え? 何この大木!?

 わたしはプリプリ怒りつつも、木を切る。

 元々、開けていた表と、家の裏手だけが広くなってしまいバランスが悪いと感じたからだ。

 今は家の西側を少し広げようとしている。

 まあ、取りあえずは少しだけだ。

 すると、視界の端に例の妖精が飛んでくるのが見えた。

 しかも、仲間を連れて来たらしく、十人ほどで飛んできた。


 おのれ……。


 誇り高きフェンリルの娘が、その程度の数に臆すとでも思ったか!

 わたしは日本刀にしていた白いモクモクを巨大な虫取り網の様な形にする。

 

 引っ捕まえて、分からせてやる!


 わたしは白い虫取り網をブンブン振りながら、悠然と奴らの方に向かっていく。


 だが、前に出てきたのは例の貴公子型妖精ではなく、高貴な姫様な感じの妖精だった。


 緑色の艶やかな長い髪に白い肌、黄緑色のシンプルなドレスにすらりと長い足、そして、その羽は黄金色の地に白柄模様の美しかった。

 体は例の貴公子より小柄なのに、羽は彼らより一回り大きい。


 そんな高貴そうで愛らしい妖精の姫ちゃんが、わたしに向かってペコペコと頭を下げた。


 そして、なにやら言いつつ、パッチリ大きい目を潤ませながら申し訳なさそうにこちらを見上げてくる。


 可愛い。

 許す!


 わたしは取りあえず虫取り網を消し、話を聞く体勢になった。

 その妖精姫ちゃんは身振り手振りしながら、何かを一生懸命伝えようとする。

 ……。

 ……。


 やっぱり、何を言っているか分からない。


 腕を組み、眉を寄せて、大きく首を曲げていると、妖精姫ちゃんは指を差しながら、薔薇の元に向かう。

 わたしがそれに付いていくと、妖精姫ちゃんは薔薇の上で旋回しながら、一生懸命訴えかける。


 ……皆でここに住みたいって事かな?


 まあ、小さいし、妖精姫ちゃんは可愛いし、構わないか。

 わたしが頷いてみせると、妖精姫ちゃんはパァァっと表情を明るくした。


 可愛い!


 前世にフィギュアとして売っていたら絶対買う!

 などと、ほんわかとしていると、例の貴公子妖精が近付いてきて、何やら偉そうに言っている。

 貴公子妖精これは……偉いのかな?

 そして多分、それ以上に妖精姫ちゃんは別格だと思われる。

 妖精姫ちゃんを守るように飛んでいる妖精は八人いるんだけど、彼ら(?)はイギリスの近衛騎士? 兵? の上着が紺色バージョンというか、そんな格好をしている。

 頭にも例の黒のモコモコした帽子を被っていた。

 だから、妖精姫ちゃんと貴公子妖精――いや、こいつは悪そうだから悪役妖精と名付けよう――は別格で、あとは護衛と考えるのが自然か。


 ……ま、わたしには関係ないけどね。


 わたしは、白いモクモク製虫取り網を一瞬で作り、生意気な悪役妖精に被せて地面に落とした。

 何やら暴れているけど、網状になった白いモクモクは絡まるので脱出出来ないでいる。

 妖精姫ちゃんが何やら一生懸命謝っているけど、知らぬ。

 わたしは冷めた一瞥をくれてから、伐採の作業に戻ったのだった。


――


「さてと」とわたしは腕まくり。

 領土拡張の続きを始める。


 因みに、生意気悪役妖精は妖精姫ちゃん達の熱心な懇願を受けて、仕方がなく解放した。


 アホの為に、腕一つ分の白いモクモクを取られるのは勿体ないしね。

 何やら、叫いていたけど、もう一度虫取り網を出したら逃げていった。

 全くもう。

 彼らは今、薔薇の上を旋回したり、根本を調べたりしてる。

 何してるのかよく分からないけど、言葉が聞こえないし、そのままにした。


 ……。

 ……。

 ……ふ~

 西と東、五本ずつ切り倒し、その分、領土拡張を終えた。

 北と南に広がってはいるけど、それでも多少は全体的にバランスがとれたと思う。

 取りあえず、良しとしておいた。

 というよりも、これ以上の伐採は……。

 視線を家の西側に向けると、使用されない木材が山となって積まれていた。

 ……無駄に、丸太ばかり増えちゃった。


 ……。


 これが、大人の男の人であったら、倉庫であったり、家の拡張だったり、バリバリやるんだろうなぁ~

 でも、わたしの前世は多分、女子中学生止まり――とてもじゃないけど、無理だ。

 町に持って行って、加工して貰おうかな?

 でも、あの門番さんがいるしな……。

 でも、いつかは町に行かないといけないと思うし……。

 でもでもでも……。

 あぁ~止め止め!

 別のことをしよう!

 そういえば、山葡萄があった。

 それを増やそう、そうしよう!

 わたしは家から、昨日の夜に取り出しておいた山葡萄の種を持って来る。


 場所は……家の正面、やや東よりにしようかな?


 いくらか掘り起こした後、数粒、少し間隔を開けて埋める。

 そうそう、山葡萄は蔓なので添え木が必要だった。

 伐採時に出た枝の何本かを、白いモクモクナイフバージョンで整えると地面に差す。

 倒れないようにかなり深く差したけど、風が吹いたら倒れそう。

 あ、四方に差して、それぞれ繋げば倒れにくいかな。

 問題は……結ぼうにも紐が無い事だ。

 森の中で蔓でも探してこようか……。

 いや、まあ、取りあえずはこれで良いか。

 簡単に作った山葡萄畑の上を白いモクモクで覆う。

「育てぇ~!」

 ムクムクと芽が出て。すぐに蔓になる。

 それを添え木に引っ掛ける。

 あ、もう実が実った。

 正直、すぐに実るから、添え木とかいらないかもしれない。

 などと考えつつ、プックリ膨らんだ紫色の実を収穫する。

 現状、袋も籠もないので、スカートを左手でつまみ上げ、その上に載せて運ぶ事にする。

 あ、山葡萄の蔓とかで籠とか作れないかな?

 後で試してみよう。

 家の中に入り、リビングのテーブルの上に転がり落ちないよう慎重に置く。

 そして、一粒抓んで食べる。

 ……酸っぱい。

 微かに甘いけど……ジャムとかにしたいなぁ。

 でも、砂糖が無いし。

 う~ん。

 などと考えつつ外に出ると、何故か山葡萄の畑の上に移動した妖精姫ちゃん達にガン見された。

 ?

 え、なに?

 妖精姫ちゃんが何やら慌てて近衛騎士妖精君に指示を出していて、何人かが凄い勢いで結界の外に出て行った。

 何だろう?

 少し気になったけど、どのみち言葉が通じないので聞きようが無い。


 取りあえず、全ての山葡萄を家に運ぼう。


 三往復ぐらいして蔓も回収し終えたぐらいに、妖精姫ちゃんが飛んできた。

 そして、セーラー服の袖をクイクイ引っ張り出した。

 え?

 なに?

 付いて来てって事?

 妖精姫ちゃんは家の裏側の、開けた場所にわたしを連れて行った。

 わたしが平らにした空き地の中央に、何やら棒らしきもの刺さっていた。


 棒、というより枝かな?


 がらんとした場所のど真ん中に、ぽつんと刺さっているのはちょっとシュールだった。

 え?

 どうしたの?

 妖精姫ちゃんがなにやら一生懸命伝えようとしている。

 え?

 成長させるの?

 挿し木って事かな?

 ……まあ、いいけど。

 白いモクモクを枝に被せる。

「育てぇ~!」

 すると、ムクムク成長していく。

 ムクムクと成長していく。

 ムクムクと……いや、成長しすぎじゃ無い!?

 後ろに飛び退きながら焦っていると、妖精姫ちゃん達がその木に取り付いた。

 え? なに?

 何故か光った!

 きゃ!?

 眩しくて、目を瞑ってしまった。

 しばらくして、恐る恐る目を開くと、恐るべきほど大きい大樹が鎮座していた。


 嘘でしょう!?


 明らかにわたしの家がすっぽり入りそうな大きさだ。

 高さは十階建てのビルぐらいはある。

 大きく枝葉が広がっているから、わたしの家をすっぽり覆っていた。


 ちょっと、なによこれぇぇぇ!


 その大木の中間には樹洞じゅどう? だっけ?

 とにかく、大きな穴が空いていて、妖精姫ちゃん達が中に入っていく。

 気になり、白いモクモクを手から出すと、樹洞じゅどう近くの枝に紐のように放る。

 引っ掛かると意識して枝を掴み、白いモクモクを短くする。

 すると、わたしの体が上に上がっていく。

 枝に付くと、そこに足をかけジャンプ。

 樹洞じゅどうの中に着地した。


 そこは広い空洞だった。


 がらんとしているが、何やら奥にキラキラ光る何かが有り、それを囲むように妖精姫ちゃん達が立っていた。

 何やってるんだろう?

 近付いてみると、妖精姫ちゃんが何やら呪文らしきものを唱えている。

 そして、前に手を突き出して、何か叫んだ。

 すると、妖精姫ちゃんを囲うように木が盛り上がり始める。

 目を見開いて固まっている前で、木がうねり徐々に宮殿のような形に変化していく。

 わたしの足下まで変化してきたので、慌てて離れるとあれよあれよという間に、木製のヨーロッパ風神殿が出来上がった。

 木製なので木目有りだし、小さいのでミニチュア感はあるけど、想像以上に立派なものだった。

 わたしが恐る恐る眺めていると、満面の笑みの妖精姫ちゃんが神殿から出てきてわたしの顔にくっついてきた。

 そして、嬉しそうに頬ずりをしてくる。


 うん、よく分からないけど、良かったね……。

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