23、帝都からの手紙

「どす黒い影が広場を横切ってる――」


 レモの視線をたどった先には、黒い服を着て口ひげを生やした男の姿。魔術剣大会エントリー用のテントまで歩いて行く。


「あれ、あいつだろ。バラバラ伯爵だっけ?」


 とっさに名前が出てこない。


「ほら、セレニッシマ号の中で二夜連続で俺たちを襲った――」


「ああ、バロバロ伯爵ね!」


「いやなんか違うな。バルバル?」


「名前なんてどうでもいいわ。ジュキの目には、あんなおぞましい姿が見えていたなんて――」


 レモは身震いした。


「俺の目じゃなくて竜眼ドラゴンアイな」


 これを俺の目と言われるのは抵抗がある。


「なにが見えるのぉ?」


 ユリアが大理石の手すりから身を乗り出す。


「あの男のまわりに真っ黒い影が見えるのよ。それがまるで蜘蛛のような姿なの」


「へぇ。じゃあお尻から糸出すのかなぁ?」


 ユリアの素直な感想に俺たちは沈黙した。


「ちょっ…… 私あいつの糸にぐるぐる巻きにされたんだけど! まさかお尻から出てたの!?」


「いったん落ち着こう、レモ。剣大会であいつの戦い方を見れば分かるはずだよ!」


「あいつまさか大会で下半身露出――」


 不安そうな顔でさらに何か言いかけたレモをさえぎったのは、


「ユリアさまーっ ファルカ、ただいま帝都から戻りましたっ」


 空から振ってきた元気あふれる声だった。


「おかえりっ、ファルカちゃん!」


 ユリアが迎えたのは、両腕から立派な羽を生やした鳥人ハーピー族の女性。


「お待たせーっ! ハーピー便の到着でっす!」


「ええっ、昨日の朝出発したのにもう帝都から戻って来たのか!?」


 驚愕の声を上げる俺。多種族連合ヴァリアンティの領都ヴァーリエからだって、馬車で五日、歩いたら十日以上かかるのだ。スルマーレ島から帝都まではさらに遠い。


「ファルカたち鳥人ハーピーが飛ぶスピードは、人族や亜人さんが歩く速さの三十倍とも四十倍とも言われていまーっす」


 それなら半日あれば着くってことか。 


「私――レモネッラ宛の手紙はあるかしら?」


「はいっ、こちらですね! アンドレア・セラフィーニさんからでーっす。ほかの手紙は、伯爵様宛と――」


「わたしがあずかっておこっか?」


 手を伸ばすユリアに心配そうな顔をするファルカさん。


「ではわたくしが――」


 結局、侍女に渡していた。お抱え商人からも使用人からも信用されてないな、ユリア嬢……


 レモはテーブルに戻ってソファに腰を下ろすと、封蝋で閉じられた封筒をペーパーナイフで開け、待ちきれない様子で便箋を取り出した。


「師匠ったら本文に入るまでが長すぎるわ!」


 さっさと一枚目の便箋をテーブルに落とし、二枚目に顔を近付ける。


「ジュキも一緒に読みましょ。質問の答えはここからよ」


 レモの指さした先には几帳面きちょうめんそうな字体で、『まず現在の帝国騎士団長はラルフ・バルバロ伯爵です』と書いてあった。


<彼はレモさんがお尋ねになったラーニョ・バルバロ元伯爵の弟です。


 私が騎士団で魔術顧問を務めていた五年前は、ラーニョ氏が騎士団長でありバルバロ家当主で、ラルフ氏は副団長でした。バルバロ家では代々長男が当主と騎士団長を務め、弟たちが各師団を率います。


 ラーニョ氏についてですが、私が魔術顧問に就任した二十年前は、家柄だけで騎士団長になったと団員に揶揄される体の弱い青年でした。病がちで満足に鍛錬もできないため魔術も剣術も水準は低く、もっぱら作戦を立てる専門で、騎士団が行う魔物討伐で前線に立てなかったのです。


 それが十年ほど前、彼は突然別人のように健康で強い男に生まれ変わりました。理由は分かりませんが、「魔石救世アカデミー」に関わり始めたころです。


 にわかに強い魔法を扱えるようになったラーニョ氏は、魔物討伐でも前線に出て指揮するようになりました。


 そんなある日、彼は「瘴気の森」で瀕死の怪我を負ったのです。それまで騎士団では人里に下りてくる魔物のみ討伐し、深追いはしませんでした。しかし彼は自らの力を過信し、瘴気の森を奥へ奥へと進んでいったのです。その結果深手を負い、騎士団全員でなんとか森の外まで運びました。


 私も帝国魔法医とともに治療に当たりましたが、出血量が多く助かる見込みはないと判断しました。彼は最後の頼みとして、自分を「魔石救世アカデミー」に運んでほしいと願いました。


 私たちはその通りにしました。


 アカデミーでどのような治療を受けたのか、ラーニョ・バルバロ氏は生還したのです。しかしそれから、騎士団内で奇妙なできごとが起こるようになりました>





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