13★世界一大切な私の弟【姉視点】

(アンジェリカ視点)


「それじゃあお疲れ様です、マスター。私はこれから弟とローブやベールを買いに行きますので、ここで失礼させていただきます」


 私は弟の肩に手を置きながら、ギルドの扉に施錠するマウリツィオさんへ声をかけた。


「お疲れ、アンジェリカさん。そんなに心配しなくても、彼らも竜人族に害をなすつもりはないと思うよ? 竜人の僕がマスターを務めるギルドに依頼をかけるくらいだからね」


「でもジュキちゃんが差別を受けたら嫌なので!」


 弟の肩を抱く手につい力がこもる。マウリツィオさんは鍵がかかったか確認しながら、


「アルバ公爵家宛ての回答文書に書いておくよ。優秀なSSSランク冒険者が引き受けてくれたけど、聖王国での差別から身を守るため顔を隠して生活させてほしいって」


「助かります」


「明日はアンジェリカさん、お休みだったよね。ゆっくり休んでください」


 私はとんでもないと言わんばかりに首を振った。


「朝早く起きて、ジュキちゃんにお弁当作ってあげるんです! ちょうどお休みをいただいていて良かったわ!」


 肝心な弟は、自分のことを話されているにも関わらず、ギルドの建物が面した中央広場をぽやーっとながめていた。ボールを追いかけて駆け回る少年たちの向こうから、仕事後の一杯アペリティーヴォを楽しむ大人たちの笑い声が聞こえてくる。


「ジュキちゃん、行くわよ」


「うん!」


 彼は屈託のない笑顔で答えると、マウリツィオさんにぱたぱたと手を振った。


「マスター、お疲れっす!」


「おう。ジュキエーレくん、初任務がんばってな!」


 そうよね、ソロ冒険者としては初任務なんだわ。それが人族の領土だなんて外国も同然じゃない!


「なあ、ねえちゃん」


 商店街まで歩く道すがら、弟が私に話しかける。この子と並んで歩くなんて久し振りで、うれしいけれど距離感がつかめない。彼はこの一年間いつも小憎らしいパーティメンバーと行動を共にしていたから、若い男の子らしくかっこつけて、私にあまり近寄らなかったのだ。


「なんで聖王国の公爵家は、わざわざ俺たち多種族連合ヴァリアンティ自治領のギルドに依頼文書を送ってきたんだろう? 自分とこのギルドで募集すればいいじゃんか」


 彼のもっともな質問に、私はよどみなく答える。


「聖ラピースラ王国内には冒険者ギルドが存在しないからよ。表向き、彼らは攻撃魔法を禁止しているから、戦士や魔術師が必要なときは周辺諸国のギルドに募集をかけるしかないの」


「表向き、か」


 ジュキちゃんは、いっぱしの大人みたいに苦笑した。


「でも聖女さんに護衛が必要ってことは、彼女を攻撃できる人間がいるってことだろ? こいつぁ色々ときな臭い国だぜ……」


「そうよ。だから私は心配で心配で、できることならついて行きたいのに!」


 本音を漏らす私にジュキちゃんは、意外にも優しいまなざしを向けた。


「ねえちゃんはギルドの仕事があるだろ?」


「分かってるわよ」


 なだめないでほしいわ。


 冒険者なんて危険な仕事を始めたジュキちゃんを近くで見守れるよう、冒険者ギルドに勤めているのに、まさか自治領外の依頼を請け負うなんて想定外だった。


 衣料品の常設市が開かれている広場に着くと、色鮮やかな布がいくつも夕風にはためいている。


「何色がいいかしら」


 アーケード下にひしめく屋台をのぞきながら尋ねると、


「白」


 ジュキちゃんは即答した。そういえばうちの弟、いつからか白しか着ない子だった。


「ほかの色だって似合うでしょうに」


「いい。肌の色が普通じゃないのが目立つから」


 無表情のままそんなふうに返されたら、傷付けたくなくて私はそれ以上何も言えない。彼の手足は真珠のように輝くうろこに覆われていたが、うろこのない人肌さえもホワイトドラゴンさながらの雲のような純白を保っていた。その姿はハッとするほど清らかだったが、本人が気に入っているかどうかは分からない。


「このベールどうかしら? ちゃんと前見える?」


 私の手から白いベールを受け取って、ジュキちゃんは顔を近づけた。


「こいつぁいいや。ばっちりだ」


 大粒のエメラルドを埋め込んだかのように魅惑的な瞳を隠してしまうなんて、本当にもったいない。わずかにつり上がった猫のような瞳に見つめられたら、きっと誰だって彼の魅力のとりこになってしまうだろうに。でもあの三馬鹿パーティメンバーは、こんなかわいい子をいじめ続けたのよね。もう、信じらんない!


 フードのついた白いローブと白い綿のベールコットンボイルを買って、私たちは帰路についた。


「ねえジュキちゃん、ダンジョンで何があったの?」


 細い路地に入ってから、私は小声で尋ねた。


 はたと足を止めて、弟は困ったようにまばたきをした。濃いエメラルドの瞳が右へ左へとせわしなく動く。


「落とし穴を踏んで最下層まで落っこちて――」


「えっ!?」


「そこで封印されてたホワイトドラゴンに出会って」


「はぁ!?」


「封じられてた精霊力が覚醒したんだ」


 荒唐無稽むけいな話に私は頭を抱えた。


「そもそも落とし穴を踏んだってどういうこと!? 地図の通り歩いていれば落とし穴なんてないはずだし、先頭を歩いていたのはイーヴォでしょ?」


 ジュキちゃんだけ落とし穴に落ちるなんておかしいのだ。


 彼は非常に気まずそうに、今後もパーティメンバーとして認めてもらうため、早朝に一人でダンジョンに入ったことを打ち明けた。


「なんってこと!!」


 胸のわだかまりを抑えきれずに、私は石畳をガシガシと蹴りまくった。


「イーヴォめ! ジュキちゃんを危険な目に遭わせて許せないわ! 監禁して水も食べ物も与えず、小指の爪から順繰りにはがしてやるっ!」


「いや、自分の実力をわきまえずに危険を冒した俺も馬鹿だったし」


「何言ってんの!? そんな卑劣な試練を課す方がおかしいでしょ!? 大体ダンジョンに一人で挑むなんて、超腕利きの熟練冒険者だけよ!?」


 路地裏で絶叫する私を、ジュキちゃんはおだやかな笑みを浮かべたまま見守っていた。そのふんわりとした銀髪を、教会の鐘楼のうしろから差す夕日がオレンジ色に染める。


 ああ、この美しい少年の命が――、十六になった今でも少女と見まごうほど愛らしいこの子の命が、卑劣な阿呆の策略で奪われていたかもしれないのだ。彼の真っ白なやわ肌に魔物の爪が食い込み、華奢な四肢が蹂躙じゅうりんされていたかと思うと――


「ジュキちゃん、無事でよかった……!」


 私は大切な弟をひしと抱きしめた。その身体は意外と硬くて厚みもあって、ちゃんと成長していたんだなと思わせる。――少しだけ寂しい。




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次回も溺愛姉視点です。こんな爆乳姉に溺愛されたいと思ったら、フォローしてお待ちください☆彡

次回、精霊力を解放したジュキの姿に、姉は何を思うのか? 変わってしまった弟の姿を受け入れられるのか?

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