21、魔物使いの襲来

「た、助けてくれ! 盗賊だ!」


 前の馬車から泡を食った叫び声が聞こえる。御者のものか乗客のものかは分からない。


「本当に盗賊か?」


 盗賊なら林の中から集団で現れて馬車を囲むはずだが、鳥の声が途絶えた街道は静まり返っている。


「ちょっ、ジュキ、危険じゃない!?」


 馬車の窓から屋根に上がろうとした俺にレモが声をかける。


「結界張ったし、俺自身も聖石に精霊力を多めに流してるから」


 女騎士の変装はしていても、ドワーフ娘のドリーナさんが作ってくれた魔装具は身に着けている。ベルトの裏とマントの留め具には、強力な聖石がはまっているのだ。


 俺が窓枠に右足をかけたとき、


「襲え!」


 林の中から声が聞こえた。


 ブブブブブ……


 耳障りな羽音と共に巨大な蜂が一斉に―― 俺たちではなく前の馬車を襲う。


「窓を閉めろ!」


 前の馬車に向かって叫んでから、


「豪雨よ、来たれ!」


 空をあおぎみる。初夏の空に暗雲が集まり、二つの馬車を避けて滝のような雨を降らせ始めた。


 人間の頭ほどの大きさがある毒巨蜂ポイズンホーネットは、どしゃぶりの雨に叩き落とされるものもあれば、馬までたどりついて、俺の張った水の結界を破ろうと毒針を剥き出しにするものもある。


烈風斬ウインズブレイド!」


 レモが窓から顔を出して風魔法を仕掛けるが、馬に当たらないようコントロールしているせいか、毒巨蜂ポイズンホーネットの羽を切り落とすくらいで致命傷にはいたらない。


 しかしそのとき、うしろから間抜けな声が聞こえた。


「よっこらせ」


 巨大な戦斧バトルアックスをたずさえて、ユリアが上がってきた!


「おい、ポイズン・ホーネットは猛毒を持っているんだ! 無理するな!」


「だいじょぶ~。わたし健康優良児だから毒食べても元気なのー」


 いや、健康とか関係ないんじゃ…… でもユリアなら特殊体質だと言われたら納得してしまうかも……


「ジュキくん、前の馬車のお馬さんのとこまで連れてって!」


 俺の結界が張ってあるとはいえ、蜂に襲われて暴れ出す馬を見る限り、考えている暇はなさそうだ。


「よし、飛ぶぞ!」


 俺はワンタッチで留め具からマントをはずすと、翼を広げてユリアを抱えた。御者の頭上を飛び越え、前の馬車に――


「て、天使族だと!?」


 御者が驚愕の声をあげる。天使族なんていう亜人族は存在しない。この地域は亜人族の領土からかなり離れているから、人族の御者は彼らの神話とごちゃ混ぜにしているのだろう。


「ほやっ、ちょうっ、たあっ!」


 ユリアが戦斧バトルアックスを振り回して、前の馬車を引く馬と御者をねらう蜂どもを徹底的に叩き潰していく。


 それなら俺は林の中にいるやつらに集中しよう。ユリアを抱えたまま、立ち込める雲を見上げ、


「いかずちよ、来たれ!」


 ゴロゴロゴロ……バリィィィン!


 黒雲から地上に向かっていくつも稲妻が走り、水に濡れたポイズン・ホーネットを直撃する。


 木々の下に隠れるやつには、


吹夥矢ヴァンミッレアロー!」


 レモが馬車の窓から、一度に無数の風の矢を射かける術を放って仕留めていく。


「あらかた片付いたか?」


 自分たちの馬車の上に戻って、あたりを見回す。同時に服の下で竜眼ドラゴンアイもひらいて魔力を察知する。


「まだ残っているような気がする――」


 目には見えないものの林のあちこちに、こちらをねらう意識を感じる。レモが馬車の中から、


「最初に聞こえた爆発音はなんだったのかしら?」


 気味悪そうにつぶやいた。


「確かに」


 俺もあたりを警戒しつつ、


「ポイズン・ホーネットは毒針攻撃だけで、攻撃魔法は使わないよな」


「さっき、襲えって声が聞こえたでしょ? おそらく魔物使いがどこかに隠れているんだわ」


「最初の攻撃は馬車を足止めするためのものか」


 屋根の上から見ると、先頭の馬の前に穴があいているだけで、馬も御者も怪我はないようだ。


「足止めというより単純にはずしたんでしょ。ポイズン・ホーネットなんて数がいなけりゃ役に立たないモンスターを使うやつの実力なんて、たかが知れてるわ」


「くっ……」


 林の中から悔しそうなうめき声が聞こえた。そこか!?


「凍れるやいばよ!」


「うぐっ!」


 ガサガサっ!


 手ごたえはあったはずだが、直後に移動したらしい物音が聞こえた。おそらくかすった程度だろう。


「どこにポイズン・ホーネットが隠れているか分からねえ以上、深追いすんのは悪手だな……」


 ちっ。ザコ相手とはいえ一筋縄ではいかねぇか。


「ジュキ、私が考える作戦は三つね」


 頭脳担当のレモが下から声をかけた。


「一、私のあんまり得意じゃない火魔法で、とりあえず林を火の海にしてみる。二、ジュキの水魔法で、林に降らせた雨を全部凍らせる。三、とりあえず無視して進む」



 ─ * ─




示された3つの道。ジュキはどれを選ぶ!?

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