何事も無い、いつもの一日2
そんな
え?
シルク婦人さんも手伝ってくれる?
キッチンのオーブンで焼いてくれるの?
ただ、食パンじゃないけど……。
いや、揚げパンって、別に食パンじゃなくても良いのかな?
とりあえず、試してみようってことで、シルク婦人さんにもお願いしておく。
「食パン? だっけ? いつものあのパン、どれくらい作るの?」とイメルダちゃんが訊ねてくる。
「う~ん、いつもの大きさで、三個分――じゃなくて、三斤だっけ数え方、それぐらいでいいんじゃない?」
妖精ちゃん達のあのサイズなら、それで十分でしょう、などと思っていると、妖精姫ちゃんが凄い勢いで飛んでくる。
え?
もっともっと?
十斤!?
いやいや、いくらなんでも、作りすぎでしょう!
妖精ちゃんはいっぱいいる?
それにしたって多すぎる!
え?
いっぱい作ってくれるって言った?
ぐぐぐ、それを言われると痛い。
仕方が無く、十斤作ることに。
思った以上に大変なことになりそうだ。
とりあえず、妖精ちゃん達の分はわたしとイメルダちゃんで、わたしやヴェロニカお母さんら家族分はシルク婦人さんが作ることになる。
その方がややこしくないと思ったからだ。
「よし、頑張るぞ!」
と気合いを入れていると、妖精メイドちゃん達が飛んでくる。
え?
手伝ってくれる?
ありがとう!
ゴロゴロルームに移って貰ったシャーロットちゃんからの「サリーお姉さま、頑張って!」という声援を受け、さらに気合いが入りつつ、サクサク作っていく。
途中、イメルダちゃんが
眉を寄せ、一生懸命、生地を
絶対怒るから、本人には言わないけど。
途中、発酵待ち兼お茶休憩をしつつ、何とか生地を完成させる。
さすが、十斤分のパン生地――食事用の大きなテーブル一杯に並んでいる。
その中の一つを、いつものように白いモクモクにセットし、焼く準備をしてから、はたと思う。
いっぺんに何個も焼いた方が良くないかな?
流石に十斤いっぺんには無理だけど、とりあえず、三斤同時に試してみることに。
わたし、イメルダちゃん、妖精メイドちゃん達でそれぞれセットする。
そして、三つとも均等に熱を加えていく。
同じ様に入れられているはずなのに、微妙に熱の入り方が違う。
わたしの表情が硬いのを感じたのか、イメルダちゃんが「大丈夫?」と心配そうに訊ねてくる。
それに対して、視線を移さないまま「大丈夫だよ」と答えておく。
以前は動物性油しかなく、パンのくっつき対策で苦戦したけど、今はバターがあるのでその部分は気にする必要がない。
だから、大丈夫、大丈夫のはず!
そろそろかと、ゆっくり丁寧に、テーブルの上に白いモクモクを置き、それを開いていく。
白いモクモクは凄く便利だけど、中が見えないのだけが、欠点だ。
そっと開いて……うん、大丈夫だ!
焼き方が三斤で少々違いが出てしまってはいるけど、どちらにしても、揚げてしまうのだから関係ない。
続けて、サクサクと焼いていこう!
……って思ったけど、イメルダちゃんが焼けたパンを嬉しそうに眺めている。
うん、生まれて初めて
「ちょっとだけ食べてみる?」
と聞きつつ、イメルダちゃんが多く携わった一斤、そのミミを白いモクモクパンナイフで切る。
それを三等分にして、リンゴジャムが入った器とともに渡してあげる。
「い、いいわよ。
まだまだ焼かないといけないでしょう?」
と言ってたけど、ずいっと差し出すとおずおずと受け取ってくれた。
そして、ジャムを少し付けて食べると「美味しい」と嬉しそうに微笑んでいる。
恐るべきと言えるほど可愛い!
残りはわたしと妖精メイドちゃん達で少しずつ食べる。
うん、三つ同時に焼いたけど、問題なく美味しい!
残りも、サクサクやっていきますか!
――
『絶ぇ~対、負けたくないことがぁ~ある~♪
ほらぁ~行こぉ~う♪』
植物育成室に移ったわたしは、植物育成魔法で菜の花を育てつつ、口ずさむ。
なんだろうな、大麦づくりの時にさんざん歌ってたから、癖になっちゃったのかな?
勝手に口をつくようになった。
パンを作った後、菜種油を使って、サクサクと揚げていった。
いやぁ~何というか、十斤は流石に多すぎた。
揚げパン自体は妖精ちゃん達に大好評だったし、シルク婦人さんが作ってくれたので作ったのも、ちょっと変わった感じではあるもののとても美味しかった。
けど、冬ごもり前に用意した二壺分の菜種油――小分けした分を除き、すっかり悪くなってしまった。
仕方が無く、夕食後、菜の花を育てているところだ。
もちろん、わたしもバカじゃない。
大麦を作った時みたいに、魔力欠乏になる前にやめるつもりだ。
そもそも、菜種油はそこまで急ぎではない。
毎日ちょっとずつ、のんびり作って行こう。
『負ぁ~けちゃいけない事がぁ~ある~♪
勇気ぃ~振り絞ってぇ~♪』
「外国の歌かしら?
意味は分からないけど、ずいぶん、悲しげな歌ね」
後ろから、ヴェロニカお母さんの声が聞こえてくる。
「違うよ。
これは、愛と勇気と希望の歌なんだよ」
わたしは振り返らず答える。
そう。
そうなんだ……。
この歌は女の子達の――”女の子”の――戦いの歌なんだ。
ヴェロニカお母さんが隣に来る気配を感じる。
視線をそちらに向けて驚いた。
だって、ヴェロニカお母さん、泣いていたから。
何故、ヴェロニカお母さんが泣くの?
よく分からない。
「ごめんなさい、サリーちゃん。
本当は大人のわたくし達がすべき事を――あなたに押しつけちゃって……。
あなたは、あなたは、何一つ、背負う必要などないのに……」
そう言って、わたしを優しく抱きしめた。
何を言ってるのか分からない。
わたしが決めたことなのに。
ヴェロニカお母さんも、アーロンさんも、きっと望んでいなかった。
それを、わたしが勝手に関わってしまったことなのに。
だから、この胸にこびりつくこの感情も、耳に残るあの音も、わたしが飲み込まなくちゃならないんだ。
そもそも、わたしは沢山の魔獣を狩ってきた。
命を狩ってきた。
にもかかわらず、そんなものに心を揺らすのは、多分、それはとても偽善な事なんだと思う。
ママが知ったら、ひょっとしたら失望させるかも知れない――そんな、恥知らずな事なんだと思う。
だから、わたしは言わなくちゃならない。
大丈夫だよって。
全然、大丈夫だよって。
ヴェロニカお母さんが気にすること何て、何一つ無いんだよって。
だけど……。
言葉が出ない。
言わなくちゃならないのに、言わなくてはならないのに……。
わたしは目の縁をジンジンと焼く、その痛みを堪えながら、ただ、ヴェロニカお母さんの肩に顔を埋める事しか出来なかった……。
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