第二章:聖剣編

一、豪華客船セレニッシマ号

01、深夜、一等船室に現れた刺客

 真夜中、一等船室の従者用ベッドで俺は目を覚ました。


 張りつめた空気に嫌な予感がする。


「レモ?」


 俺は身を起こし、主人用の天蓋付きベッドで寝ているはずのレモネッラ公爵令嬢に声をかけた。


「うぅ……」


 かすかに苦しむ声が聞こえた気がして、すぐさまリネンの長い寝間着を脱ぎ捨て胸の竜眼ドラゴンアイをひらく。水の精霊王ホワイトドラゴンの血を引く俺は、金色に輝くドラゴンの目玉を持っている。人間の瞳の数倍はでかい眼が胸の真ん中にひらいたさまは、自分でも魔物のごとき姿だと思うが、暗闇でも見えるし、瘴気に魔力、果ては人の感情まで感知することができる便利なシロモノだ。――ま、ひたいの真ん中に引っ付いてないだけマシと思うしかねぇな。


 ベッド下にそろえてあった靴をくと、テーブルセットの横をすり抜け迷わずレモネッラ嬢のベッドに向かう。


「なんだ――?」


 天蓋から下りたカーテン越しに、竜眼ドラゴンアイが瘴気を感じ取る。それはレモに馬乗りになった何か―― 八本の脚を持つ魔獣の影に見えた。


 カーテンに手をかけたとき、くぐもった男の声が聞こえた。


が敬愛するアッズーリ教授を、よくもおとしめたな……!」


「レモ、開けるよ」


 返事を待たず、左手でカーテンをめくると同時に、


「凍れるやいばよ!」


 右手に氷のつるぎを出現させる。


「何者!?」


 闇色の魔物が驚愕の声を上げた。


「そいつぁこっちのセリフだよ!」


 言葉と同時につるぎを一閃すると、魔物は飛び上がって天井に張り付いた。


「逃がすかっ!」


 つるぎを天井めがけて投げつける。


 ひゅんっ!!


 魔物は紙一重でかわすと開いたままの扉から廊下へ、まるで何かに引き寄せられるかのように逃げて行った。


 闇に沈んだ廊下に竜眼ドラゴンアイを向けて魔物の気配が完全に消えたことを確認し、俺は素早く扉を閉めた。


「凍てつけ。何人なんぴとたりとも通すなかれ」


 氷で封じ、急いでレモのベッドへ向かおうとすると――


光明ルーチェ


 彼女が明りを灯したところだった。


 俺は自分のベッドに飛びすさって寝間着を着る。――だってパンツ一丁なんだもん! この寝間着、ひざ下まで裾があるから寝るときズボンいてないんだよな……。


「ジュキ、ありがとう。助かったわ」


 レモが俺を振り返って安堵のほほ笑みを浮かべた。ネグリジェの肩に落ちるピンクブロンドの髪を、魔法の明かりが照らし出す。大きな瞳は明るい茶色に輝き、薔薇色の頬にさくらんぼのような唇が愛らしい彼女は、ありのままの俺を愛してくれる心優しい婚約者なのだ。


「レモ、なんともないか!?」


 俺は彼女に駆け寄った。もっとも―― 「なんとも」あったらレモは自分で治せるのだが。何せ聖ラピースラ王国の次期聖女に選ばれた聖魔法の使い手なのだ。だが本人は性格上の問題から攻撃魔法を愛好しているようだが……。


「ジュキがすぐに気付いてくれたから大丈夫よ。――で、何かしら。この気持ち悪いのは」


 上半身に巻きついた細い糸のようなものを引きはがそうとする。


「なんか粘着力があるのよね……」


「洗い流すから!」


 俺は彼女の手を引き、壁ぎわのベッドから降りてもらった。


「水よ、浄化したまえ!」


 銀色の水流が出現し、光の粒をまといながら彼女の身体を回旋して清めてゆく。水の温度は体温より少し高いくらいに調節したつもりだ。俺は水の精霊を生み出した精霊王の力を受け継いだので、水属性の魔法に限り無詠唱で自由自在にあやつれる。


「うーん、気持ちいい!」


 満足そうなレモが、右手に何かを握りしめていることに俺は気が付いた。魔物とつかみ合ったときに引きちぎったのだろうか?


「そろそろいいかな?」


 俺は水を消した。消し忘れると室内が水浸しになるので気を付けなければいけない。


 レモは濡れた身体を乾かすために呪文を唱え始める。彼女はギフト<風魔法アリア>を持っているので、風属性の術が得意なのだ。


聞け、風の精センティ・シルフィードあかき力に染まりし息吹いぶきよ、が身を包みたまえ。纏熱風ヴェントカルド


 すっかり生き返った顔をしているレモに、


「それなに?」


 と、彼女の握ったままの右手を指さす。


「あ。男と乱闘になったとき、袖をつかんだらカフスボタンが取れたの」


「男? モンスターじゃないの?」


 瘴気がかたどっていたのは、八つ脚の魔獣だったはずだが――


「暗くて見えなかったけど、首に伸びてきた手の感触も、さわった服の感じも貴族の男かと――」


 レモがひらいた手の中には、紋章入りのカフスボタンが転がっていた。魔獣が服を着て、袖にカフスボタンを付けるわけはない。想像するとちょっと笑えるけど。


 金メッキがほどこされたカフスボタンを指先でなでながら、レモが含み笑いをした。


「紋章入りの証拠品が残っているなら、旅客係パーサーにでも訊けば手がかりがつかめるかもね」


「でも夜中に襲ってきたなんて信じてもらえるかな? 俺たち鍵も閉めてたし……」


「任せて。私に考えがあるから」


 レモはにっこり笑ってから、扉の方を見つめた。


「そうよね。鍵のかかった部屋に侵入できるなんて、なんの魔術か―― 少なくとも普通の貴族ではないわね」


「なんだあれ?」


 レモにつられて扉を振り返った俺は、眉根を寄せた。さっき魔物が張り付いていた天井下のカーペットから扉に向かって、長い糸が数束落ちていた。さらに氷で封印した扉に近付いてよく見ると、ドアノブの鍵穴からも糸が垂れている。今は俺の術で凍っているが。


「蜘蛛の魔物か?」


 だが人間に化けるモンスターなんて聞いたことがない。


「今悩んだってしょうがないわ。明日の朝探してみましょ」


 気楽な声を出して、レモはトントンとベッドの上をたたいた。


「というわけでやっぱり危険だから、私の最強の護衛さんにも一緒のベッドで寝て欲しいな?」


 甘えたまなざしで俺を見上げる。今すぐ抱きしめたくなるほどかわいい。だから危険すぎてひとつのベッドでなんて寝られないのだ。何が危険かって? 俺自身だよ……


「扉は魔法で封印したし、護衛用のベッドにいてもすぐ危険は察知できるからさ」


 俺はレモネッラ嬢の護衛という名目で、上流階級の人間ばかりが乗り込んだこの客船――セレニッシマ号に乗船していた。


「もーう! 私たち婚約してるのに!」


 ベッドの上で口をとがらせるレモをそっと抱き寄せ、かわいらしい額にふわっと口づけした。


「そういうことは、二人の未来の楽しみにとっておこうぜ」


「うふふっ」


 口づけが効いたのか、レモはあっという間に機嫌を直してくすぐったそうに笑った。


「おやすみなさい、ジュキ」


「おやすみ。俺の大切なレモネッラ嬢」




 翌朝、俺たちは予想したよりずいぶん簡単に、その男とまみえることになる――




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第二章もお読みいただきありがとうございます!

モンスター? 人間? レモネッラ嬢を襲った存在の正体とは!?


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