焦燥に駆られながら2
わたしは雨よけを作っていた左手に魔力を多く注ぐ。
卵の殻に小さな穴を開けたような形にする。
あ、脱衣所スペースも作らなくちゃ。
取りあえず、大きめのお風呂サイズまで大きくして、上下部分を水平に伸ばし屋根と床とする。
一畳で良いかな?
壁は魔力的、集中力的問題で諦めて貰おう。
まだ、何かに狙われる可能性もあるしね。
卵形の浴槽に、魔法で水を張り、温めていく。
手を入れて確認――多少ヌルいぐらいの方が良いから、これぐらいかな?
わたしは、上の女の子から赤ちゃんを受け取り、促す。
「ほら、二人とも服を脱いで、そこに入って!」
「え!?
こ、こんなところで!?」
などと、上の子は困惑する。
気持ちは分かるけど、仕方が無い。
だって、女の子二人もずいぶん雨に濡れたからか顔は真っ青だし、唇は紫色になっている。
「凍えちゃうわよ!
ほら、早く!」
といいつつ、わたしはお母さんの方を脱がせていく。
わたしより頭一つ分は大きい女の人だ。
ひょっとしたら手こずるかな? とも思った。
でも、元は丈夫そうな服だったけど、背中から腰にかけて老人顔さんに裂かれていたので、思ったよりすんなりと脱げた。
胸が……凄い!
白い肌に、巨大で柔らかそうな”それ”は、女の子であるわたしをして、息を飲んでしまった。
腰はほっそりしているのに、凄すぎる!
これ、わたしが少年だったら大変なことになってそう!
いや、そんなことをやっている場合じゃ無い。
わたしは浴槽の中にお母さんの足先からゆっくりと中に入れる。
髪はどうしようかと悩んだが、既にびしょびしょなのでそのまま入れた。
これで良し!
わたしは、右手から白いモクモクを出し、荷車に向かってビュッと伸ばした。
五十メートルほど離れたそれを掴むと、引き寄せる。
警戒中の白狼君達を驚かせてしまったが、わたしがやっているのに気づき、直ぐに視線を戻す。
この子達、中々賢そうだ。
手元まで来た荷車の中身を考える。
不幸中の幸いというべきか……初めての雨だったから、タオルを追加で買っていたのだ。
とはいえ、一枚、使い回さないといけない。
視線を女の子達に向けると、上の子が困った顔をしながら、下の子の服を引っ張ったりしている。
「何してるの?」
「わ、わたくし達、自分で服を脱いだことが無くって……」
ひゃ~真正のお嬢様だ!
とはいえ、わたしだってこの世界の服はよく分からない。
最悪は裂くか――とも思ったけど、何とかかんとか、全裸にすることが出来た。
脱がした順で浴槽に入れる。
「しばらく、温まってて!」と言いつつ、彼女たちの服を洗濯する。
白いモクモクで洗濯機になり、乾燥機になっていると、またしても何者かが集団で迫り来る気配を感じ、白狼君達も唸りだした。
視線を向けて、「ウゲェ~」っと思わず顔をしかめる。
嫌なのが来た。
サーベルタイガー君だ。
こっちでは、
現世では絶滅したサーベルタイガー君だが、この世界では生き残っているらしく、これまでも何度か遭遇している。
足が速いわけでもなく、力が強いわけでもない、
だが、サーベルタイガー君は非常に面倒な能力が一つだけあった。
噛みつきだ。
あの巨大な牙で噛みつかれると、なかなか抜けないのだ。
構造上なのかなんなのかよく分からないけど、どれほど振り回しても、どんなに痛めつけても、それこそ、殺しても、あの牙はなかなか離れない。
下のお兄ちゃんと狩りをした時に遭遇したことがあった。
大したことがないと油断していたら、下のお兄ちゃんの足にサーベルタイガー君が噛みついて来た。
その胴をお兄ちゃんは噛みちぎり殺したんだけど、絶命したサーベルタイガー君の首だけが足に噛みついたまま残ってしまった。
下のお兄ちゃんがいくら振っても外れず、当時、八歳だったわたしが顎を外そうとしても全く外れなかった。
噛みついている牙や顎を砕こうとしたけど、やたらと堅く、結局、そのままで巣穴に戻り、ママの白いモクモクで外して貰うしかなかった。
フリーな状態ならいざ知らず、動きが取りづらい今の状態で対峙したい相手ではない。
しかもだ。
雨もやの中に、複数の獣の姿が現れる。
彼らは白狼君と同じく、集団で狩りをする。
二十匹ほどのサーベルタイガー君がにじり寄ってきていた。
白狼君の一匹が軽く吠えると、老人顔さんを食べていたメンバーも食事をやめ、わたしを中心に陣形を組む。
二十匹VS三十匹――白狼君の方が頭数は多い。
ただ、申し訳ないけど大型犬程度の白狼君には、全長四メートルほどのサーベルタイガー君を相手取るのは分が悪い。
「あ、あのう……」
視線を向けると上の女の子が心配そうに目を揺らしている。
わたしは赤ちゃんの服を手早く脱がすと、上の子に渡す。
「ゆっくりと、浸からせてあげて!」と言った後、サーベルタイガー君らに向き直る。
しょうがない、”魔術”を使うか……。
”魔法”と”魔術”について、前世では物語や書籍で、様々な説が語られていた。
中にはやたらと細かく書き連なっているものもあった。
だが、この世界での違いは単純明快――詠唱の有無だけだ。
例えば、炎を出そうとする。
そこに炎よあれ、と体内魔力に働きかけて発現させるのが、”魔法”で、魔力を帯びた魔術語を詠唱することで発現させるのが”魔術”である。
Web小説とかでよくある無詠唱は”魔法”に当たるのかな?
魔術とは口に出すのであれ、頭の中で組み立てるのであれ、少なくとも言葉に魔力を編み込める必要はある。
ママに習った魔法、エルフのお姉さんに習った魔術、同じ魔力を使った技だが、やはり、一長一短ある。
わたしのイメージでは水を撒く為に手のひらを使うか、霧吹きを使うか、だ。
体内にある魔力をバケツの中にある水と仮定して、そこに手を突っ込み、手のひらで水をすくって撒くのが魔法だ。
霧吹きを準備し、バケツの中の水を中に入れてセットし、水を拭きかけるのが魔術である。
魔法は沢山の量をドバッと素早くかけることが出来、魔術はセッティングに時間がかかるけど、広範囲かつ均等に影響を与える事が出来る。
そんな感じだ。
それを戦闘に置き換えると、単体に対して攻撃する場合は早く、強く相手にぶつけることが出来る魔法の方が良いのだけど……。
雨足が激しくなる中、サーベルタイガー君はわたし達を包囲するように近寄ってくる。
その一匹一匹の間隔は広く獲られている。
このように詰められると魔法の場合、効果範囲の狭さが災いして少々困る事になるのだ。
無論、わたし一人だけの時にはいくらでもやりようはあるのだけど、女の子達や、一応、仲間としてカウントしている白狼君達がいるので無茶は出来ない。
先頭に立つサーベルタイガー君の口元がニヤリとゆがみ、その端から青白い魔力の炎が漏れる。
舐めてるなぁ~
……いや、なんやかんや適切な距離を取っている所を見ると、
集団戦が得意な魔獣は、こういうことを平気でやってくるから非常にやっかいなのだ。
とはいえ、それは魔法しか出来ない場合だ。
『皆、わたしの側に来て!』
わたしがわぉわぉ~んと声をかけると、白狼君達がさっと側による。
そして、周りのサーベルタイガー君を警戒するように睨む。
わたしは魔力の帯びた言葉を小さく呟きながら、右手から出した白いモクモクを、わたし達を取り囲むように発現させる。
わたしの膝上ぐらいの高さで、サーベルタイガー君にとっては大した障害物にもならないだろう。
ただ、非常に警戒心が強いようで、彼らは全員、三メートルほど後ろに飛び下がった。
その賢さは彼らの美点なんだろうけど、今回はどちらかというと仇となった。
わたしは白いモクモクを塀ぐらいの高さにすると、唱える。
『
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