娘(人間)の行動が不可解すぎる!3

 フェンリル彼女が子供達を独り立ち前の試験に送り出して、二日ほどたった。

 ここ最近は、子供達に囲まれた生活をしていたフェンリル彼女は、久しぶりに訪れた一柱での生活を少し寂しく、少し気楽に過ごしていた。


 もちろん、子供達の様子を見守ることも忘れてはいない。


 朝になり、目を覚ましたフェンリル彼女はむくりと起きると、遠見の魔法陣まで歩を進め、魔力を流すのであった。

『あらあら、大きい息子、自信満々に挑んだ黒竜にずいぶんと苦戦しているわね。

 ふふふ、ボロボロになってまあ、不満そうな顔になっちゃって。

 あなたは力ずくで戦うばかりではなく、もう少し、頭を使った戦い方を覚えた方が良いわよ』

『まあ、大きい娘ったら。

 いくら死霊の姿が気持ち悪いとはいえ、火炎魔法を使い過ぎよ。

 ほら、縄張りにするはずの森が大炎上してるじゃない。

 あぁ~、いくら焦っているからとはいえ、風魔法で火を散らそうなんて……。

 火の勢いが増すばかりでしょうに……』

『まあ、小さい息子ったら!

 前回のロック鳥巨白鳥が上手く行ったから、油断したわね。

 あらあら、捕まれ、ずいぶんと空高くまで運ばれてしまったけど、どうするの?

 ふふふ、落ちないよう動くことを控えているのか、それとも恐怖で硬直してしまったのか?

 何にしても、見物みものね』

 などと、”少々”手こずっている子供達を眺めるフェンリル彼女の表情は、とても穏やかだった。

 フェンリル彼女にとって、子供達が向かい合っている困難や苦戦は、むしろ望むところだったし、さらに言えば、この程度であれば十分乗り越えるだろうという子供達に対する信頼もあった。

『一柱だけになり、勝手の違いに戸惑っているでしょうね』

 フェンリル彼女はふふふと含み笑いをした。


 いざとなったら、助けてもらえる。

 いざとなったら、助言や指摘がもらえる。


 そんな”当たり前”になりきっている子供達だ。

 このような失敗や苦戦は、至極当然の帰結と言って良かった。

 そして、その事を体感させることこそが、今回、フェンリル彼女が課した試験の大きな主題でもあった。

『まあ、あの子達なら、大丈夫でしょう。

 ……問題は、サリー小さい娘、ね』

 フェンリル彼女は深く、深く、ため息をついた。

 フェンリル彼女の期待に応えるどころか、奇声と奇妙な動きを見せつけてきたサリー小さい娘である。

『そういえば、あの子を拾った時、そばにいた人間も似たような事をやっていたわね』

 フェンリル彼女は困ったように目を細める。

『……ひょっとして、わたしが知らないだけで、人間とはそういう奇妙なことをしてしまう習性でもあるのかしら』

 などと思いつつ、サリー小さい娘を覗くと、朝ご飯だろう料理を白い魔力で作っている所だった。


 それを見ながら、フェンリル彼女は『美味しそうね』とボソリと漏らした。


 フェンリル彼女サリー小さい娘のために料理のまねごとを何回かしたことがあるが、不思議なことにサリー小さい娘の料理はそれを遙かに上回るほど美味しかった。

 しかも、それだけではなく、フェンリル彼女どころか、世界の各所を長年歩き回っているエルフの友人ですら見たことのない料理や調理法をし始める事があった。

 そして、それらはデタラメというわけでない。

 理にかなっている上に、出来上がった料理は総じて美味しかった。

 エルフの友人は、その事をいつも不思議がったがしかし、フェンリル彼女はその理由を知っていた。


 つまり、『うちのは、可愛い上に天才!』という事なのだ。


 何故か、そのように断言すると、エルフの友人から生温かい目で見られたが、そういうことなのだと、フェンリル彼女は心から思っていた。

 それはさておき、娘の料理は眺めているだけで、よだれが溢れてしまうほど素晴らしいものだった。

『調味料が少なくても、わたしの娘は本当に美味しそうな物を作るわね。

 ……料理を毎日、送ってくれるとかは……流石に無理かしら。

 う~ん、毎日送ってくれれば、町の支配が遅れても許してあげるとか言っておけば……。

 いや、流石に試験にならないか』

 などと苦悩している間に、サリー小さい娘は食事を終え、外に出た。

 そして、近くの森を、おそらく食料を探すために歩き始める。

 そんな様子に、フェンリル彼女は苦笑する。

『あの子、本気であの場所に国を作ろうとしているのかしら?』

 町を支配するのが怖いというのは、正直”あれ”だけど、まあ、臆病の範疇として理解できないでもない。

 そのために、安全な結界内に籠もるというのも、まあ、そうだ。

 だけど、あの場所で国を作るという発想には、何千年も生きるフェンリル彼女をして、理解できなかった。


 国とは、領土と民が揃って初めて作ることが出来る。


 ただ、領土――それは結界内の小さな土地と見立てるにしても、民はどうするのか?

 フェンリル彼女は首をひねってしまうのだ。

『国を作るんだったら、なおさら町を支配した方が早いと思うんだけど……。

 まさかあの子、自分を国王兼国民とか言い張るつもりじゃないでしょうね?』

 サリー小さい娘には言い出しかねない危うさも有り、非常に不安であった。

『それとも、あの蟻を国民にするつもりかしら?』

 いつの間にやってきたのか、大蟻が結界のそばにいて、サリー小さい娘と何やら話をしていた。

『でも、あの蟻は基本的に地下で生活をする生き物だから、国民にするのは無理だと思うけど』

 大蟻は地下に巨大な巣を作ることで有名で、それは、現在フェンリル彼女が住む島全域を網羅していた。

 どころか、海を挟んだ大陸まで地下で繋がっているかもしれないとエルフの友人は話していた。

 不味い上に、臆病なためフェンリル彼女の前に現れる事がほぼ無いので興味がなかったから、深くは訊ねなかったが、地上の国の国民に向かないことぐらいは分かった。

 それに、サリー小さい娘自身、国民として招き入れようとする様子も見せず、種と収穫物を交換していた。

『蟻を上手く使って、種を手に入れる。

 これ自体は、賢い手ではあるんだけど……』

 前記にもあるが、大蟻の巣は地中深くで恐ろしいほど大きく広がっている。

 なので、その地域に無い物を手に入れて来て貰うにはうってつけである。

 とはいえだ……。

『国を作るというのは……。

 まあ、この際、良いとしても。

 なんか、変な方向に突き進んでいるようにしか見えないのよねぇ』

 単に町を占領する事から視線を逸らすために誤魔化しているだけか、それとも、国作りについて本気で分かっていないのか……。

『どちらも有りそうだけど……。

 分かっていないという可能性が大いにあるわね』

 そもそも、国作りなどという小難しいことを、サリー小さい娘に求めていない、フェンリル彼女である。

『こんな状態が続くようなら、説教と軌道修正のために会いに行かなくてはならないわね』

 フェンリル彼女は深く深くため息をつくのであった。


 だが、事態はフェンリル彼女の気持ちとは裏腹に、斜め上の方向に突き進むこととなる。

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