06、聖剣の騎士は聖獣に愛される

「それならが、竜王殿のお生まれになったこの村をお守りしましょう!」


 夕暮れの海から姿を現したのは――


巨海蛇シーサーペントだと!?」


「なんでセレーナ湾にシーサーペントなんて出るんだ!?」


 村の下の入り江はセレーナ湾と呼ばれているのだが――


「スルマーレ島に帰ったんじゃなかったのかよ……」


 かなり距離のある丘下の海から長い首を伸ばすシーサーペントに、俺は呆れた声でつぶやいた。


「竜王殿の故郷を見てみたく、ヴァーリエ港からこっそりけていたのだ!」


 自慢げに尾行を白状するシーサーペント。


「ストーカーする聖獣っているのねぇ~」


 レモが物珍しそうな目で見てるぞ。


「ちょ、ちょっと待てジュキ」


 親父が俺の肩に手を置いた。


「まさかお前、伝説の聖獣から『竜王殿』って呼ばれてんのか!?」


「あいつが勝手に呼んでるだけだから」


「あいつ!? お、お前っ、聖獣をあいつ呼ばわりって――」


 あ。これは親父に怒られるかな……


「偉くなったなぁぁぁ! 感激だぱーっ」


 また泣いた。親父は滝のような涙を流しながら、大きな手で俺の頭をわしゃわしゃとなでまわした。


「ジュキちゃんたら立派になって――」


 母さんまでまた目頭押さえてるし。


「聖剣の英雄ってぇ二つ名だけでもすげぇと思ってたのに、竜王かよ……」


 酒場のテラス席からシーサーペントを見上げる村人たちも、口々に驚きの声を上げる。


「あの小さくてかわいかったジュキちゃんがねぇ」


「いや、小さくてかわいいのは今もじゃね?」


 くそっ。なんでいつも俺はこういう扱いなんだ!? 俺のとなりでレモが笑いをこらえてるのも面白くねぇ。


「それで竜王殿! この村の守護をに任せてくださいますなっ!?」


 でっかい目をきらきらさせながら俺を見下ろすシーサーペント。確かにこの聖獣が村を見守ってくれるなら安心だが、反対意見は意外なところから出た。


「えぇ~、シーサーペントくんはスルマーレ島の守護聖獣じゃん」


 ちゃんと領主の娘らしい働きを示すユリア。


「くっ、ぷにぷに娘か……」


 正論を吐いたユリアに反論できないシーサーペントに、レモがしれっと追い打ちをかけた。


「じゃ、ホワイトドラゴンにこの村を守ってくれるよう頼んできてよ」


 それから俺を振り返り、


「一応あのドラゴンさん、ジュキと同じ力を持ってるんでしょう?」


 その言葉に村人たちが静まり返る。ニセ聖女に封印されていた力が戻ったとは話したが、それが水の精霊王たるホワイトドラゴンと同等の力だとは打ち明けていない。


 俺はなるべく小声でレモの質問に答えた。


「まあ俺はドラゴネッサばーちゃんの力を丸ごと受け継いでるらしいからな……」


 前の方にいるやつらが目をかっぴらいているが、何かの間違いだと思っているに違いない。


「それならシーサーペントが残るよりずっと安心だわ」


 言い放つレモに、


「ひ、ひどい…… 汝のその性格、本当に聖女にならなくてよかったな。図々しいにも程があるわっ!」


 悔しそうなシーサーペントはレモに背を向けた。


「一応ホワイトドラゴン殿に頼んではみるが、あの方はまだ封印から目覚めたばかり。期待するなよ」


「温泉入ってるんでしょ?」


 確かにレモが突っ込んだ通り、ばーちゃんは「ゆっくり温泉に浸かって固まった身体をほぐす」とか言っていたのだ。


「ちゃんと連れてきてよっ」


「なんと聖獣使いの荒い娘だっ!」


 シーサーペントは憤慨して、さっきより暗くなった海の中に姿を消した。


「お嬢さん、ホワイトドラゴンってまさかあの千二百年前に封じられたと言われる、伝説の精霊王ではないですよね?」


 聞き覚えのある声に振り返ると――


「ドーロ神父!」


 なつかしい顔に俺は思わず駆け寄った。精霊教会の神父である彼は、ガキのころ魔術師匠や手習師匠のもとへ通えなかった俺に、文字の読み書きや音楽、社会の基礎知識を教えてくれた人だ。


「ジュキ、おかえり」


 彼は柔和な笑みを浮かべて両手を広げた。子供のころと同じようにその胸に飛び込むと、


「少し背が伸び――てないか」


「神父様までひどいっ!」


「ハハハ。身長と一緒に声帯まで伸びて、高い声が出なくなったら嫌だろう?」


 えぇ……予想しなかった返しだな、これは…… さすが俺の音楽の先生。


「聞くところによると、その美しい歌声でたくさんの人を癒してきたそうだね?」


 主にモンスターを弱体化してきたような……


「そうなんです! 神父様!」


 前に進み出たのはレモ。


「私もジュキの歌声に癒されて、すっかり心を奪われてしまった一人です!」


 ホワイトドラゴンの件がうやむやになってよかった。ドラゴネッサばーちゃんなどと気安く呼んでいたが、考えてみたら精霊教会のご本尊の一体である。


 ドーロ神父がレモにめんどくさいことを質問しないうちに、俺は村のみんなに声をかけた。


「気を取り直して、そろそろ食べようよ!」


「そ、そうだな! 我らが英雄にして聖剣の騎士、ジュキエーレ・アルジェント卿に乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


 みんな声を合わせて、葡萄酒がなみなみとがれた器をかかげた。


「ジュキちゃん、冒険の話を聞かせておくれよ」


 あうあう言ってる赤ん坊を背負った若いお母さんが、俺の隣に座った。


「アタシも聞きたいねぇ! この子にも聞かせてやってよ。将来ジュキちゃんみたいな英雄になれるようにさ」


「えーゆーえーゆー!」


 元気な声が聞こえて肩越しに振り返れば、よちよち歩きの女の子がお母さんに手を引かれてはしゃいでいる。


「ジュキったらモテモテね!」


 反対側のとなりからレモが声をかけた。


 しかしお気付きだろうか? 口に出すと、横とうしろにいらっしゃるお姉さま方に怒られそうだから言わねぇけど、俺に声をかけてくるのは上の世代ばかりだということに。


 同世代の連中はほとんどがガキのころ、イーヴォにくっついて俺をいじめていたか、傍観していたかの二択なのだ。だから今も微妙に気まずそうに、遠巻きに眺めている。俺もあえて関わりたくないから助かるけどな。


 不死身の巨大毒蜘蛛グランスパイダーとの戦いについて話していると、周囲にどんどん人が集まってくる。


 人垣の中心にいた俺はすっかり気付くのが遅れたのだが――


「ほ、本当にホワイトドラゴンが出たぁぁああぁぁっ!!」


 誰かの叫び声に夜空を見上げると、月を隠すように翼を広げた真っ白いドラゴンが俺たちを見下ろしていた。


 本当に来ちゃったよ…… 伝説級の存在が――




─ * ─ * ─ * ─




ホワイトドラゴンは村を守ることを了承してくれるのだろうか?


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