草太、思わぬ話を聞く
過去を振り返り物思いにふけっていた草太だったが。いきなり腕をつつかれる。
そこで、はっと我に返った。見れは、ユリアが起きて来ている。何か言いたげな表情で、草太の顔を見上げていた。
「どうしたユリア?」
尋ねると、ユリアはテレビの方を指差し、首を傾げてみせた。これは何? と尋ねているのだろう。
「ああ、これか。これはサムライ戦士ブシドーっていうアニメだよ。ブシドーは正義のヒーローで、刀で悪い奴をやっつけるんだよ」
草太の説明に、ユリアは了解したようにウンウンと頷いて見せた。テレビに視線を戻す。
(俺は……弱き者、正しき者のために戦う、サムライ戦士ブシドーだ!)
画面ではブシドーが名乗りを上げ、包帯をぐるぐる巻きにしたミイラのごとき外見の怪人と戦っていた。サムライとミイラ男の戦いとは、何ともカオスな光景である。
もっとも、そんな両者の異様な闘いを、ユリアは夢中になって観ているのだ。
草太の口元に笑みが浮かんだ。自分が幼い頃に喜んで観ていたヒーローもののアニメを、ユリアも楽しんでいる。
微笑みながらも、彼は美桜のことを思っていた。
美桜は、彼女のことをよく知りもしない大勢の人間によってたかって心をズタズタに傷つけられ、挙げ句に引きこもってしまった。
アニメ『サムライ戦士ブシドー』もまた、作品の内容を知りもしない人たちのクレームによって潰され、無理やり終了させられてしまった。
なぜ、こんなことが起きてしまうのだろうか。
ふと気づくと、ブシドーのエンディングテーマが流れていた。三味線の音を強調した独特の音楽である。こういった部分もまた、前時代的だと評価されたのであろうか……そんなことを思いつつ、ユリアの方を見てみた。
ユリアは目を輝かせ、テレビを観ている。どうやら、ブシドーを気に入ってくれたらしい。
「ユリア、ブシドーは面白かったか?」
草太の問いに、ユリアは首をブンブン縦に振る。さらに彼女は立ち上がると、いかめしい表情で刀を振り下ろす動きを始めた。
思わず、プッと吹き出す。ユリアは、ブシドーの動きをカッコよく真似しているつもりなのだろう。もっとも彼女の動きは、カッコいいというよりは可愛らしいが。
考えてみれば、草太が初めてブシドーを観たのもユリアと同じくらいの歳だった。ブシドーのような、弱き者のために戦うヒーローになりたい……本気で、そう思っていた。
だが成長するにつれ、自身の限界に否応なしに気づかされる。
俺は、ヒーローの器じゃない。
俺は、ヒーローにはなれない。
思春期の少年の誰もが受け入れざるを得ない、悲しい現実。草太もまた、それを受け入れて成長していった。
そう、彼はヒーローにはなれなかった。
不意に、ユリアに腕をつつかれた。見ると、ユリアは両手をお腹に当て、困った表情で首を傾げている。
何を言わんとしているか、すぐに理解した。
「お腹が空いたのか。よし、今ご飯を作ってやるからな」
すると、ユリアは笑顔で両手を挙げる。バンザイのポーズだ。草太はクスリと笑い、ユリアの頭を撫でる。ヒーローにはなれなくても、せめてこの少女の笑顔だけは守ってやりたい。
バターを塗ったトースト、それにベーコンエッグの載った皿と牛乳の入ったコップをテーブルに置く。ユリアは嬉しそうに食べ始めた。
正直、味には自信がない。だが、ユリアは喜んで食べてくれている。草太は、不思議な気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。これまでは、子供はうるさいものだ……という認識しかなかった。
しかし、今は違う。ユリアと出会い、草太は初めて子供を可愛いと感じた。出来ることなら、このままずっと一緒に暮らしたい……という思いが頭を掠める。
だが、それはユリアにとって幸せなことではないだろう。別れは寂しいが、一刻も早く両親の元に帰してあげなくては。
朝食の後、ユリアは座ったままテレビを観ている。今、放送されているのは、二足歩行の三毛猫とカラス天狗とのやり取りを描いているアニメだ。『天狗さんと、ミケにゃん』というタイトルらしい。
ユリアはこのアニメもお気に入りで、毎回欠かさず観ている。一緒に観ているうちに、草太にも全体のストーリーがわかりかけてきた。
(てんぐさん、順番は守らないといけないですニャ)
カラス天狗をたしなめる三毛猫。観た感じでは、幼い子供に公共道徳を教える番組のようだ。
注意されたカラス天狗は、申し訳なさそうに頭を下げている。そんなやり取りを観ていて、草太はふと疑問を感じた。
「なあユリア、お前はカラス天狗とミケにゃん、どっちが好きなんだ?」
その質問に、ユリアは立ち上がった。テレビのそばに近づいて行き、画面に映っているミケにゃんを指差す。
「おお、ユリアはミケにゃんが好きなのか」
笑みを浮かべながらの草太の言葉に、ユリアはウンウンと頷いた。なぜか勝ち誇った表情で、画面に映っているミケにゃんの顔をチョンチョンとつつく。
その時、草太のスマホに着信があった。誰かと思えば、情報屋の名取淳一である。
恐らくは、中田についての情報であろう。さりげなくトイレに入った。
(よう草太、中田の情報が入ったぞ。本当は金をもらうところだがな、特別に貸しにしといてやる)
何の挨拶も前置きも無く、名取はいきなりそんなことを言ってきた。
その大物ぶった態度にイラつきながらも、出来るだけ愛想のいい声で応じる。ここで名取を怒らせても、何も得しない。
「は、はい。ありがとうございます。いやあ、さすが名取さんだなあ。頼んだ甲斐がありましたよ」
(まあ、当然だな。それよりも、お前は中田に何の用があるんだ? あいつ、かなりヤバいぞ)
名取の言葉に愕然となった。ヤバい、だと? どういう意味だ?
「す、すいません……ヤバいって、どうヤバいんですか?」
(中田の奴、ロシアから女を密入国させたらしいんだよ。しかも、組の方にも連絡を入れてないらしい。士想会の連中も、中田を探してるって話だ)
思わず顔を歪める。ロシアから女を密入国させた、というと……ひょっとしたら、ユリアのことか?
「ええと、その女ってのは歳は幾つですか?」
(はあ? 確か三十近い女だって聞いたけどな……んなもん、お前と関係ねえだろうが)
その言葉を聞き、草太は安堵した。だが、そうなると別の問題が持ち上がる。
「そ、そうですね……じゃあ、中田さんはその女と駆け落ちでもしたんでしょうかねえ」
(知らねえよ。まあ、もうちょっと調べてみるから。だがな草太、この貸しは高くつくぜ)
トントンと、扉をノックする音が聞こえた。
その音で、草太はようやく我に返る。トイレの中で座り込んだまま、じっと考え込んでいたのだ。
不安を隠して笑顔を作り、ドアを開けた。すると、ユリアが心配そうな顔で見上げている。
「ごめんな、トイレを占領しちまって。もう大丈夫だよ」
そう言うと、ユリアの頭を撫でる。だが、その時とんでもない考えが頭に浮かんだ。
三十歳くらい、って言ってたよな。
まさか、ユリアの母親?
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