12、ユリア嬢を狙ってシーサーペントが出た!

「わぁ、すごぉい! わたし浮かんでるよ!」


 水流のリボンで編まれたかごの中で、少女が子犬のように目を輝かせている。黄色い髪の間から、小さな三角形の耳がちょこんとのぞく。水中で気絶しているかと思いきや元気そうで一安心。


「すげぇな! あの羽が生えた少年、お嬢様を救い出しちまったよ!」

「あんなことができるなんて、やっぱり天使なんじゃないか?」


 集まった船の上から驚きの声が聞こえる。


 俺は慎重に水を操り、老人の乗る豪華な小舟に少女をそっと戻した。舟床にはじゅうたんまで敷かれている。


「天使さん、ありがとう! お空飛べる上、お水を自由自在に動かせるなんて、すっごいの!」


 透明な水流が俺の意志のままに、しゅるんと少女から離れたのを確認し、俺はレモの待つ小舟に戻ろうとしたのだが――


いもを返せ』


 低い声が運河の底から響きわたった。


 精霊力を持つ俺だけに聞こえているのかと思いきや、渋滞した小舟の上で、様々な種類の獣人たちが震えあがっている。


「この声は、まさか――」


 金箔で飾られた船の上で、布張りのソファに座った老人は少女を抱く腕に力をこめた。


こおれるやいばよ!」


 俺は右手に氷の剣をたずさえ、ごてごてと装飾された舟の舳先へさきに降り立った。


「天使さん、わたしを助けてくれるの?」


 背中から問いかける少女の声に、


「せっかく水ん中から救い出したんだ。最後まで面倒見るぜ!」


 俺は運河の底でゆらぐ巨大な影に、意識を集中したまま答えた。


 ザバァァァン!


『その女子おなごいもにすると決めたのだ!』


 地響きのごとき叫び声と共に、巨大なウミヘビが姿をあらわした。


巨海蛇シーサーペント!?」

「なぜこんな細い運河に!?」

いもって、お嬢様をめとりたいってことか!?」


 人々は口々におびえた声で叫び、小舟は散り散りに逃げてゆく。


「ユリア嬢は海の底になんかとつがねえよ!」


 俺は羽ばたいて舳先から飛び立つと、シーサーペントの頭めがけて氷の剣を――


「いかぁぁぁぁん!!」


 足下の舟でじいさんが叫んだ。


「いかん! その方は海の守り神にして、このスルマーレ島先住民の祖先と伝えられている――魔獣ではなく聖獣じゃ!」


 狼人ワーウルフ族が島の領主というのは少し妙だと思っていたが、先住民はべつの亜人族なのか。ルーピ伯爵家はおかからやってきた統治者なのだろう。


『さよう。たおせば海は荒れ、このようなちっぽけな島は一瞬にして荒波に呑まれてしまうだろう』


 言うなりシーサーペントは長い首を曲げて、小舟の中のユリアをのぞきこんだ。


『さあおいで、いとおしきいもよ』


「い、嫌……」


 恐怖に震えるユリア嬢は頬を涙にぬらし、老人の腕にしがみついている。


「凍れる壁よ!」


 俺は空中で羽ばたきながら、彼女とシーサーペントの間に氷の壁を出現させた。


『邪魔だ』


 シーサーペントは大きな口を開け、俺めがけて氷のつぶてを吐く。だがそれらは――


れろ」


 俺の一声であさっての方向へ飛んでゆき、ボチャンバシャンと運河に落下した。


『貴様、何をした?』


 怪訝な声に答えてやる義理などない。俺は水の精霊をべるホワイトドラゴンの力を受け継いだから、水属性に限り敵の攻撃でも意のままに操れるのだ。 


『まあ些末さまつなことなどどうでもよい。千年ぶりに生娘きむすめが手に入るのだから』


 その言葉に老人は恐れおののき、額を舟べりにこすりつけた。


「千年以上前にはそなたに乙女を嫁がせていたそうじゃが、時代は変わったのじゃ。分かっておくれ、シーサーペント殿」


 古来この島には、女性をいけにえとして捧げる風習があったってことか……


『新鮮な魚と少女の人形なぞ海に投げ入れて、をごまかせるとでも思っておったか?』


 いけにえの代わりに現代では、食べ物と人形を捧げているのだろう。セイレーン族の母さんの実家でも毎年、海のぬしを鎮める儀式やってたな……ごちそうを捧げて、歌って踊って――


「あ――」


 俺は空中で小さく声を上げていた。


 子供のころ母さんから教わった歌―― このシーサーペントにも効果があるかもしれない。攻撃できない相手だ。イチかバチか試してみるしかない!


 俺は背中の亜空間収納マジコサケットから竪琴を取り出すと、ポロロンと一つ分散和音アルペジオを弾いた。調律は大体合っている。一番高い弦を少し調節すると舳先に降りて、記憶を頼りに弾き歌い始めた。


「――全ての命の源よ

 我らが願い 聞きげたまえ――」


 静かに歌い始めると、シーサーペントが動きを止めた。


「――汝荒ぶるとき 汝の子ら息をひそめ収まるを待つ――」


 首をこちらに向け、歌に耳を傾けているようだ。


 今まで騒いでいた小舟の上の人々も、一様に口を閉ざして聞き入っている。運河沿いの道行く人も足を止め、竪琴を奏で歌う俺を指差して集まってくる。


「――汝のおもて安らかなるとき

 あらゆる命 喜びに満ち 汝を慕い

 感謝のうた歌い踊らん――」


 細い運河を見下ろす煉瓦の壁に声が当たって跳ね返ってくるおかげで、屋外のわりにはよく響いて歌いやすい。大きく息を吸って高音のレガートを頭に響かせると、潮風と渾然こんぜん一体となって舞い上がり、真っ青な空に飛翔してゆく。


「――汝の内へかえりたる日まで

 我らが祖先おやとして見守りたまえ――」


 歌い終わると、シーサーペントの血のように赤い両眼から、水滴がこぼれ落ちた。


『なんと心洗われる歌声じゃ……』


 よかった。冷静さを取り戻してくれたようだ。千年もの長きにわたって、魚と人形を供えられて我慢してくれた聖獣なのだ。悪いヤツじゃないはず――


『澄んだ歌声を持つ小さき者よ、決めたぞ。汝をいもとせんことを!』


「は?」


『海の底に沈みしが城にて、毎日その美しい歌声を聴かせてくれ!』


「いや俺、男――」


『苦しい嘘を申すな! 男がそのような美声を持っているわけなかろう!』


 舌なめずりしながら近付いてくるシーサーペントの頭から逃れるため、俺は舟から飛び立った。


「こ、この声はセイレーン族の母から受け継いだギフトによるもので――」


『黙れっ!』


 地割れを起こしそうな怒号が響いた。


『このまなこは海底で悠久の時を過ごすうち衰えてしまったが、耳まで悪くなってはおらん!』


 くうを切って追いかけてくるシーサーペントの頭から、羽ばたいて逃げ回る俺。


『この海をべるを拒絶するとは無礼であるぞ!』


「無茶言うなよ!」


 たおしちゃダメで、歌ったられられるって、どうすりゃいいんだよ!?


 必死で高く飛んでも、シーサーペントは首を伸ばして追いかけてくる。どんだけ長ぇんだよ、その首!?


『待たれい、小さき者よ!』


 シーサーペントのご老体、目が悪くてもさすがに愛し合えば俺が男だって気付くよな? いや待て。それって俺の初めてがウミヘビに奪われるってことだぞ!? うわぁぁぁんっ こんなことなら船の中でやせ我慢せずに、愛するレモと初めてを迎えておけばよかったぁ! ウミヘビに掘られるなんて嫌だーっっ!!


「お、追いつかれる――!」




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貞操の危機! さあどうする!? 次号はフォローして待て!


(なんのノリだ。失礼しました。★もお待ちしております!

 https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100#reviews

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