03★皇帝陛下に兄上の所業を報告する【エドモン視点】

(第二皇子エドモン視点)


 翌朝、僕はアンドレア・セラフィーニ師匠と魔法騎士団の師団長、それから数名の騎士たちと共に皇城内の謁見の間を訪れていた。皇帝である我が父に、昨日のことを報告するためだ。


「父上、まずはこちらをご覧ください」


 壇上の玉座に腰かけた父に、僕は願い出た。師団長に目配せすると、彼が配下の騎士たちに小声で何かを命じた。


 騎士たちが運んできたのは亜空間収納機能が付いた箱。えんじ色の絨毯の上で、凍ったままの六狗女怪スキュラを取り出す。本来、女の下半身には六頭の獣が生えているはずだが、その大半がすでに首を落とされている。


 父はそれを一目見て、顔を曇らせた。


「スキュラ――か。どこに出た? 瘴気の森か?」


「いいえ。帝都です」


 僕は短く答える。


「は?」


 皇帝という立場に似つかわしくない、呆けた声を出す父に、


「魔石救世アカデミーで飼われていたのです」


 僕は事実を告げた。


 一瞬の間があった。だが父は重々しく口をひらく。


「魔石救世アカデミーの地下は魔石の研究施設だと聞いておる。スキュラの飼育も研究の一環だろう」


 反論しようとした僕をさえぎり、


「行き過ぎた危険な研究をしないよう、第一皇子オレリアンに理事として管理させている。あれは、ゆくゆくは武器として活用できるかもしれぬと申しておった」


 その兄上が、まったく信用ならないのだがな。しかし不用意に兄を批判すれば、父から次期帝位をねらう危険分子だと判断されてしまう。


 なんせ兄上がおかしくなったのは、ごく最近のことなのだ。それまではずっと物静かでおとなしいだけの男だった。確かに皇帝の器ではないが、それは現皇帝たる父上とて似たようなもの。周りがしっかりと支えてやれば問題ないはずだった。


 僕が考えをめぐらせていると、


「陛下、発言をお許し願えるでしょうか」


 進み出たのはアンドレア・セラフィーニだった。


「許可しよう」


「ありがとうございます。平和な帝国に魔物の兵器利用が必要なのですか?」


「うむ。帝国内は平和だが、南の海を越えた先にある火大陸では、ひとつの部族が急激に力をつけていると、とらえた海賊から証言があったそうだ。そうだな、宰相?」


 父はかたわらに立つ宰相に首を向けた。


「おっしゃる通りです、陛下。火大陸は長いあいだ戦乱に明け暮れていましたが、ある部族の首領が大陸統一を果たしたと」


 僕もその情報は得ていた。海にへだてられ正式な国交がないため真実かどうか分からないが、火の精霊王たる不死鳥フェニックスをとらえることに成功し、その生き血から不死の兵士たちを創り出したとか。死なない軍隊が他の部族を圧倒し、短期間に火大陸統一を果たしたという。


「火大陸の王となった部族長が、我々が暮らす水の大陸をもねらっているという話です」


「ご説明、感謝いたします」


 アンドレアは礼を言って下がった。


 だがまだ僕は、謁見の間を去るつもりはない。話題を変えよう。


「父上、なぜアカデミーの地下にいるはずの魔物を、我々がつかまえられたかお分かりですか」


「その点についてはオレリアンの従者から報告を受けておる。アカデミーが入っている建物は古いから、床が抜けたそうだな。それで客人たちが地下へ落ちてしまったと」


 兄上め、虚偽の報告をしたな。


「オレリアンにあの屋敷を相続させたのはわしじゃ。責任を持って改築工事をさせよう」


 屋敷のリフォームに話をすり替えられてはたまらない。


「父上。僕がレモネッラ・アルバ公爵令嬢から聞いた話とは異なりますね。彼女たちは落とし穴のような機構によって地下に落とされ、そこには人を食らう三体の魔物が待ち構えていたと」


 父に口をはさませず、僕は矢継ぎ早に話した。


「レモネッラ嬢たちはその魔物を倒して応接間に戻ってきた。すると今度は兄上が亜空間を作り出す禁術を使い、彼らとそのスキュラを閉じ込めたそうです」


「エドモン」


 父が苦い顔で僕の名を呼んだ。


「お前は朕に、息子の言葉を疑えと申すのか?」


「父上、私もあなたの息子ですよ」


 間髪入れずに答えてやった。


「だがエドモン、お前はその目で見たわけではなかろう」


 確かにその通りだ。だが僕は反論した。


「ですが父上。我々が部屋に入ったとき、兄上は聖剣の騎士アルジェント卿に剣をつきつけていたそうです。ここにいる師団長が見ております」


 師団長に視線を向けると、彼はしっかりとうなずいた。


「はい、この目でしかと拝見いたしました」


 父は疲れた表情でため息をつき、


「聖剣の騎士から息子に対して、何か無礼があったのではないか? 竜人族は気性の荒い種族だと聞く」


「父上、お言葉ですがアルジェント卿は、そんな人物では――」


 僕はうっかり感情的になってしまった。ジュキエーレちゃんの落ち着いた優しい声色と、真摯にこちらを見つめる濃いエメラルドの瞳を思い出したからだ。


「エドモン。お前は兄を疑い、会ったばかりの少数民族の男を信用するのか?」


 まあ、アルジェント卿を知らない父に言わせれば、そんなものだよな。


 だが僕は、人を見る目はあるつもりだ。女の子扱いされて戸惑いを隠せず、皇子である僕に取り入ることも考えずに、感情が顔に出てしまう素直な少年――。僕を拒絶するときさえ傷付けないように気を遣って、言葉を選んでくれるあの優しさ。婚約者であるレモネッラ嬢と手をつないで話しているときの、心底幸せそうな屈託のない笑顔。


 ああ、僕の美しいアルジェント卿。君の言葉を疑うなんて、できるはずない。


「朕は兄弟喧嘩を望んではおらん」


 父の荘重な声が、謁見の間に響いた。


「お前には兄を助けてやって欲しいのだ」


 僕だって兄上があの怪しいアカデミーに関わるまでは、そのつもりだった。


「エドモン、お前はさといから古代の歴史についてもよく知っておろう。古代王朝には後継者争いで滅びた国も多い。だから我が帝国では必ず、帝位は長男に継がせる。それが帝国の平和を維持する第一だ。第一皇子に才がなければ、周囲に優秀な者を配置するのだ。現に朕は、宰相に支えられておる」


 父上は――自分が皇帝の器でないと理解していらっしゃったのか……。僕はこうべをたれたまま、父の言葉を聞いていた。


「賢いお前に、朕はその役目を望んでおる」



 ─ * ─



証拠を見せても動かない皇帝。次話『皇帝を動かす方法はあるのか?』次の作戦が明らかに!

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