30、完全なる敗北
プスン。
気の抜けた音がニコの右手から聞こえた。
「魔法が発動しないだと!?」
驚愕の声をあげるニコに、とりまく水流の結界の中でレモが不敵な笑みを浮かべた。
「この部屋には魔力障壁が張られているのよ。ジュキみたいに無尽蔵の魔力持ちでもない限り、ここで魔法は使えないわ」
そうだった。俺もすっかり忘れていた。むちゃくちゃ焦ったぞ……
胸をなでおろす俺のうしろで、ばたんっと倒れる大きな音。
あ。こっちも忘れてた。
俺はパチンと指を鳴らして、サムエレの顔を包んでいた水のかたまりを消した。彼はどうやら気を失っているようだ。
一方ニコは取り乱している。
「魔法が使えない部屋!? う、嘘だ! ジュキは使ってるじゃないか!」
確かに俺は、部屋の中から術を放っていた。廊下に出たほうが発動しやすかったのかな? あまり魔力障壁って感じねぇんだよな……
「
必死で術を繰り出すが、何も起こらない。
「どういうことですの?」
怪訝そうに尋ねたのはクロリンダ。
「あなたたちはジュキエーレ・アルジェントと同じ竜人族なのに、なぜ魔術を発動させられないの?」
「く、くそぅ!」
ニコは部屋に散らばった雹の上をこけつまろびつしながら廊下へ走り出ると、
「ここでならおいらの力を見せられるんだ!」
印を組もうと指をからめた。が、そうはさせねえ。
「氷の結晶よ、いましめとなれ!」
カチコチ、ぎちっ。
すかさず呼びかけた俺に従い、透明に輝く鎖がニコを拘束する。身動き取れないニコが叫んだ。
「イーヴォさん、やっちゃってください! 何を遠慮してるんスか?」
今イーヴォも氷漬けになってそれどころじゃないから。寒さに歯をガチガチ鳴らしながら、なんとか火属性の呪文を唱えているようだ。
「あなたたちジュキエーレ・アルジェントにまったくたちうちできないじゃない! Sランクパーティだなんて、よくも嘘をついたわね!」
安全なところからクロリンダがヒステリックな叫び声をあげた。
「い、今から本気を見せてやるのさ!」
ようやく動けるようになったイーヴォが震えながら印を結ぶが――
「はいはい―― 氷の結晶よ、いましめとなれ!」
ギッチーン!
俺はニコを縛ったのと同じ術でイーヴォの動きを封じた。
「な、なんだとぉ!
「もうたくさんよ、あなたたち!」
イーヴォの詠唱をさえぎったのはクロリンダだった。
「なんの亜人族か知らないけれど、ちょっと牙が生えてて耳の形が違うからって、竜人族なんて言って人族のアタクシをだましたのね!」
なぜか被害妄想に陥るクロリンダは半泣き状態である。そこに追い打ちをかけるように、くすっと笑ったのはレモ。
「これならうちの魔術兵のほうが強いんじゃないかしら。お姉様ったらただのごろつき雇っちゃって。ぷぷっ」
「なんですって!?」
レモの挑発に思いっきり乗せられて、金切り声をあげる。
「お姉様、公爵家の金庫からお金を出して人を雇うのでしたら、もう少し思慮深くなってくださいな」
「くっ…… アタクシに恥をかかせて、このごろつきども! 許せないわ!」
そのとき彼女の足元で、サムエレがもぞもぞと動き出した。
「う、うぅ――」
意識が戻ったようだがクロリンダはかまわず、
「誰かおらぬか! この三人をひっとらえて地下牢へ!」
大声を出した。
「お、お待ちください!」
なんとか片手で身を起こしながら、サムエレがクロリンダにすがる。
「力が及ばなかったことは謝罪いたします! 報酬もいりませんからどうか、ここは解雇で事をおさめていただけませんか――」
そこに執事トンマーゾが走ってきた。
「どうされましたか、クロリンダ様」
それには答えず、クロリンダはサムエレを見下ろしにらみつける。
「公爵令嬢たるアタクシに、竜人族だSランクだと嘘をついて依頼を得たのにただの解雇で無罪放免しろですって!? バカにするのはおよしっ!」
耳をつんざくようなその声には、心臓を冷たい手で鷲づかみにするかのような恐ろしさがひそんでいる。
トンマーゾはクロリンダに一礼し、
「よく分かりました。虚偽罪と不敬罪で彼らを投獄しましょう」
彼女をなだめるように静かに告げた。
「ふんっ、さっさと連れて行ってちょうだい。目ざわりよ」
トンマーゾの言葉に落ち着きを取り戻したクロリンダは、大きく広がったドレスを廊下の壁にぶつけながら去って行った。
かわってバラバラと魔術兵のみなさんが到着する。
「お、すでに縛ってあるじゃないか」
「こりゃ助かる。お前ら歩け歩け!」
魔術兵に追い立てられて、イーヴォたち三人の背中が遠ざかってゆく。
「う、嘘だぁあぁぁぁ! 俺は信じねえぞ!!」
イーヴォの絶叫が廊下に響き渡った。
俺は部屋の中のレモを振り返り、パチンと指を鳴らす。彼女を包んでいた水の結界と同時に、絨毯に散らばった雹もフッと消えた。
「ジュキ、私を守ってくれてありがと!」
「当然だろ。俺は今日からあんたに雇われてる護衛なんだから、これが仕事だよ」
倒れた椅子を起こし、白いテーブルの前まで運ぶ。部屋の原状復帰に気を取られていたせいか、俺はふと本音をもらした。
「ま、仕事じゃなくても守るけど」
「えっ?」
レモが嬉しそうにまばたきしたのが照れくさくなって、
「あのさっ、レモにも礼を言うよ。俺を雇うって言ってくれてありがとな」
公爵夫人が瑠璃色の髪の女を知っているかもしれない――何か手がかりがつかめそうな今、この屋敷から追い出されるなんてたまったもんじゃねえ。
「だって私――」
レモは手を伸ばすと、俺のローブの裾をにぎってうつむいた。
「もうジュキの美しい声なしには生きられないもの……」
恥じらうようにほほ笑む彼女がかわいくて、俺は思わず彼女のつややかな髪に手のひらをすべらせた。
「きみが聴きたいって言ってくれるなら、いつでも歌うよ」
レモが目を輝かせて顔をあげた。見つめあうふたりのまなざしが甘く絡み合い、どちらからともなく近付いてゆく。レモがそっと目を伏せ、二人の唇が触れ合う瞬間――
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いいところで切りやがって、と思ったそこのあなた、フォローして次話を待っていてね♡
次回はヒロインの公爵令嬢レモネッラちゃん視点です! どんな気持ちでいたのか、存分に語ってくれますよ。いつもよくしゃべってるけど。
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