50、聖女様とご対面

 壮大なサンタ・ラピースラ広場は、夜の底を真四角に切り取ったかのようだ。壮麗なサンタ・ラピースラ聖堂は月明りに照らされて、静かに眠る広場を見下ろしていた。


「王宮みたいだな」


 正面に見える馬鹿でかい聖堂に、広場をのぞいた俺は驚きの声をあげた。


「国王様たちが住んでいる宮殿はあっちよ」


 レモが聖堂の右わきに建つ、アルバ公爵邸を立派にしたような建物を指さす。宮殿は確かに重厚だが、華麗に装飾された聖堂のとなりではかすんでしまう。


 馬車はサンタ・ラピースラ広場を囲む壁の外側に、隠すように止めてきた。いまごろ御者が、俺の精霊力で出現させた水と、馬車の屋根に積んであった干し草を与えて馬たちを休ませていることだろう。


「「不可視インビジブル!」」


 二人の声が重なった。広場にはさえぎるものがなく、聖堂の前に立つ衛兵から丸見えなのだ。


「レモ、ここだよ」


 彼女の手をやさしく握る。ドレスの下で竜眼ドラゴンアイをひらいたので、レモをかたどる魔力の形がえるのだ。服に邪魔されて「暗闇でものを見る能力」は使えないものの、魔力や瘴気を感じ取ることはできた。


 衛兵が守る聖堂の入り口まで、俺たちは手をつないで歩いた。


睡魔スリープ


 どさっ、ばたん。


 グー……ガゴー……


 二人の衛兵が熟睡したのを確認して、不可視インビジブルを解除する。


 ファザードを飾る色彩豊かなモザイク画に圧倒されて見上げていると、分厚い青銅の扉が中からゆっくりとひらいた。


「お待ちしておりました」


 衛兵が倒れた物音で、俺たちの到着に気が付いたのだろう。年配の巫女にうながされて聖堂内に足を踏み入れると、そこは驚くほど天井の高いホールだった。裾の長い頭巾をかぶった巫女たちが、ずらりと整列している。


「ご案内いたします」


 手燭を持った巫女が進み出て、俺たちをホール奥に続く廊下へ導く。


 巫女がかざす手燭の明かりの中、壁画が浮かび上がった。左右の壁に描かれているのは、古代の服装をした女が瑠璃色の髪を振り乱してホワイトドラゴンと戦っている様子。彼女のまわりには、天使と思われる白い羽の生えた人間が飛び回っている。


 対するドラゴンは俺の髪によく似た銀色のたてがみを振り乱し、俺の肌と同じくらい白く輝くうろこを見せつけて、ある絵では口から激流を吐いて村を流し、また別の絵では氷の刃で人々を串刺しにしていた。


「ジュキ、見ちゃだめ……」


 レモが苦しげな声でささやいて、俺のドレスの袖を引いた。絵に興味を惹かれて壁ばかり眺めていた俺は慌ててレモを振り返る。彼女は壁画を見ないように大理石の床だけを見下ろして、足早に歩いていた。聖ラピースラ王国の伝承をの当たりにすると改めて、レモが竜人の俺を好いてくれるのが奇跡みたいに思えてくる。


 廊下を右折し、魔力燈に照らされた中庭が見える回廊を半周すると、巫女は大きな両開き扉の前で立ち止まった。扉から下がる輪の形をした真鍮の取っ手を、木彫りの扉にコンコンと打ちつける。


「聖女様。レモネッラ様とジュリア様をお連れしました」


「入って」


 中から答える女性の声。ついに現聖女であり、この国の王妃でもある人に会うと思うと緊張して、俺はごくんと喉を鳴らした。


 巫女が扉を押しあけると、そこは無数のロウソクが照らす広い空間だった。


 ゆったりとした足取りでこちらへ歩いてきたのは、質の良いドレスを着て、水色の髪の上から巫女たちと同じように長い頭巾をかぶった女性。ロジーナ公爵夫人と同じくらいの年齢に見える。


 俺がぼけーっと立っている横で、


「アルバ公爵家から参りました、レモネッラです」


 レモが片足を引き両手でスカートをちょっと持ち上げ、膝を曲げて挨拶した。俺も慌てて見よう見まねで腰を落とす。こんな令嬢風のあいさつが決まってんなら前もって指導しておいてくれよーっと泣きそうになりながら。絶対ぎこちなかったって。かっこわりぃ。


「あなたがロジーナの娘さん―― よく顔を見せて」


 王妃殿下はなつかしそうにほほ笑んだが、その表情は少しこわばっているように見えた。


「あなたたちが来てくださってうれしいわ」


 憂慮を隠すように俺たちに笑いかけてくれる彼女のうしろに、三段ほど高くなっている空間がある。俺が見慣れた精霊教会と形は違うが祭壇だろう。


「こんな恐ろしい計画に若いあなたたちを巻き込んでしまったこと、申し訳なく思います」


「いいえ、王妃様」


 レモがしっかりと首を振った。


「私たちには私たちのしたいことがあって、自分たちの意志でここに参りました」


「それを聞いて少し安心しました。では聖ラピースラ・アッズーリの魂が眠る瑠璃石へ案内しましょう」


 王妃殿下のあとに続いて俺とレモも祭壇へ上がる。祭壇の奥には、精緻な浮き彫りで全面をおおわれた神殿のような建物が建っていた。屋根の高さは俺の身長くらいだが、本物と見まごうほど細部まで巧みに作られている。王妃殿下がその前に立ち、聖なる言葉を唱え始めた。


「我、稀代の大聖女の血を受け継ぐ者。聖女の名のもとゆるしを与えん。いましめ今ここにて解くべし――」


 どうやら建物の扉にかけられた封印を解く呪文らしい。


 王妃殿下が扉を引き、中から古い布に包まれたものを両手でうやうやしく引き出した。相当な重さがあるのだろう。なかなか持ち上げられない王妃殿下にレモが、


「お手伝いしても構いませんか?」


 と尋ねた。


「ありがとう、助かるわ。こんな大きな石だったとは――」


 聖女自身も瑠璃石そのものを見ることなく、祈りを捧げていたようだ。


 三人がかりで祭壇の手前に置いてある、布のかかったテーブルの上に移動した。王妃殿下が瑠璃石に貼りついた古い布をはがすあいだ、俺はドレスの下で竜眼ドラゴンアイをひらいて石に焦点を合わせた。大きな魔力がえるかと思いきや、残存したかすかな意識を感じるだけだ。本当にラピースラ・アッズーリの魂が眠っているのか? それとも聖ラピースラ王国に伝わるただの伝承にすぎないのか?


「わぁ、きれい――」


 レモが思わず声をあげた。布の中から出てきたのは真っ青な石だった。空よりも海よりも深く明るい青色に圧倒される。


「王妃様、それではあとは私たちが。いいわよね、ジュリア?」


 偽名で呼ばれた俺がうなずくと、レモは王妃殿下にうやうやしく手を差し出した。


「ではこの聖堂から避難していただけますか」


「ええ、ロジーナ様から聞いております。手はず通りに」


 二人が祭壇から遠ざかるのを視界の端にとらえつつ、俺は指先で瑠璃石をなでた。大きく美しい鉱石だが、それだけだ。道具さえあれば貴族お抱えのジュエリー職人がカットできるだろう。


 レモは王妃殿下にイーヴォたちを身代わりにする計画を話しながら、部屋から出て行く。扉が閉まる前、俺たちをこの部屋に案内してくれた巫女が廊下で待っているのが見えた。


「凍れるやいばよ、金剛石の如く硬質となれ」


 俺は両手に透明なつるぎを構え、瑠璃石が話しかけてくるかもしれないと竜眼ドラゴンアイに意識を集中する。だがそれは、ただの鉱物だった。


「とりあえず真っ二つにしてみるか」


 聖女すらこの石を見たことがなかったのだ。壊しても何も起こらなければ、もう一度布に包んで安置しておけば済むような気もする……


「レモを待った方がいいかな?」


 いや、待ちきれねぇな。


「一点の曇り無きやいばよ、あやしき石を砕け!」




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「とりあえずで真っ二つにされる瑠璃石が不憫!」

「いやそもそも、そんなに簡単に真っ二つになっちまうのか?」

「なにが出てくるかな~わくわく」


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