04★ニセ聖女のたくらみ【敵side】
すべての鎧戸が閉ざされたうす暗い部屋のベッドに、死者のごとく身動きしない女が横たわっている。瑠璃色の髪をしたその女が、突如むっくりと起き上がった。
「とんでもない目にあった!」
天井から下がる豪華なシャンデリアには蜘蛛の巣が張り、室内を照らすのは鎧戸のすき間から漏れる一筋の光だけ。
「なぜあの女は実の姉を攻撃するのじゃ!」
理解できぬと言わんばかりにかぶりを振る。
「しかもあの姉のほうは異様に弱いと来ている。このラピースラ・アッズーリの魂が乗り移ったにも関わらず、一切反撃できずに敗退するとは、なんたる屈辱!」
ベッドに並んだクッションへ、こぶしを叩きつけた。
「だがあのクロリンダとかいう女の身体は、我が乗り移る前からケガを負っていた。それで力が出せなかったのかもしれぬ」
まさかそのケガも実の妹レモネッラの攻撃によるものとは、ゆめにも思わぬラピースラ。
彼女がベッド下の靴を履いていると、重厚な扉が開いて金髪の若い男が入ってきた。
「戻っていたのか。ふん、まったく陰気な部屋だ。死者にはぴったりだがな」
皮肉な笑みに口もとを歪め、天井の高い壁に嵌まった大きな窓を開け、鎧戸を開け放った。途端、初夏の風が舞い込み彼のブロンドを揺らす。その耳介に埋め込まれた魔石がきらりと光った。
「オレリアン殿下――お言葉じゃが、我が魂はこの器――ロベリアの身体の中で生きておる」
ラピースラの言葉にオレリアンと呼ばれた男は、冷たい視線をちらりと向けただけだった。
「ところでオレリアン殿下、今日は一日王宮で政務に就かれるご予定では?」
「法衣貴族どもに押し付けて抜けてきたのだ。僕の仕事に口をはさむな。お前の方はどうなんだ? もう戻って来たということは、ジュキエーレ・アルジェントとかいう竜人の居場所が分かったのか?」
ラピースラは肯定も否定もせず、
「折よく本人が現れました」
「ほぅ」
オレリアンがすぅっと目を細めた。
「ではすでに
「おそらくは、ここから派遣した怪鳥が」
ラピースラはベッドから立ち上がり、部屋の反対側に置かれた古びた木製の机に向かう。
「この離宮の地下でお前が創った魔獣か」
「はい、操作追跡用の魔石を埋め込んだゆえ、今からその結果を確認しましょう」
「なぜ見届けずに戻ってきたのだ」
オレリアンの詰問には答えず、ラピースラは精緻な木彫りの椅子に腰かけた。机の上に置かれたひときわ大きな魔石をのぞきこんで、
「浄化されているじゃと!?」
驚きの声を上げた。
「あいつのしわざじゃな。聖女の力を持つ公爵令嬢レモネッラめ……!」
「魔石が浄化されたということは、お前の創った魔獣は倒されたのか」
ラピースラは無言で唇をかんでいる。
「おいおい勘弁してくれよ? 僕の治世になったら人族の支配を強めようというのに、魔力が強い竜人族に聖剣を使う騎士が現れるなど、僕の計画の邪魔にしかならない。僕は父上のように亜人族を自由に泳がせておくつもりはないからね」
亜人族の領土に聖剣の騎士が誕生したというニュースは、すでに帝都の中枢へ伝わっているようだ。
「やはり我が封じたジュキエーレ・アルジェントの精霊力が戻ったとしか思えぬ」
ラピースラはあごに指を添えて眉根を寄せた。
「しかし不思議じゃ。赤ん坊のときに一度見たきりなのに、あやつの姿には見覚えがある……」
千二百前の修道女だったラピースラは頭が古いので、まさかジュキエーレが女装していたとは思いもしない。
「精霊力か魔力か知らぬが、その竜人は力を取り戻したのだろう」
オレリアンは冷たい声で続けた。
「昨日、ヴァーリエに
「くっ。バルバロ伯爵め、しくじったのじゃな……。魔神アビーゾに祈って神託を――」
「神託? まだそんなことを言っているのか、お前は」
オレリアンは声を上げて笑った。
「状況から分かることをいちいち、くだらん力に頼って愚かだと思わぬかね? 魔神信仰などという怪しげなことはとっととやめたまえ」
ラピースラは何も答えなかった。
「次の手は考えてあるのか? またお手製の魔獣でも送り込むか?」
「いいえ」
静かに首を振って顔を上げたラピースラの
「ジュキエーレのとなりにはいつも
「聖女の力を持つ女か。だがお前が乗り移ったとて、聖魔法でどう戦うつもりだ?」
「ご安心を。あのレモネッラとかいう公爵令嬢、攻撃魔法もなかなかのもの」
「姉のように簡単にやられはせんというわけか」
納得するオレリアンのうしろで、ラピースラはほくそ笑んだ。
「ジュキエーレは甘ちゃんだからのう、愛する恋人を攻撃できんのじゃ……」
─ * ─ * ─ * ─
ラピースラのたくらみは成功してしまうのか!? 次回はジュキくんSideに戻ります!
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