大麦を運ぼう!2

 促されるまま、ケルちゃんの背に乗る。

 思ったより高い――けど、当然ながらママ達に比べたら低いので怖くはない。


 重くない?

 平気?


 ガう! と返事をしたケルちゃんが一歩ずつ進んでいく。

 力強い!

 わたしを背に乗せつつも、平然とソリを引っ張っていく。


 これなら、大丈夫かな?


 センちゃんとレフちゃんの首、その間に手を置いて体を支えつつ思う。

 雪で固まった上り坂だって、爪を立てて走るケルちゃんは速度を落とす事も無く、サクサク進んでいく。


 凄い!


 白いモクモクでフォローをしつつ、森を抜け、川は白いモクモクで橋を架け、森をさらに進み、平原に出る。

 ライちゃんが右前方に視線を送るので、そちらを向くと、白狼君達がこちらを呆然と見ていた。


 いつものように近づいてこない。

 大きくなったケルちゃんが怖いのかな?


 何にしても、今日は特に、彼らに構っていられないので、「またね」と手を振っておいた。


 平原になると、ケルちゃんの走る速度がぐんぐん上がる。


 雪煙を上げながら、ガンガン進んでいく。

 ソリを引きながらこの速さ――ケルベロスって足が速いイメージは無かったけど、どうやらただの思いこみだったようだ。

 もちろん、ママ達には及ばない。

 だけど、イメルダちゃんと町に行った時の移動速度ぐらいにはなっている。


 ん?

 目に入った”それ”に、顔をしかめてしまう。


 ここ数日、見慣れた彼ら――白大ネズミ君の集団が見えたからだ。


 数が、さらに増えている。

 何匹だろう?

 Web小説の知識に、手で枠を作り、その中の数を数え、その枠何個分から軍団の総数を出すってあったけど、それは上から見下ろす形じゃないといけないからなぁ。

 でも、雰囲気でいえば、数千匹にはなっているようだった。


 そして、ここ数日と同じく、こちらに気づいたようで向かってくる。

 白狼君達とは違い、ケルちゃんに怖がることもないようだ。


 どうしようか?

 魔術で追い散らすって手もあるけど、彼らはその程度では止まらないだろうしなぁ。

 他にもいくつか思いつくけど、魔力を使いすぎたりするのであまり気が進まない。

 ケルちゃん達に先行して貰って、わたしが引きつけるって手もあるか。

 う~ん……。

 そんなことを考えていると、近衛騎士妖精の白雪しらゆきちゃんが『わたし達に任せて』っていうようにアピールしてくる。


 え?

 どうするの?


 二人はわたし達に先行するように前に出ると、サーベルを抜く。

 剣の刃が彼女たちの魔力の色に輝く。


 近衛騎士妖精のうしおちゃんがスーっと前に出ながらサーベルを振り上げる。


 剣先に青色の魔力がまとわりつき、振り下ろすと同時に前方に放たれる。

 それは白大ネズミ君達の前方に着弾すると、白い靄となり当たりを覆う。


 次に、近衛騎士妖精の白雪ちゃんが前に出て、サーベルを横に薙ぐ。


 水色の魔力が白大ネズミ君の進路上の雪にぶつかると、その部分が盛り上がり、氷の壁となった。

 横に、凄く長い!

 縦が五メートルほどに対して、横は五十メートルぐらいかな?

 その壁が白大ネズミ君から垂直よりやや斜めに出来ている。

 壁に何かが衝突する音が聞こえ、しばらくすると、こちらに向かってきていた白大ネズミ君達はわたし達の左側に進路をずらして進んで行く。

 馬鹿な彼らは、すでにわたし達など記憶から消えているのか、こちらから離れる様にかけていく。


 ああ、なるほど。


 白い靄で視界を隠す。

 そうすると、白大ネズミ君としては壁が直前に現れるまで存在に気づかない。

 目の前に壁がある場合はどうなるか?

 自分たちから壁に対して、角度の大きい方に進んで行くこととなる。

 そして、わたし達はその逆側に通り抜ける。

 上手いこと考える物だ。


「ありがとう、白雪ちゃん、潮ちゃん!」

とお礼を言うと、嬉しそうにこくこくと頷いてくる。


 可愛い!


 しかし、なかなかの魔力操作だ。

 魔術――じゃないよね。

 白いモクモクが例外なだけで、魔法って、もっと雑なことしかできないと思っていた。

 あのサーベルのお陰かな?

 話が出来たら、教えて貰いたいなぁ。


――


 町の近くに付いたので、ケルちゃんに止まって貰う。

 そして、ケルちゃんからソリを外した。

 まだまだ、付いて行きたそうにするケルちゃんを何とか説得し、近衛騎士妖精ちゃん達と一緒に帰って貰う。

 それを見送った後、ソリを引きながら待ち合わせの場所に移動する。


 ……重さはそれほどでもないけど、縦に長く積んでいるので倒れそうになり、移動するだけでなかなか難儀だ。


 ケルちゃんに付き合って貰って、正解だった。

 白いモクモクで支えつつ、何とかかんとか以前、冒険者組合が基地にしていた場所に移動する。

 赤鷲の皆はすでに居て、目を丸くしている。


 どうしたんだろう?


 近寄ってきた皆を代表するように赤鷲の団団長のライアンさんが大麦の袋を見上げながら言う。

「サリー、またずいぶん沢山持ってきてくれたなぁ!

 凄く助かるんだが、お前ん所は大丈夫か?

 無理してないか?」

 ああ、確かにちょっと頑張り過ぎちゃったからね。

「大丈夫!

 昨日も言ったけど、最悪、大麦が無くても問題ないから」

「そうか?

 それならいいんだが……」

 赤鷲の皆の表情が明るくなる。

「これだけあれば、しばらくは大丈夫だな」

「ああ、あと組合長に何か考えがあるって事だったし、大丈夫だろう」

 ライアンさんの言葉にマークさんが嬉しそうに頷いてる。

 アーロンさんの考え?

 ああ、白大猿君の件かな?

 アナさんも朗らかに言う。

「大麦の使用法についても、目処が付いたしね」

「目処?」

「大麦パンを作ったことがある人が居たの」

 アナさんが言うには、”王妃様の焼き菓子”のお店の人が大麦パンの作り方を知っているとのことだった。


 そこで、アナさんは少し、表情を曇らせる。


「そういえば、サリーちゃんがお店に食料を譲ってくれたのよね?

 ありがとう!

 店長さんはわたしの所為せいで大変な思いをさせてしまったから、心配していたの」

「ん?

 どういうこと?」

「わたしの行きつけだから、ハリソン隊長に目を付けられ、食料をほとんど奪われたらしいの」


 なるほど、何で店長さんのところだけ、そんなことになったのか、不思議に思っていたけど、そんないきさつがあるのか。

「気にしないで」と言いつつ、極力明るい声で言う。

「大麦パン、どんな味なんだろう?

 わたしも少し、食べてみたい!」

 それに対して、アナさんもニッコリ微笑みながら、「そうね、わたしも食べたことないから、ちょっと楽しみ」と答えてくれた。

 そんな風に、アナさんと会話をしていると、何か近づいてくる気配を感じた。


 視線を向けるも、木々に覆われているからか、まだ見えない。


 町の方から?


「サリーどうした?」

 ライアンさんが訝しげに訊ねてきた。

あちらの方から、何か近づいてきてる」

 端的に答えると、マークさんが「ああ、巨熊の皆じゃないか?」と言っている。

 そういえば、巨熊の団が、大麦を町に入れるって話だったね。

「少し時間をずらして、来て貰うことになっているんだ」

とライアンさんが言うけど、わたしは首を横に振った。

「違う。

 巨熊の皆じゃない」

「!?」


 大麦がある――どうしようもないか。


 かすかにだが、金属が擦れる音も聞こえてくる。

 木々の隙間から見えたのは、鎧を纏った騎士、そして、ニヤニヤと笑うハリソン衛兵長さんだった。


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