猿さん討伐についての話し合い1

 組合長室に招き入れられると、最初に目に入ったのが机だ。

 その上には、雑多な感じに紙や羊皮紙っぽい物が積まれていて、山になっている。

 わたしの視線に気づいたのか、組合長のアーロンさんは苦笑しながら「事務仕事の途中だったんだ。気にするな」と言った。


 勧められるまま来客用の長椅子に座る。


 正面に座ったアーロンさんは腰を落として早々、ため息をついた。

「少々、面倒な事になった」

「面倒な事?」

「うむ」

 ドアがノックされたのでアーロンさんが「入れ」と指示する。

 組合の――顔見知りの職員さんが入ってきて、陶器製のカップをわたしとアーロンさんの前に置く。

 そして、軽く礼をして退出していった。


 ……お茶が出されるって事は、本格的にやっかいな話なのかな?


 なんて、嫌な予感をしつつ、カップを手に取った。

 仄かに湯気を上げるそれを、少し口に入れた。


 ハーブティーだった。


 温かい。

 寒い冬には身に浸みる。

 フルーツに似た香りにすっきりとした味わいで、なかなか良い。

 町では紅茶じゃなく、基本、ハーブティーなんだよね。

 どこかの機会に、どのような植物を使用しているのかとか、情報を集め、我がにも取り入れたいと思っている。

 そんな事を思いつつ、もう一口飲んでいると、同じく、ハーブティーに口を付けていたアーロンさんが話し始める。

「前回、白大猿の件を話したが、覚えているか?」

「うん。

 わたしは町で待機して怪我人を回復すればいいんだよね」

 確か、白大猿君達は女の人を襲う習性があるとかで、わたしを含めた女性陣は討伐隊に含めないとの事だった。

 そんな答えに対して、おじいさんな組合長は苦笑する。

「実はその辺りの事情が少々、問題になっていてな……。

 いや、順に説明をしよう」

 アーロンさんは再度、カップに口を付けてから話し始める。

「最近、白大ネズミ地獄ネズミも見当たらなくなり、白大猿の動きが活発化し始めたんだ。

 先ほどお前が癒やしてくれた男達が居るだろう。

 あいつらは近くの村への届け物の依頼があり、それを終えて帰る時に襲われたそうだ。

 相変わらず狡猾な魔物で、怪我人あいつらもそれなりの高段者な上に相応の警戒をしていたのだが、うまい具合におびき寄せられ、良いようにやられてしまった

 幸運な事に死者は出なかった。

 ただ、そろそろ本格的に対策に乗り出さなくてはならなくなったんだ」

「うん」

 わたしが合いの手を入れると、アーロンさんが話を続ける。

「怪我人は出たのだから、良くは無いが、まあ、毎年恒例ではあるんだ。

 前にも言ったが、地獄ネズミとは違い、猿どもなら油断さえ無ければ、対応は出来る。

 ただ、馬鹿馬鹿しいながらも、面倒な話が持ち上がってきたんだ。

 先ほど、小白鳥の団が騒いでいただろう?

 あれだ」

「小白鳥の団がどうしたの?」

 小首を捻ると、うんざりした顔でアーロンさんが言う。

「あいつらが討伐に参加したいと言い出したんだ」

「え?

 でも、女の人は襲われるから外すんでしょう?」

「ああそうだ……。

 そうなんだが、絶対に参加するって言い出してな」

 心底うんざりした顔のアーロンさんに訊ねる。

「禁止なら参加させなければ良いんじゃないの?」

「厳密には禁止では無い。

 基本、依頼主の意向が働かない限り、男でも女でも平等に依頼は受けられる。

 冒険者組合ではそう決められているんだ。

 なので、白大猿の討伐に関わらせたくないというのは、あくまでも、組合の”希望”なだけで、受けられる段位実力と、受けたいという望みがあれば認めざる得ないんだ」

「なるほど……」

 男女平等という所は先進的ともいえるけど、それがあだとなっている訳ね。

「でも、なんで小白鳥の皆は討伐に参加したいの?

 ……仲間とかのかたきとか?」

 わたしの問いに、アーロンさんは苦笑いをしながら右手を振る。

「そんな大層な話じゃない。

 売り言葉に買い言葉をこじらせただけだ」

「ああ、特にヘルミさんとか気が強そうだもんね」

「そう、それでいて頑固だ。

 あの性格も、良い方向に行けば非常に良いのだが……」

「今回はそれが悪い方向に行ったのね」


 やっぱりというか何というか……。

 面倒くさそうな臭いがプンプンする。


 そんな、心境を知ってか知らずか、アーロンさんは言う。

「そこで、お前にお願いしたい事があるんだ」

「わたしじゃ多分、翻意ほんいさせられないよ?」

 確かに、小白鳥の皆とはそれなりに仲は良いけど、あくまでも冒険者の先輩と後輩の仲だ。

 後輩わたしの言う事でコロコロ決心を変える事は無いだろう。

 わたしの先読みした釘差しに対して、アーロンさんは少しニヤリと笑う。

「安心しろ。

 お前にそんな難しい事をお願いしたりせん」

 もちろん出来ないんだけど、その言い草は酷い!

 わたしが頬を膨らませると、「ふふふ」と笑いながら、アーロンさんは言う。

「出来れば、お前には討伐隊が向かう白大猿の縄張り、その近くにある村まで同行して欲しいんだ」

「どういうこと?」

 わたしが訊ねると、アーロンさんは説明をする。

「例年、ここから半日ほどにあるイニー村に討伐隊の基地を作り白大猿の縄張りを攻めるんだ。

 わしの作戦としては、こうだ。

 その基地に回復役としてお前が行きたいと言いだし、参加する事にする。

 そうすると、小白鳥のあいつらとしては、新人冒険者で、しかも戦い慣れてなさそうなお前を放って置けなくなると思うんだ。

 村の中で白大猿の脅威はなくても、知人の居ない場所だからな。

 乱暴者に狙われる等が不安になり、村に残る事を選択せざる得ないのではないかと思うんだ。

 理由がお前であれば、対外的にも問題ないしな」

「なるほど」

 確かに、冒険者の後輩を守るためであるなら、仕方が無いと納得できるし、面子も立つ。

 それに、回復役のわたしがついて行く事も、やや危なっかしく感じるかもしれないけど、さほど不自然では無い。


 悪くないかもしれない。


 そんな事を考えていると、アーロンさんが少し探るようにこちらを見る。

「ただ、問題が無いわけでは無い」

「問題?」

「ああ、討伐に付いていくのであれば、二泊はしなくてはならない。

 確か、お前の家には妹がいたよな?

 難しそうか?」

 妹、イメルダちゃんの事を妹ちゃんと紹介してたから、そのことを心配しているのかな?

 二泊……。

 う~ん……。

 我がには結界もあるし、妖精姫ちゃん達やシルク婦人さん、ケルちゃん、スライムのルルリンだっていざとなったらヴェロニカお母さん親子を守ってくれるとは思う。


 ただ、それでも、冬ごもり中という事を考えると、少々、不安に思う。

「わたしが断ったら、どうするの?」

「その時は、わしが参加する」

「アーロンさんが?」

「ああ、あの鼻っ柱が強い娘どもを黙らせられるのは、わししか居ないからな。

 そして、わしは組合長だ。

 指揮官として、あいつらはイニーの警備に当たらせる」

 大騒ぎになりそうだけど、確かにアーロンさんなら出来るか。


 ただ、乱暴ではある。


 わたしの思考を読んだのか、アーロンさんは苦笑する。

「まあ、頭ごなしにするのは、な。

 強引すぎるは、強引すぎる。

 それじゃあ、あいつらの不満を溜めるだけで、成長は出来んだろう。

 とはいえ、この件はお前には関係ない事だし、食糧問題の様に人の命に関わる事でも無い。

 難しいようなら、断ってくれても問題ないぞ」

「う~ん」

と腕を組みつつ考える。

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