まだまだ増えるネズミ君

 うげぇ~


 白大ネズミ君だ。

 しかも、昨日より増えている!

 千匹は超えているだろう集団で、わたし達の左前方から駆けてくる。

『一旦止まるよ』

 がうがうがう! と白狼君達に言いつつ、その場に止まる。

 そして、右手で出した白いモクモクをドーム状にして、その中で息を潜める。

 白狼君達もその場に伏せると、静かにする。


 あんなのに、構ってはいられないもんね。


 でも、あれだけの数の白大ネズミ君がいるんじゃ、ここらで獲物を狩るのは難しいかな。

 ふむ。

 白いモクモクを微調整して、のぞき穴を作る。

 白大ネズミ君が走っている様子を観察する。

 雪煙を上げながら、直ぐ側を横切っていく彼らをやり過ごす。

 最後列が見えて来たら、左手から出した白いモクモクを雪に隠れるように前へ進める。

 そして、最後列が前を通る時に、それらの足を引っかける。

 良し!

 九匹ほど転ばしたので、今度は白いモクモクを網状にして、覆う。

 他の白大ネズミ君が走り去っていくのを見送りつつ、ドーム状にしていた右手の白いモクモクを消した。

 待っていたとばかりに、白狼君達が走り出し、網に掛かった白大ネズミ君にトドメを刺していく。

 わたしも、町に持って行く用に、三匹ほど自分でトドメを刺す。

 白狼君の噛み跡があると、ひょっとして問題になるかもと思ったからの処置だけど、多分、気を回しすぎではあると思う。


 しかし、白大ネズミ君、まだ増えるのかな?

 面倒なネズミだなぁ。


――


 白狼君達と別れて門に向かう。

 門番のジェームズさん、相変わらず顔色が悪くて悲鳴も起きない。

 大丈夫なのかな?

 そう訊ねても絶対、「大丈夫だ」としか言わなそうだけど。

 いつものように止められた後、すぐに進めると思ったけど、待ったがかかる。

 若いお兄さんな門番さんが、申し訳なさそうに言う。

「ごめんね。

 特定の冒険者であっても、荷物の検査はしっかりするように通達があってね……」

「ん?

 別に構わないよ」

 弱クマさんとかがある場合は大騒ぎになっただろうけど、今日持ってきたのはただの食料だ。

 あ、白大ネズミ君を三匹、昨日と同じように引っ張ってるけど、まあ、大丈夫だよね。


 ソリのカバーを外すと、皆が目を剥いて驚いた。


「これは……」

 若いお兄さんな門番さんが呟くように言うので説明する。

「町が大変そうだから、うちの集落で余ってた分を持ってきたの。

 あ、配布に関しては冒険者組合の組合長にお願いすることに……。

 どうしたの?」

 若いお兄さんな門番さんを含む何人もの門番さんが、「あぁ~」とか言って、頭を抱えている。

 困惑するわたしに、門番のジェームズさんが苦痛を堪えるような顔で説明をする。

「……実は今日の朝、お布令ふれがあったんだ。

 外から入ってくる食料に対して、一定の率分、徴収せよってな」

「えぇ~

 どれくらい?」

「九割だ」

「きゅ、九割!?

 え!?

 ええ!?

 一割じゃなく!?」

 わたしの問いに、門番のジェームズさんが沈痛の表情で首を横に振った。


 いやいやいや!

 九割って大半じゃん!


「そ、それ支援に対しても!?

 あと、商人さんからも!?」

「……そうだ」

 いやいやいや!

 そんなことしたら、ただでさえ食料が足りないこの町に、誰からも食料が届かなくなるって事じゃない!

 そんなの、前世中学生のわたしだって分かる愚策でしょう!?


 馬鹿じゃないの!?


 あ、あれ?

 昨日、ヴェロニカお母さんが言ってた話では、領主様がいないからこれ以上、酷いことにならないって事じゃなかったっけ?

「そ、それって領主様の指示なの?」

 訊ねると、門番のジェームズさんは首を横に振る。

「いや、領主様ではない。

 詳しい話は分からんが……。

 衛兵長の指示らしい」

「そんな勝手していいの?」

「……一応、衛兵長の管轄だからな」


 うわぁ~

 つまり、勝手にやってるって事なんだぁ。


 どん引きしているわたしに、門番のジェームズさんが言いづらそうにする。

「それで、申し訳ないんだが……。

 門の内まで入った物に関しては、戻すことを許さず徴収するように言われていてな」

 えぇ~

 わたしのソリから門番さん達が、食料を持って行ってしまう。

 だけど、若いお兄さんな門番さんを含む皆が「ゴメン」「スマン」などと、涙をポロポロ流しながらやっているので、もう、何もいうことは出来なかった。


――


「はぁ~」

 食料の代わりに白大ネズミ君を乗せたソリを引きながらため息を付く。

 町中はまるで活気がない。

 多くの店は閉めているようだし、町中を歩く人もほとんどいない。

 そりゃそうだよね。

 食料がない状態でお金を集めても、しょうがないし。

 だったら、少しでも食べる量を減らす為に動かない方がいい。

「はぁ~」

 わたしは再度、ため息を付く。


 ついさっき、例のケーキ屋さんに行ってきた。


 店の扉をノックすると、嬉しそうな顔をした店長さんがすぐに出てきた。

 昨日の髭面ではなく、冬ごもり前の清潔そうなケーキ職人さんの格好で、わたしは凄く気が重くなった。

 多分、わたしの様子から察したのだろう、店長さんの表情も陰ってしまった。

 門での話を説明すると、落胆した顔で膝に手を置いて俯いてしまった。


 わたしは、そんな店長さんにここまで持ってきた残り一割の食料を渡して上げた。


 始め、驚いた顔をした店長さんは断ろうとしてたけど、でも、店長さんは他の人とは違い冬ごもり用の食料を全部奪われている。

「気にしないで受け取って。

 冬が終わったら、また、王妃様の焼き菓子を作って」

と言って受け取って貰った。

 受け取った後、それでも躊躇していた。

 多分、もっとほかにも大変な人がいるんじゃないかって、言いたかったのだと思う。


 だけど、店長さんは結局、言わなかった。


 涙をボロボロこぼしながら「ありがとう」とだけ言った。



 一応、魔獣に関しては取り上げられなかったので、解体所に行く。


 皆が大喜びでネズミに群がる様子に、何とも言えない気持ちが湧いてきた。

 解体している様子を眺めていると、わたしが来ていることを聞きつけた組合長のアーロンさんがやってきた。

「食料、九割も持って行かれた」とグチったら、全然関係ないのに組合長のアーロンさんに「すまんな」と謝られた。

「魔獣の徴収を阻止するのが精一杯だった。

 情けない話だ……」

と自嘲するように言う。

 そして、真剣な表情で訊ねてくる。

「例えばだ。

 赤鷲の連中がお前抜きで地獄ネズミを狩る。

 多くなくて良い、数匹だけでも狩る方法はあるか?」


 ん?

 昨日は猿さんまで待つって行ってたのに、どうしてだろう?


 そんな疑問を感じ取ったのか、組合長のアーロンさんは言う。

「外部から全く入らんとなると、少々、心許ないんだ」

「そうなんだ」と頷き、考える。

「う~ん、真っ当に狩るのは無理じゃないかな?

 ライアンさんなんて、同時にだと三匹を相手にするので精一杯だと思うし。

 ……さっきも見たけど、千匹ぐらいに膨れ上がっていたから、下手に突っつくと骨も残らないよ」

「やはり、そうか……」

「やるんだったら、罠かな?

 白大ネズミ君は馬鹿だから、飛び込んでいくよ」

「そうだな。

 そして、その罠を壊して出て行く」


 ……まあ、そういうところもあるかな。


「それに罠を張るにしても、奴らを引き寄せなくてはならない。

 その役は、非常に危険だ。

 サリー、お前の狩り方を詳しく教えてくれんか?」

「うん」


 といっても、大したこと無い。

 白いモクモクで隠れてやり過ごしつつ、最後尾を捕まえるだけだ。


 話を聞き終えた組合長のアーロンさんは、「なるほどなぁ」と頷いた。

 そして、続ける。

「白色の魔法で身を隠す――この部分は、白い布の幕などで代用できるか……。

 問題は捕まえる方だが……」

「魔法――じゃなくて、魔術で足を引っかけたりするものは無いの?

 派手になって全体を引き寄せないぐらいで」

 一度、ママに言われて、白大ネズミ君達を壊滅させようとした時、余りの数に嫌気がさして、禁止されている技、魔術を使ったんだけど……。

 雷が雨のように落ちるのも気にせず、それこそ、丸焦げになりながらも突っ込んで来るんだよね、彼ら!


 もう、その様子が壮絶すぎて、わたし、彼らに苦手意識が出来てしまった。


「あるかもしれないが……」と組合長のアーロンさんは苦い顔をする。

「それが出来そうなのは、火蜥蜴ひとかげのジジイ共なんだが……。

 今は、領主様の護衛で王都に行っている」

「そうなんだ……。

 でも、単純にわたしがその役をやればいいんじゃない?

 トドメは赤鷲の皆にお願いして……」

「出来れば、お前を関わらせたくないのだが……。

 少し、試してみるか?」

「赤鷲の皆、来てるの?」

「先ほど見かけたが、そうじゃなく、今回のトドメ役はわしがやる」

「アーロンさんが?

 他のお仕事は良いの?」

「食糧問題より優先する仕事は有りはしないだろう?」


 なるほど、確かにそうか。

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