第九章

面倒くさそうなあれこれ

 夕焼けに染まる空の下、我が家に到着!

「ただいまぁ~」と家に入ると、皆が「お帰りなさい!」と声をかけてくれた。


 ちょっと嬉しい。


 食堂中央の部屋のテーブルで何かを書いていたイメルダちゃんが「家の改装、かなり進んだわよ」と教えてくれたので、手を洗った後、わたしも椅子に座り話を聞く。

 食料庫周りはほぼ形になり、窓ガラスを付ければ完成とのことだ。

 凄い!

 飼育小屋に関しても、明日中には完成する予定とのことらしい。

「ところで、窓ガラスはどうしたの?」と訊ねられたので「あと一週間はかかるって」と答えた。

 何でも、冬が来る前にガラスを変えておこうという人がそれなりにいるらしく、ちょっと時間がかかるとのことだ。

 それを説明したら、「そうなのね」とイメルダちゃんは頷いた。

「まあ、窓ガラスは取りあえず置いておいて、サリーさんには冬籠もり用の食料を、色々と育てて欲しいんだけど」

とイメルダちゃんに言われてしまった。


 そうだよねぇ。

 でも、その前に狩りをしなくちゃならないんだよねぇ。


「イメルダちゃん、実はね、何か町が食糧不足らしいの」

「食糧不足?」

 イメルダちゃんが訝しげにするので、組合長のアーロンさんから聞いた話を説明する。

「そうなのね」と頷くイメルダちゃんが続ける。

「だったら、行ってきて頂戴。

 家は改装中だし、三日間でしょう?

 窓ガラスが出来る一週間までに間に合えば大丈夫よ」

「皆が働いているのにゴメンね。

 食料については、仮に雪が降ってても、何とか作れるから」

「町のために働くんでしょう?

 気にしなくて良いわよ。

 頑張ってきて」


 イメルダちゃん、年下なのにお姉ちゃんみたい!


 お姉ちゃんというか、お姉様か。

 しっかりしてるなぁ。

 流石は、我がの宰相様だね!

「うちの冬籠もりに使うお肉の量は大丈夫だと思う?」と訊ねると、イメルダちゃんは苦笑する。

「大丈夫よ。

 むしろ、多いぐらいだわ。

 だから、これから狩をした分は全て、町に渡して上げて頂戴。

 今ある分だって、実際の様子を見ながらになると思うけど、途中途中で町に送るってのも良いかもね」

「そっかぁ」

 そうなると、問題が一つある。

 我が家は、お肉を完全冷凍にしてる事だ。

 使用する分を解凍しながら使っているけど、それは地下の冷蔵室と解凍するわたしの白いモクモクがあるから可能だ。

 でも、町の人たちはどうだろうか?

 そういう施設とか、解凍方法とかあるのかな?

 解体所とかに有るのかな?

 そこら辺を聞いてみよう。


 もしくは、干し肉とか作るのはどうだろう?


 作ったことないから、誰かに聞く必要があるけど……。

 シルク婦人さんが知っているかな?

 席を立って、シルク婦人さんがいる台所に向かおうとすると、先ほどまでケルちゃんと何やら遊んでいたシャーロットちゃんが腕を掴んできた。

 そして、そのまま引いてくる。

 んんん?

 それに逆らわず腰を曲げると、シャーロットちゃんがわたしの耳元で囁く。

「シャーロット、色んなお肉を沢山食べてみたいの」

 それに合わせるように、シャーロットちゃんの後ろにいるケルちゃんがガウ! ガウ! ガウ! と吠える。

 手を離したシャーロットちゃん、お願い! というように上目遣いをしてくる。


 可愛すぎる!


 だから、わたしもシャーロットちゃんの耳元で「分かった、シャーロットちゃん達の為に取っておいてあげる」と囁き返すと、花が咲き乱れそうな表情で微笑んだ。


 天使か!


 イメルダちゃんが「甘やかさないの!」とか言っているけど、スルースルー!

 我が家の天使のために、たくさん狩ってきます!


――


 ヴェロニカお母さんと話がしたくて、ゴロゴロルームの中に入る。

 ヴェロニカお母さんはエリザベスちゃんの入った籠の隣で、チクチクと刺繍をしていた。

 そして、わたしが近づくのに気づくと、ニッコリ微笑んでくれた。


 因みに、シルク婦人さんに確認した所、干し肉の作り方は知らないとの事だった。


 まあ、どちらかというと干し肉とかは食材だから、それを調理するのがメインのシルク婦人さんが分からないのも無理は無いか。

 町で聞いてみようかな。


 ヴェロニカお母さんの隣に座り、エリザベスちゃんを覗く。

 ふふふ、よく眠っている。

 ほっぺをちょっと、突っついてみる。

 柔らかい!

 可愛い!

 そんなことをやっていると、ヴェロニカお母さんから話しかけてきた。

「サリーちゃん、あの暖炉の上に飾っている魔石、どうしたの?」

「ん?

 ああ、あれやっぱり魔石なんだ。

 蟻さんがくれたの」

 使い所が良く分からないから、とりあえず飾りとして暖炉の上に置いておいた。

「あんな物まで持ってくるなんて、あの蟻さん? 凄いわね」

「あんな物?」

「あれだけの大きさの魔石、出す所に出せば、金貨五百枚はくだらないわよ」

「え!?

 そんなに高いの!?」

 ミスリル蜥蜴君よりも高いじゃない!

「じゃあ、町に持って行こうかな?」

と思案すると、ヴェロニカお母さんはふふふと笑った。

「そうすると、どこで掘り当てたとか、絶対に聞かれるわよ。

 しかも、大勢の人間に」


 偉い人とか偉そうな人とかに詰め寄られる様子が脳裏をよぎる。


「面倒くさそう」

「面倒くさいわね」

「止めとく」

「その方が良いわ。

 でも、”それだけの物”という事は覚えておいて」

とヴェロニカお母さんはニッコリ微笑んだ。

「でも、何でそんなに高いの?」と訊ねると「そりゃあ、あれだけの大きさならそれだけ魔力を貯められるもの」とごく当たり前の答えが返ってきた。


 なんでも、魔術の研究所とかで使用するらしい。


 まあ、わたしが必要としていない自動車用のバッテリーの方が乾電池より値段が高いのと同じか。

 いや、自動車用のバッテリーよりもっと良いものなのかもしれない。

 我が家では死蔵が確定してしまった訳だけど。


 そんな事を考えつつ、元々聞こうと思ったことを訊ねてみる。


「ねえねえ、ヴェロニカお母さん。

 ここから一番近い町の領主さんって知っている?」

 ヴェロニカお母さんはニコニコしながら、「近くの町って、セルサリの事?」と訊ね返してきた。

 ん?

 そういえば、町の名前なんて聞いてないや。

「名前は分かんないけど、ここから一番近くて、結構な高さの壁に囲まれている所」

と答えると、ヴェロニカお母さんは少しため息を付いた。

「そうね……。

 ”聞いた話”だけど、例えばその町の領主さんが群衆に殴る蹴るの暴行を受けていたとするじゃない」

「え?

 どういう話?」

 困惑するわたしに、ヴェロニカお母さんがニッコリ微笑む。

「それを見ても、サリーちゃん、助ける必要はないから。

 恐らく、ただの自業自得だから、ね」


 ……なるほど、そういう領主さんなのか。


 ヴェロニカお母さんは一変して、心配そうに眉を寄せる。

「どうしてそんなことを聞いたの?

 サリーちゃんのような優しい女の子には関わって欲しくないんだけど……」

 なので、町の食糧不足について説明をした。

 話を聞いたヴェロニカお母さんは少し俯いた。


 その顎はなんだか強ばって見えた。


「サリーちゃん」と顔を上げたヴェロニカお母さんは真剣な顔で言う。

「組合長のおっしゃるとおり、わたくしもサリーちゃんにはしばらく、目立つ行動を取って欲しくないわ。

 できれば、その狩りにも参加しないで欲しいぐらい」

「え~

 でも、約束しちゃったし」

「そうね、そうよね」

 ヴェロニカお母さんは頷く。

 そして、続ける。

「でも、これだけは覚えておいて。

 派手な行動は慎んで欲しいこと。

 また、仮にその領主に捕まったり、取り囲まれた場合は――躊躇無く蹴散らして逃げてきて欲しいの。

 サリーちゃんなら出来るでしょう?

 そして、わたくしに教えて頂戴。

 間違っても、言うことを聞いちゃ駄目よ。

 ああいう輩に付け入られると、ろくな事にはならないから」

 ヴェロニカお母さんがいつになく真剣な表情をしていたから、「うん……」と答えるしかなかった。

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