第21話 広川、力を欲する

 翌朝、俺はアパートを出て大学に向かう。


 いつものように講義を受け、昼休みになると学食へ向かった。


 今日のメニューはカツ丼である。


 俺は食べながら、今後の対策について考えていた。


「おお! 神谷君!」


 声を掛けられ振り向くと、広川が立っていた。


「ここ、いいかい?」


 広川は俺の向かい側の席を指して言う。


「どうぞ」


 俺が了承すると、広川は自分のトレイを持って座った。


「最近、どうだい?」


「まあまあかな……」


「もし、困っているようなら相談に乗るよ」


「気持ちだけ受け取っておくよ」


 俺はそう答えると、黙々と昼食を食べ続ける。


「そうか……、何かあれば遠慮なく言ってくれよ」


「ありがとう」


 俺は素直に感謝した。


「ところで、昨日は黒崎さんと一緒にいたみたいだが……、デート中だったのかな?」


「美和の部屋にいたのを何故、お前が知っているんだ?」


「たまたま見かけてね」


「別にそういう関係じゃない」


「そうなのか?」


「ああ……」


「ふむ……」


 広川は腕組みをして考え込んでいる。


「何だよ?」


「いや、何でもない。それより、この後時間あるかい?」


「特に予定はないが……」


「ちょっと話したい事があるんだけど……」


「今ここで出来ないのか?」


「ここでは無理だな……」


「そうか……」


「出来れば2人きりになりたいのだが……」


 俺は少し考えたが承諾する事にした。


「良いだろう……」


「では、後で」


 そう言って広川は去って行った。


(一体、何を考えている?)


 俺は疑問に思った――。


 午後の講義が終わった後、俺は教室を出た。


 校門に向かって歩いていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。


 振り返ると、そこには広川が立っている。


「待ってたよ」


「話があるんじゃなかったのか?」


「ああ……」


「こんな所で立ち話はなんだし、場所を変えようか」


「どこに行くんだ?」


「僕の家さ」


「お前の家……?」


「そうだ」


「どういうつもりだ?」


「大事な話をするのだから、誰にも聞かれない場所でないと駄目だろ?」


「それはそうだが……」


「それに君のアパートは、セキュリティーが甘いからな……」


「確かに……」


 俺は納得してしまった。


「じゃあ、行こうか……」


 そう言うと、広川は歩き始めた。


 仕方なく、俺も付いて行く。


 暫く歩くと、大きなマンションに到着した。


 広川は入口にあるパネルを操作する。


 そして、カードキーを取り出すと自動ドアが開いた。


 中に入り、エレベーターに乗り込むと、最上階のボタンを押した。


「随分と高い所に住んでいるんだな……」


 俺は感心しながら呟く。


「まぁ、色々あってね……」


 広川は苦笑いを浮かべた。


 やがて、最上階に到着する。


 玄関の扉を開けると、広いリビングが現れた。


 広川の後に続いて部屋に入る。意外と綺麗にしている。


 ソファーに腰掛けると、広川が口を開いた。


「実は頼みがあるんだ……」


「何だ? 金ならないぞ」


「そんなものは要らないよ……」


「じゃあ、何だ?」


「僕を鍛えてくれないか?」


「はあ!?」


 予想外の言葉を聞いて思わず声を上げる。


「僕は強くならなければならない……。君のように……」


「俺のように?」


「そうだ……。君の強さの秘密を知りたい」


 真剣な眼差しで俺を見つめる広川。


(こいつは何を言い出すのだ?)


 俺は困惑していた。


「どうして、俺なんかに教えて欲しいと思うんだ?」


「君は強い……。それだけで充分理由になるだろ?」


「そうかもしれないが……」


 俺は迷っていた。俺の力は与えられた物で、自分で努力して手に入れた者では無いからだ。


「頼む!」


 広川は頭を下げた。


 俺は溜め息をつく。


 広川に視線を向けると、彼は必死の形相をしていた。


 その姿を見て、俺は覚悟を決めた。


 俺と関係が出来た広川が異世界の奴らの面倒事に巻き込まれるかもしれないと思ったからである。


 俺はユナの顔を思い浮かべていた――。


 俺は広川と向かい合っていた。


 彼の目は真剣である。


 俺は彼を見て、本気なのだと感じた。


(仕方ない……。出来る限り力になってやるとするか……)


「分かった……。ただし条件がある」


「何だい?」


「お前が俺の事を秘密にすると言うのであれば、俺もお前の事は絶対に他言しない。それが約束できるのならば、引き受けてもいいぞ」


「ああ、構わないよ」


 広川は即答する。


「よし! 契約成立だ!」


「ありがとう!」


 広川は嬉しそうにしている。


「俺の力の事は他言無用だ。絶対に他の奴らに言うなよ!」


「勿論だとも……」


 俺は、これまでの向こうの異世界の人間達と関わった出来事や、戦った経緯を話し出した。


 広川はそれを興味深そうに聞いている。


 一通り話し終えた後、広川は質問した。


「それ程までの力を持っているのに、何故、今まで隠してきたんだい?」


「俺は平和な日本で生まれ育った日本人だからな。自分の力を試すような危険な真似をしたくなかっただけだ」


「なるほどね……」


「お前は違うのか?」


「まあね……」


 広川は苦笑している。


「しかし、これから先、お前が俺と関わる上で戦いを避けて通る事は難しいだろうな」


「そうだろうね……」


「そこでだ……、まずは自分の身を守れる程度に強くなって貰う」


「具体的には何をするんだい?」


「異世界の人間の誰かから、お前に力を与えてもらう」


「えっ!?」


 広川は驚いていた。


「ちょっと待ってくれ。そんな事が出来るのかい?」


「ああ……」


「一体、誰から?」


「それは、まだ言えない。ただ、操られた人間と戦う以上、今のお前では厳しいと思うぞ」


「確かに……」


 広川は俯いている。


「だが、安心しろ。俺がその人に頼んでやる」


「それは助かるけど、君は大丈夫なのか?」


「俺は問題ない」


「でも、危険じゃないのか?」


「向こうの世界には行かないから、心配するな」


「そうなのかい?」


「ああ……。だから、俺を信じろ」


 俺は真っ直ぐに広川の目を見る――。


 広川は暫く考えていたが決心したようだ。


「分かった……、君を信じるよ。よろしく頼む!」


 そう言って頭を下げる広川。


「任せておけ!」


 俺は力強く答えた。


「じゃあ、早速行くか……」


 俺は立ち上がる。


「何処に行くんだい?」


「今すぐ会えそうな人物がいるんだ……」


「へぇー、凄いな……」


 感心した様子で呟く広川。


「さぁ、行こうぜ……」


 俺は広川を急かす。


「ああ……」


 広川は慌てて立ち上がった。


 2人でマンションを出る。


 そして、目的地に向かって歩き始めた――。


 俺は、広川の様子を見ながら思う。


 確かに広川が強くなる為の方法は2つある。


 1つは、この世界で力をつける事だが、それでは人間としての範囲内でかしかない。


 もう1つは、異世界の人間から力を与えられる事だ。その場合、人間の範疇を大幅に超える存在になる。


 俺は広川を連れて、ある場所に向かっていた。


 それは、俺達が通っている大学だった。


「本当にここで会う相手は信用できるんだろうね?」


 不安げに尋ねる広川。


「ああ……。間違いなくな……」


 俺は答えると、大学の構内に入って行った。

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