝いて―― そこに美しい銀髪が揺れていて…… 全身が光をまとっているようだわ!」


「ね! 昨日お店で話した通り、すっごく綺麗な子でしょ!」


「ジュキくんかわいーのぉ」


 レモとユリアが自慢するので、俺はくすぐったいような気持ちで目を伏せた。


 そういえば昨日、魔法学園からの帰り道、レモが「寄るところがあるから先に帰ってて」と言っていたのは、仕立屋へ依頼に行っていたのか。


 若いほうの女性も、うっとりと俺を見つめながら、


「先輩。私、竜人族の方って初めてお見かけしましたけれど、こんな美しい種族だったんですね」


「アンナの言う通りだわ。私も知りませんでしたもの」


 若い女性はアンナさんというらしい。


「亜人族の中でも一番魔力量が多いって聞くから、もっとこう戦闘種族みたいなイメージを持っていました」


「そうねぇ。もしかしたら竜人族のは筋肉隆々なのかしら?」


 先輩のほうがアンナさんに返事をして、答えを期待するようにこちらを見た。俺がその竜人族の男なんだが――とは言えず、俺はスーッと視線をそらす。


「筋肉なら狼人ワーウルフ族だよ!」


 ユリアがさっそく「筋肉」というワードに反応したので、俺は内心ほっと胸をなでおろした。


「では測っていきますよ。うしろから失礼しますね」


 先輩のほうが布のメジャーを俺の身体にあて数字を読みあげると、アンナさんが用紙に記入していく。肩幅や腕の長さを測るのは、特に問題なかった。だが――


「さ、次はトップバストですよ」


「バスト!?」


 やばい……!


「あの、俺――じゃなくて私、胸ないんで……」


 震える声で訴えると、仕立屋の女性は柔和な笑みを向けてくれた。


「心配しなくて大丈夫よ。これから成長するんですから」


 成長してたまるかっ!


「少し寄せて、上げて測りましょうか」


 ひゃぁぁ、寄せても上げても無いもんは無いからさわらないでーっ!


「一番高い位置を測りますからね。このあたりかしら?」


「ひゃんっ」


 布メジャーがスリップの上から両の乳首をこすって、思わず甲高い声が出る。


「ごめんなさい、痛かった?」


 女性が慌てて俺を気遣う。


「ジュキったら感度いいのねぇ。今後の参考にしておくわ」


 鏡台の椅子に座って俺を眺めるレモが、ニヤニヤしている。なんの参考だよ、ちきしょーっ!!


「はい、次はアンダーよ」


 一番つらそうなところは、なんとか切り抜けたぞ!


「歌のオーディション用の衣装でしたわね。歌うときのように息を吸ってもらえるかしら?」


「はい」


 すーっと胴体全部に空気をためるように深呼吸する。


「プロの方ってこんなに肋骨が動くのね。素晴らしいわ!」


 俺はなんのプロなんだろう……。歌手も騎士もプロとは思えないし、もしかしたらそのうち女装のプロになっちまいそうで、我ながら将来が心配だ。


「ウエスト測りますよ」


「私、くびれなんて無いです……」


 また泣きそうな声を出す俺に、


「平気よ。数年後にはちゃんと女性らしい身体つきになっていると思うわ」


 なってたまるかーっ!


「ヒップ測りますから失礼しますね」


「きゃっ!」


「あら、ごめんなさい」


 最後にまた変なとこ来たー! もう採寸なんて嫌だーっ!


「ジュキったらお尻も敏感なのね。ふむふむ」


「メモるな!」


 手帳を出して熱心に書き込むレモを、俺は必死の形相で止めたのだった。



 ─ * ─



次回『その頃クロリンダ嬢は』

レモの姉さん、どこに行っちゃったんでしょうねぇ?

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