19★Fランクパーティは苦戦中

 時間はさかのぼって一日前――


「こ、こんなはずじゃなかった……!」


 青い沼地をのぞむ木の下で、太い幹にこぶしを打ち付けたのは聖職見習いだった若者サムエレだ。


 彼の視線の先にはFランククエスト「薬草採り」をこなすイーヴォとニコの姿。


「ぐほごばべぇぇぇっ!」


 と、イーヴォが突然叫び声をあげた。


「またか……」


 がっくりと肩を落とすサムエレ。


「ごーばべが…… ごーばべが……」


 顔面蒼白になったイーヴォが口からよだれをたらしながら、ふらふらと近付いてくる。口の中にミニスライムが飛び込んだのだ。これで三回目だから説明を聞かなくても分かる。もっとも口をふさがれている本人は説明などできないが。


「この木に背中をあずけて座って下さい」


 ぐったりと幹にもたれかかったイーヴォの胴体に、サムエレは聖杖を向ける。イーヴォの食道に詰まったミニスライムを遠隔操作で口の方へ誘導するのだ。


「あ。ちょっと間違えた」


「きょえぇぇぇっ!」


 甲高い声をあげたイーヴォの鼻の穴から、ぽこんとミニスライムが飛び出した。




 ギルドから調査隊としてダンジョン『古代神殿』に派遣されたAランクパーティが昨日、戻ってきた。


「第四層までもぐりましたが、何も変わったところはありませんでしたよ」


 彼らはモンスターをたくさん倒したようで、ギルドから調査代報酬を受け取ったうえ大量の魔石を換金してご満悦だった。


「というわけでグレイトドラゴンズは今日から正式にFランクです」


 今朝ギルドに行くと、受付嬢がFランク用メダルを三枚用意して待っていた。アンジェリカは新しい鑑定用水晶を調達しに帝都まで長期出張中とのことだった。


 グレイトドラゴンズがFランクに格下げとなるのでは、という噂はヴァーリエの冒険者じゅうに広まっていたようで、


「もはや弱小ドラゴンズじゃね?」


「なんか俺たちで新しいパーティ名考えてやろうか?」


「ウィークネスでよくね?」


 などとさんざんからかわれた。


「ふん。俺様たちがFランクなわけないだろ。さっさとギルドポイントためて成り上がろうぜっ!」


 無駄に前向きなイーヴォがこぶしを振り上げた。


「さっすがイーヴォさん! どーっこまでもついていっきまぁっす!」


 すっとんきょうな声をあげるニコを、冷めたまなざしでながめていたサムエレは、恐る恐る申し出た。


「イーヴォくん、僕はそろそろ村に帰って聖職にこうかと――」


 ギルド職員に尋ねたところ、ジュキエーレは隣国に旅立ったという。一緒に村へ帰るのは難しい。


 サムエレは神父である叔父から言われた言葉を思い出していた。


 ――いつまでも見習いというわけにもいかないだろう。助祭に任命するにあたって、君に修行を命じたい。村を出て広い世界を見てきなさい。


 サムエレは驚いて尋ねた。


 ――昔みたいに庶民からお布施をもらいつつ、布教の旅でもするのですか?


 それはずいぶん時代遅れな感覚だった。


 ――今はそのような時代でもない。ちょうどよく、アルジェントさんちのジュキエーレくんが来年、冒険者になるため村を出るらしい。


 ジュキエーレの名前を聞いた途端、サムエレはいら立ちを覚えた。


(あのチビか。叔父さんも、あいつのこと可愛がってるからな)


 村中の大人たちがジュキエーレの屈託のない笑顔にほだされて、思わず目を細めるのだ。ふわふわとした銀髪をなでたがる様子は、まるで子供が道端の子猫を見つけたときみたいだ。


(くそっ、僕なんか子供らしくない、可愛げがないって言われるのに)


 他人はまだいい。だが血のつながった叔父までがジュキに目をかけ、歌の指導に熱を入れるのは面白くない。


 もしジュキが孤児だったなら納得しただろう。だが現実のあいつには、美人な姉と優しい母、面白い父親がいるんだ。


(僕だってアンジェリカさんに抱きしめられたかった!!)


 村一番の美人だと騒がれるアンジェリカが、とろけそうな笑顔で弟に甘い言葉をかけ、頬をすり寄せるのを見かけるたび、腹の底が煮えくり返った。


 ――サムエレ、ジュキエーレくんの旅に同行しなさい。彼を見守り、協力して、村の外の社会を学ぶのです。


 ――分かりました。修行はどれくらいの期間なのでしょう?


 ――君が学び終えたと思ったとき、もしくはジュキエーレくんが村に帰ろうと言ったときかな。


(そうだ、もう村を出て一年以上経った。充分に学んだことにして帰ってしまおう)


 だがイーヴォはサムエレの肩に太い腕を回した。


「優しいジュキちゃんは黙ってくれてるけどさぁ、俺様たちあいつを一人でダンジョンに行かせちまったよなぁ?」


「ええ、あなたとニコラくんが――」


 声が小さくなる。イーヴォは聞こえなかった振りをして、


「神父の叔父さんにバレたら、聖職者の道なんて無理なんじゃねえか?」


「そうそう、おいらとイーヴォさんが証人だぞ!」


 ニコが口をそろえる。


「いいえ、僕は一人で村に帰って――」


懺悔ざんげしに村へ帰るっていうんなら、俺様たちもついて行ってやるぜ」


 イーヴォは任せろと言わんばかりにこぶしで胸をたたいた。


「次のクエストはサムエレさんの告解こっかいかなぁ~?」


 ニコがにやにやしながら追い打ちをかける。


(これはジュキエーレくんを引っ張って帰らない限り、僕が濡れぎぬを着せられることになる!)


 サムエレが冷や汗をかいているあいだに、イーヴォは薬草採取クエストを受ける手続きを進めていた。


 ギルド受付職員が注意事項を説明する。


「薬草は沼地の周りに生えてるんですが、ミニスライムが時々沼から飛び出してくるので気を付けて下さいね!」


「ミニスライムぅ? そんなザコ、俺様たちの敵じゃねーよ!」


 いつも通り偉そうなイーヴォに受付嬢も笑顔で、


「ですよねっ! ミニスライムは毒も持っていないし、攻撃手段も引っ付いてくるだけです。かわいいんですよぉ」


「攻撃を受ける条件はあるんですか?」


 ジュキエーレがいない今、弱小モンスターにも苦戦することを知っているサムエレだけが、用心深く質問する。


「彼らは自分たちの縄張りである沼地を守るため、近付いた人間や動物を追い出そうとするんです。彼らの縄張りに足を踏み入れない限り攻撃されません。ミニスライムはおとなしいモンスターですので!」


 モンスターオタクの受付嬢がニマニマしているのをうしろに残して、彼らは『青の沼地』へ向かって出発した。





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イーヴォたちの苦戦はまだまだ続くぜぇっ!


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