第34話 失踪、そして横浜へ
割れた窓のかけらが散乱する床。風が吹き込み、壊れた窓の扉が歪な音を立てる。
「......」
部屋の中を見回す唯依とすざく。床に腰が抜けて震える白衣の老人。指先で窓の外を示す。
「あの子が......わしが往診しようとした瞬間に突然立ち上がり、窓を蹴破って......」
壁を見る唯依。そこには先程までかけていた、ユーリの制服が消えていた。奥のクローゼットを開く。
「ない」
あるはずのユーリの『得物』――モシン・ナガンM1891の姿も消えていた。
答えは極めてシンプルである。
「ユーリは制服に着替えて、銃を持ち外に出ていった――か」
唯依の言葉に、すざくはうなずく。それしか可能性は無いのだから。
「このことは、内密にお願いしたい」
『軍人』のこえで医者にそう口止めする唯依。
はためくカーテンだけが、何かを訴えかけているようだった――
ユーリが失踪してから数日。唯依とすざくはユーリの捜索を進めていた。
とは言え広い東京。聖アリギエーリ高等女学校の制服は目立つとは言え、女性一人を見つける手がかりとしてはやや弱いものがあった。
「やさかにも捜索させている」
すざくはその名前を思い出す。先日――魔法少女裁判において、季代の部下として検事役をつとめた魔法少女。その実は、唯依の部下であったのだが。
一体ユーリはどこに行ってしまったのか。
「失踪前にあのロシア語の新聞を読んでいた。もしかしたら――ロシアに戻る気なのかも」
ユーリは白軍の一員として赤軍パルチザンと戦っていた。現在ニコライエフスクはその赤軍パルチザンの攻撃を受けている。
「まさかとは思うが、否定もできない。そもそもなぜ、僕を頼って日本に来たのかも詳しくは聞いていない状態なのでね」
あたまをかきながら唯依はイライラした口調でそうつぶやく。そんな唯依の様子を見るのはすざくは初めてだった。
「もし、ロシアに戻ろうとするなら」
すざくはそう切り出す。
「この東京から外国に出るためには、どこに行けばいいのかしら」
その言葉に考え込む、唯依。捜索のために軍服を着ていた唯依は、その革手袋をそっと噛むと顔をあげる。
「......横浜か。ロシアのナホトカまで定期便が出ていた。多分ユーリが日本に来たのと、逆のコースで戻るつもりなのかもしれない」
そう言うと、手近な商店に上がり電話を借りる。
「参謀本部か、葦原特佐である。軍機で詳細は話せないが車を一台借りたい。待ち合わせ場所は――」
電話機のダイナモを回しながら早口でそう命令する。
二人が横浜の港についたのはその日の夜のことであった
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