第50話 日本海海戦の亡霊
ゆっくりと近づく、四隻の巨艦。いずれも煙突から煙は見えないが、その主砲を小刻みに揺らしながらオフィーリアの船に圧をかける。
モノクルのピントを少しだけオフィーリアは調整する。
「後方左は『インペラートル・アレクサンドル三世』、右は『ボロジノ』。いずれもボロジノ級前弩級戦艦と認む。最後方はペレスヴェート級『オスリャービャ』、単縦陣を拡大しつつ本艦に接近中」
オフィーリアの分析を聞きながら、
「いずれも日本海海戦で沈んだ戦艦だね。カティンカのやつ、ロシアの魔法少女を使って亡霊を日本海の海底から蘇らせたな」
日本海海戦――日露戦争中、大日本帝国海軍の連合艦隊とロシア帝国海軍が極東へ送ったバルチック艦隊との間でなされた海戦である。時は一九〇五年五月二七日から二八日にかけて、場所は対馬沖近海。
すざくもその結果をよく知っていた。
ロシアはその戦力のほとんどすべてを失い、一方日本側はほとんど無傷のあまりにも完璧な勝利であった。
「戦いは時の運。もう一度戦いのチャンスがあってもねぇ、いいよねぇ」
聞き覚えのある声があたりに響き渡る。
すざくは近づく敵の艦の環境の上を見つめ、目を凝らす。
小さな人の影――くらいあたりの闇を照らす金色の髪――忘れるわけはない、かつてすざくたちを殺そうとした『魔法少女』
「カティンカ=クンツェンドルフ、特別政治将校兼東方革命赤軍参謀だったか。ドイツの『魔法少女』のくせに、大戦の敵国につかえるとはなんとも節操のないことだ」
「ロシア帝国にあらず。われがつかえるは赤軍、ソヴィエトなり。この隣りにいる同志――エフフロシーニャ=ベリャーエフどのも志同じくする『魔法少女』。ぬしらに引導を渡すべく、この海域に『誦祭記』の結界を張りかつての戦艦を蘇らせた。イギリスのインチキ客船に対するにはあまりに役不足にすぎるであろうが」
くっくっくっと嫌な笑みを浮かべるカティンカ。その隣には白い軍服をまとった少女がじっと無表情にこちらを見つめていた。
「インチキとは失礼な!わが艦は大英帝国海軍の歴々たる仮装巡洋戦艦『パークス=ブリタニア』であるぞ!そのような言葉は決して許さざるものであり――!」
小さな手足を暴れんがごとくに振り回し怒りを表現するオフィーリア。何か子供が駄々をこねているようにも見える。
それを見下ろすカティンカ。ふーんと鼻を鳴らすと、ぴっと鞭を構える。
「そういうのうざいから。沈んでください。イギリス女」
その号令に従うように隣の少女――エフが両手を掲げる。
まるでハリネズミのような砲塔が一斉にこちらを向いた。
そしてまるでリズムを刻むように、轟音が鳴り響く。
戦艦四隻による一斉掃射――すべての砲弾が仮装巡洋戦艦『パークス=ブリタニア』に向けて放たれた瞬間であった――
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