第13話 千五百秋(ちいほあき)
城の裏手から少し離れたところに小さな建物があった。それは王族の所有の建物とは思えないほどに、古びた石造りの粗雑な建物で、森の延長にあるからか、蔦が壁際に絡まりついて緑色の壁の様になっていた。もはや入り口が何処にあるか少し考えないとわからないほどだった。
随分長い時間、人の出入りがないように思えた。
「ここか……。」
と僕が入り口をみつけだして2人を呼んだ。
カインはその絡みついた蔦を細長い剣で切り払った。
「ここが入り口みたいだね」
「入るぜ……。」
とカインが重たい石の扉に手をかけた。
ギシギシと重たい音を立てながら扉を開くと
蔦で光を遮っているため中は真っ暗だった。
「陰火」
ディアナは再び手持ちのランタンに火を灯した。それから建物に備え付けられたランプをみつけてそちらにも陰火で
室内はおもっているよりもカビ臭さとかはなく小綺麗に棚に備蓄品が並べられていた。
「それで、ディアナいったい何処に城へ繋がる入り口があるんだい?」
「それが……私も実際に中に入ったのははじめてだから……。この棚のどれかの後ろにあると思うのだけど……。」
とディアナが言いかけたその時だった。
ちょうど真ん中の棚の真下からカツカツカツと言う音がした。
「何か音がしなかった?」
「あ?音なんかしたか?」
とカインが言うと、
ディアナが指を口にあてて
『静かに』
というポーズをとる。
確かになにか階段を上がる様に一定のリズムでカツンカツンカツンと音がする。
流石にカインも気がついた様で少し身構える。しばらく黙って様子をみていると、音はピタリとやみ、今度は下から突き上げる様に床を叩く音が鳴る。
「ドーンドーンドーン」
と何度も何度も鳴り響く。
カインとディアナと三人で顔を見合わせて、
中央の棚だと確信する。
その棚にはさいわい重たい備品は置いていない。カインと身振り手振りで次の行動を確認しあう。ディアナはそれを見て杖を構える。僕とカインは棚の両端に手をやり、
目で合図して棚を持ち上げて後ろに動かした。
その瞬間突き上げる様な音は鳴り止む。
今度は僕も分厚い書物を持って身構えて、
カインは剣を構えた。
部屋が急にシーンとなる。
「おい。そこに誰かいるのかい?」
知らない誰かがそこにいる。
戦いと隣り合わせの様な
非日常的な世界……。
そう思うと足が震えた。
ところが……。
「おいディアナ!!」
と、カインがディアナに、同意を求める視線を送った。そしてディアナは棚の下にあった鉄の蓋を見ながら……蓋に向かってはなしかけた。
「……ノエル兄さん?」
「……ん?ディアナか?」
「おいタケル!!ちょっと手伝ってくれ!!」
重たい鉄の床扉をカインと2人で持ち上げた。
そこには光を纏った知的な雰囲気の男が眩しそうに天井をみあげてい。
「ノエル兄さん!!なんでここに?」
「それはこちらも同じことだよ。ディアナお前こそなぜここに……とか言ってる場合じゃなかった。もうじきにこの城は深い眠りにつく。少しばかり、地響きと揺れが生じるが決して狼狽えてはいけない。いいねディアナ。」
「どういうことですかノエル様。」
「カインか?お前たち一緒に居たのか。アルベルトはどこにいるのだ?それに……そちらの方はいったいどなただい?」
「この人は月の祠で倒れていたの、名前はタケルというの。」
と僕の方をみてノエルという名の男にそう伝えた。それから今度は僕の方へ振り返って、
「タケル、この人は私の兄でこの国の第一皇子の……」
「ノエルだ。どうぞよろしく。ところで君の手に持っているその本は……。」
「ノエル様よろしくお願いします。この本は
この地に降り立った時に手にしていたのです。
なのでこれが何なのか、私にはまだわからないのです。ノエル様は……。」
そう言いかけたときだった。
地響きと共に大きく大地が揺らいだ。
あまりに急な出来事に僕は尻餅をついて、
本をおとしてしまった。
「大丈夫かい?」
そう言いながらノエル皇子が落とした本を拾ってくれた。
「ん?」
眉を顰めてノエル皇子がその本をマジマジと
眺めはじめた。
「どうしました?」
「おい。えーと名前はタケルと言ったかな?」
「はい。タケルでいいです。」
「うん。ではタケル。君は、トキマカセノミコトと言う人を知っているかい?」
僕は非常に驚いた。
『トキマカセノミコト』という名前は僕の家の神社を建てた初代の神主様の名前だからだ。
神社を継ぐために歴史を学ぶのだ。
「知っています。というか何故ノエル様がその名前を知っているのですか?」
「うん……。おい、カインこの本の紋に見覚えはないかい?」
「え……?こりゃ…セルポワ婆の手に刻まれた呪いの痣とそっくりだ。」
「そうだろ。セルポワ様は、この痣は時の神の呪いとおしゃった。そしてトキマカセノミコトは時の神に仕える者。その痣と同じ紋の入った本を持つ者。つまりタケル、君はトキマカセノミコトと関係のある者だと思うのは、至極当然の事ではないだろうか?」
「なるほど。『トキマカセノミコト』様は
この世界で存在する方だったと。」
「方だった?いやそんな昔の話じゃないよ。
何せ少なくともディアナが生まれる直前まではこの島にいたわけだし、それにAZUL王……つまり私たちの父は彼と関わっている。今の行方は知らないがね。」
「じゃータケルの探している人ってその『トキマカセノミコト』と、いう方なの?」
とディアナが口をはさむ。
「それは違う。最初にも話したけれど僕が探しているのは女の子だから。」
「そうか……。」
「それはそうとタケル、君がトキマカセノミコトの関係者であるならば君に渡さなければならない物がある。」
ノエル皇子は腰の皮のポーチから懐中時計を取り出した。
「これは?」
「うん。この国の神官達の長がトキマカセノミコトから預かったものらしい。」
僕はノエル皇子からその懐中時計を受け取った。銀色の少し
それを何の気なしに読み上げてみる。
「
頭の中で懐中時計の針が
ゆっくりと回り始める。
ゆっくりとゆっくりと、
それから次第に速さを増す。
陽が東側から昇り、
空の天辺から地を照らして、
やがて西の海は落ちていく。
僕は時の光を纏い
そして当たり前の様に手中の魔導書を開く。
一頁一項 刻の
人々の一生の限りある冥利のほどを 一秒は一秒ごとに啖い減らしているのだ。
一時間に三千六百回『秒』はささやく
『現在』がいう自分は『過去』だと。
ここに時を刻む者への光の誓いを立てる。
あーなるほど僕の運命の針はようやくまわりはじめたのだ。
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