二、道中ザコが襲い来る

16、ドキドキ混浴☆大作戦

 朝、自治領の領都ヴァーリエを出た俺たちは夕方、帝都へ向かう街道沿いにある三つめの宿場町に到着していた。旅人が行き交うにぎやかな街の向こうには、峰々が連なっている。


「けっこう栄えてるな」


 馬車駅から宿までの道すがら、きょろきょろとあたりを見回す俺に、


「この街――アーヴェンは古代から、湯治の街として有名だったのよ」


 レモが解説してくれる。


「湯治?」


「そう。治療客用の温泉テルメがあるの」


 なるほど。もとから温泉保養地として発展していた街を、街道で帝都まで結んだのか。


 俺たちをユリア・ルーピ伯爵令嬢ご一行だと知って、駅逓馬車の御者が勧めてくれた宿は、中心街に建っていた。


「すげぇ豪華だな……」


 ひときわ立派な屋敷を見上げて、俺は思わずもらした。冒険者用の宿にしか泊まったことがないのだから当然だ。一階にはもちろん酒場などなく、吹き抜けになったロビーの床には絨毯が敷かれている。


 ユリアが受付で、ポシェットから印章指輪を出し、


「ルーピ伯爵家のユリアだよー」


 気の抜けた自己紹介をすると、レモがまた、


「わたくしはその侍女、こちらはユリア様の護衛を務める騎士です」


 すらすらと偽りの身分を並べた。


「伯爵令嬢様をお泊めできるとは光栄です。三階の特別室があいておりますので、ご案内しましょう」


 宿の女性が大きな階段へ俺たちを導くと、ユリアがのんびりと尋ねた。


「特別室って何が特別なのー? お化けが出るとか?」


 そんな嬉しくない特別感はいらねーよ。


「お化けは出ませんよ、お客様。温泉つきなんです」


 階段を上りながら宿の人が説明してくれる。


「フロア全体が貸し切りとなっておりまして、寝室が二つに応接間と食堂、さらに屋根付きテラスがございます。テラスに設置した大理石の浴槽に、温泉水を汲み上げているんですよ」


「素敵! 専用露天風呂付き客室ってことね!」


 レモが目を輝かせる。


「もぉう一日中ガタガタ揺れる馬車に座りっぱなしで、全身こり固まっちゃったわ!」


 俺も、うんうんとうなずきつつ、


「だよな。療養で有名な湯に浸かって、早くほぐしてぇよ」


 馬車旅は、歩くよりずっと楽で早いのは確かだが、徒歩とは違う疲れ方をする。


 宿の女性は、ほほ笑みながら特別室の扉を開けつつ、


「ええ。女性の方三名様ですから安心ですね。皆様で楽しんでくださいましね」


 ん? 考えてみたら――


「は~い!」


 妙にいい返事をしたレモが俺の腕にしがみついて、無防備に胸を押し付けてくる。


「帝国一美人な女騎士のジュキちゃん、一緒に入りましょうね!」


 やっぱりこうなる!!


 宿の女性は、テラスに面した応接間のローテーブルに何やら布の束を置くと、


「アメニティは三名様分、こちらに置かせていただきますね」


 彼女が部屋から去るのを待って、俺はすぐに口をひらいた。


「レモとユリアで先、入って来いよ」


「んー」


 レモがあさっての方向に視線を向けて、一瞬考える。ろくでもねぇ作戦を練っているに違いない!


「宿の人が水着を置いて行ってくれたんじゃないかしら」


 布の束を手に取りながら、


「ほら、やっぱり」


 水着あるのか。ならいいか。と思いきや――


「ちょっと待てこれ、三着とも女性用じゃん!」


「大は小を兼ねるって言うじゃない」


 軽い感じで助言するレモに、


「どういう意味?」


 女モノの水着を手に、怪訝な顔をする俺。


「女性用は男性用より布の面積が広いから、問題ないっていう意味よ」


「問題あるかないかは俺が決めるんで」


「え~」


 レモは心底残念そうな声を出す。


「ジュキが女の子の水着きてるとこ、見たかったな~」


 変態さんですか!?


「ねぇジュキ、とにかくテラス見に行こうよ」


 両手で俺の右手を握って上目づかいに誘うレモ。くっ、かわいい……


「まあ、そうだな」


 レモに手を引かれてテラスに出ると――


「わっ、広い!」


 俺は思わず声を上げた。大理石の円柱が立ち並ぶ空間に、湯気が立ちのぼっている。温泉の匂いをかいでいると、レモが説得を開始した。


「こんなに広いんだもの。離れて入れば大丈夫よ。私たち水着きるし。たくさん布置いて行ってくれたから、ジュキは腰に巻けばいいじゃない」


 ま、そうかな? と思ったところで、ソファでうたた寝していたユリアが口をはさんだ。


「ジュキくん気を付けた方がいいよ。レモせんぱいに腰布、引きずり下ろされないように」


「さすがにそこまでしないわよっ!」


 レモが声を荒らげた。そこまでって、どこまでならする気なんだよ?


「じゃあジュキ、お化粧落としましょうね」


 レモは自分のポーチをあさりながら、


「えーっと、ローズヒップオイルはこれね。はい、目つむってて」


 言われるままになりながら、いつの間にか混浴決定してることに気付く俺。おかしいな、どこで丸め込まれたっけ? でもまあ離れていれば、俺が自制心を失って湯の中で致すなんてこともないよな。ユリアもいるし。


「うふっ、ジュキったら目つむってると、まつ毛長いのが際立つわね!」


 嬉しそうなレモの声。大切なものを扱うような彼女の手つきがハンカチ越しに伝わってきて、ドキドキする。


「はい、終わったわよ」


 甘い花の香りに包まれていたら、レモが全部やってくれた。


「サンキュ」


 そっと目をあけると、


「あ。ジュキ、やっぱりかっこいい……」


「え? どしたの急に?」


 突然、両手で顔を覆って恥じらうレモに戸惑う俺。


「今日一日、ジュキの素顔見てなかったから。やっぱり私……ジュキのこと―― 好きっ!」


「俺もあんたのこと――」


「ジュキくん、まだツインテだし胸もついてること忘れてる?」


 しまったぁぁぁっ! ユリアのツッコミに、我に返る俺。くそっ、髪型はまだしも女騎士の鎧! 恥ずかしすぎる!


「そうね、お湯に浸かる前に髪まとめてあげるわ」


 頬を朱く染めたまま、レモが俺のうしろに立った。彼女のなめらかな指先が、俺のうなじを優しくすべってゆく。こんな格好じゃなきゃ素直に喜べるのにーっ!


「じゃあ私たち着替えてくるから、ジュキは先に入っててね!」


 俺の両肩に手を置いて耳元でささやくと、レモの唇がちょこんと俺の耳たぶに触れた。うわ~、心臓がバクバク言ってるぞ。どうすんだ、これ。


 レモとユリアが寝室に消えると、俺はさっさと服を脱ぎ捨てて布を手にテラスへ出た。


「あれ?」


 俺は湯気の向こうに目をこらした。月明かりの中、何か黒い影が――


「グゲゲ……」


 異様な笑い声とも鳴き声とも聞こえる音を発しながら、円柱のうしろからモンスターが姿を現した。蛾の羽を生やした二足歩行のトカゲみてぇなやつが、両手で重そうな盾を持っている。


「さっきまで何もいなかったのに――」


 空からやってきたのだろうか? そのとき、部屋の中からレモとユリアのはしゃぐ声が聞こえてきた。


「早く入ろーっ!」


「レモせんぱい、待ってぇ」


 俺は魔物をにらんだまま叫んだ。


「二人とも、来ちゃだめだ!」




 ─ * ─




次話、半裸でいちゃいちゃ――じゃなくてバトル回です。

いや、どっちもか ⸜( ´ ꒳ ` )⸝

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