大麦を運ぼう!1

 やたらとテンションの高いケルちゃんをなだめて、正面の広場に戻す。

 そして、飼育小屋に戻る。

 いつの間にかいなくなっていた山羊さん夫妻が、隅の方でガクガク震えていた。


 ま、まあ、以前ならともかく、今のケルちゃん、前世ライオン以上の大きさはあるもんね。

 そんな、ケルちゃんに追いかけられたら、そりゃ、怖いよね。


「怖がらせてごめんね。

 今度は、ケルちゃんがいない時に出して上げるからね」

と背中を撫でておいた。

 時間をある程度決めておいた方が良いかな?

 イメルダちゃんに相談しよう。


 濡れた箇所を白いモクモクで乾燥させつつ飼育小屋から戻ると、シャーロットちゃんがフェンリルぬいぐるみを抱えて待っていた。


 今日は、入れ替わったのを怒っているわけではない。

 どことなく、困惑した様子だ。


「シャーロットちゃん、どうしたの?」

 訊ねると、シャーロットちゃんはぬいぐるみをわたしの方に持ち上げる。

「サリーお姉さま、ぬいぐるみの首が一つしかないよ?」

「え?」

「ケルちゃんみたいに三つのが欲しいの」

 えぇ~

「ケルちゃんのぬいぐるみが欲しいの?」

と訊ねると、シャーロットちゃん、「うん!」とにっこり微笑む。

 えぇ~

 首三つのぬいぐるみって、むちゃくちゃ大変じゃないかな?

 あ、いつの間にかいた手芸妖精のおばあちゃん、ショックを受けた顔で固まっている。

 よ、喜んでもらえると思ってたのに、この反応は……。

 ごめん、妹ちゃんに好みを聞かず、内緒でお願いしていたわたしが完全に悪いや。

「それ、フェンリルだよ?

 すごく可愛格好かわいかっこいいと思わない?」

と何とかフェンリルぬいぐるみの良さをアピールしようとするも、シャーロットちゃんは改めて見てはみるも「ケルちゃんがいい……」と不満そうだ。

 えぇ~

 右肩を叩かれ振り向くと、手芸妖精のおばあちゃんが笑顔で頷いた。


 え?

 ケルちゃんぬいぐるみも作ってくれる?

 大丈夫?

 頼りになる!


「本当にごめんねぇ~」と謝ると、手芸妖精のおばあちゃんは、大丈夫! と言うように笑顔で手を振り離れていった。

「シャーロットちゃん、作ってくれるって」

と視線を戻すと、満面笑みの妹ちゃんは「うん、楽しみ!」と言った。


 可愛い!


 あ、でも「ぬいぐるみを作って貰ったら、ちゃんとお礼も言わないといけないよ」と釘を差しておく。

 当たり前と思ったら、問題だからね。

 シャーロットちゃんもその辺りを思い出したのか、「これの分も含めてお礼を言う!」と言ってくれた。


 シャーロットちゃん、可愛くて立派!


 そんな、にこやかなやりとりをしていると、寝間着から着替えたイメルダちゃんが「どうしたの?」と近寄ってくる。

 そして、視線がシャーロットちゃんの手元、フェンリルぬいぐるみに移る。

「あら、白狼しろおおかみ――正式には白魔狼しろまおおかみだったかしら?

 そのぬいぐるみね。

 作って貰ったの?」


 ちょっとちょっと!

 誇り高きフェンリルママ偽忠狼にせちゅうおおかみとを一緒にしないで欲しい!


「それはフェンリルのぬいぐるみだよ!」

と注意すると、イメルダちゃんが訝しげな顔をする。

「どこら辺が、フェンリルなの?」

「どこら辺って……」

 改めて、シャーロットちゃんが持っているぬいぐるみを見る。


 デフォルメされた白い狼のぬいぐるみがそこにはあった……。


 うむ。

 わたしは言い切る。

「フェンリルと言ったら、フェンリルなの!」

「……そう」

 わたしの熱意に負けたのか、イメルダちゃんも認めてくれる。

 若干、呆れた顔をしていたけど……。


 こういう時は、言い切った者の勝ちなのだ!



 食料庫から食材を持って来た後、パンを作る。

 あ、昨日、冷凍パンを試そうと思っていて忘れちゃった。

 シルク婦人さんにそのことを謝ると、表情を変えない婦人さんは首を横に振った。

 そして、ぼそりと言う。

「無理は駄目」


 あ、はい。

 ごめんなさい。


 朝ご飯を食べて、出かける準備をする!

 昨日作った、大麦をソリに乗せないと……。

 すると、妖精姫ちゃんが飛んでくる。


 え?

 積み込みまでやってくれている!?

 ありがとう!


 外に出ると、正面の広場でソリの上に高々と積み上げられた大麦の袋が見える。

 ……頑張って育てすぎたようだ。

 横に並び、頂点を見上げようとすると、首が痛いほど高い。

 五メートルぐらいかな?

 それを、カバーをした後、ロープで固定しようとしているようだ。


 袋、足りた?

 え?

 足りない分は作った?

 ほんと、ありがとう!

 え?

 揚げパン楽しみにしてる?

 いいでしょう!

 いっぱい作りましょう!


 妖精姫ちゃんとそんなやりとりをしながら、ソリの前方に移動する。

 え?

 なんか、ケルちゃんが、あたかも犬ぞりの犬のように固定されてるんだけど?

 わたしに気づくと、レフちゃん、センちゃん、ライちゃんがやる気を示すように「がう!」「がうがう!」「がうん!」と吠える。


 えぇ~

 いや、流石にケルちゃんを連れて行くのはちょっと……。


 すると、妖精姫ちゃんが身振り手振りする。


 え?

 これだけ積んだソリを一人で運ぶのは難しい?

 下手をすると、バランスを崩し倒れて、散乱させちゃう?

 ケルちゃんが運び、わたしがサポートするのが良い?

 でも、ケルちゃんを町に連れて行くのは……。


 すると、なぜか悪役妖精がわたしの前に来ると、なにやら偉そうに言っている。

 なんなの、こいつは……。


「邪魔!

 今忙しいの」

と手でシッシと追っ払おうとすると、なぜだかショックを受けた顔をする。

 なんなの?

 すると、妖精姫ちゃんが苦笑しながら、別の方を指さす。

 ん?

 そこには、近衛騎士妖精ちゃんが二人、ビシっ! とした敬礼ポーズで飛んでいた。


 可愛格好かわいかっこういい!


 二人とも、紺色の軍服っぽい上着に、腰にはサーベルを差し、例の前世イギリスの近衛兵が被っている黒いモコモコした帽子を被っていた。

 髪は長く、艶やかなそれは帽子の端から腰辺りまで流れるように伸びていた。


 わたしは、その色から例のごとく勝手に名前を付けたりしている。


 真っ白な髪の子を白雪しらゆきちゃん、薄い青色の子をうしおちゃんとだ。

 二人とも、特に気にするそぶりを見せず、ニコニコと受け入れてくれている。

 でも、その二人がなに?

 え?

 付いてきてくれる?

 町に近づいたら、ケルちゃんを連れて戻ってくれるの?

 それは助かる!

 あ、そうなると、ケルちゃん用に結界石をわたさないと。

 一つだけだと揉めるのが分かりきっているので、三個作り、白いモクモクを錐状にして穴を開ける。

 それに紐を通して、それぞれの首に付けて上げる。

 え?

 順番が不満?

 はいはい、すいません。

 付け終えると、三首ともなにやらご満悦の様子だった。


 これを付けたからって、勝手に結界の外に出ちゃ駄目だよ。

 大丈夫?

 なら良いけど。


 設置してある結界石に当たらないようにケルちゃんを誘導しながら結界の外に出る。

 近衛騎士妖精君に守られながら見送りに出てきたヴェロニカお母さんに「無理は絶対に駄目よ!」と注意されつつ出発する!


 近衛騎士妖精ちゃん達を肩に乗せ、併走して走ろうとするわたしに――ケルちゃんが待ったをかける。


 ん?

 どうしたの?


 センちゃんが首を振りながら何やらアピールしてくる。


 え?

 なに?

 ケルちゃん自分に乗れば?

 いや、流石に重くない?

 大丈夫?

 本当に?

 本当に大丈夫なの?

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