第23話 真の魔法術『誦祭記』

 空中にたゆたうやさかの体。目を見開き、ピクリともしない。まるで海に浮かぶ水死体のようにも見えた。

「薩摩示現流......戦国の世より続くこの剣術は、幕末においてもその威勢は衰えることはなかった。どのような技工を尽くした剣術をも一撃で打ち破る破壊力。もう一撃行かせていただきますぞ!」

 季代としよの奇声が再びこだまする。

 唯依ゆよりはゆっくりと呼吸を整える。そして、目を閉じて詠唱を始めた。

「遅い!」

 一弾の強烈な衝撃が唯依ゆよりを襲う。しかし――それは唯依ゆよりの眼の前で、まるで壁にでもぶち当たったかのように止まる。轟音が響き渡る。

「......!」

 大上段に太刀を構える季代としよの姿。まるで金縛りにあったように、その態勢のまま釘付けにされていた。

「幕末維新の戦いが所望であれば、それに従おう」

 唯依ゆよりはすっと右手を上げる。

「ぼくたち、魔法少女は幾度の動乱を実際に経験しそして記憶することにより、魔法術『誦祭記』でその状況や兵器、兵術を現代に再現することができる」

 右手を払う、唯依ゆより季代としよが後ろに弾け飛ぶ。

「上っ面だけでは、本当の力を発揮することはできない。その時代に生きる人々の思い、喜び悲しみ――そういったものを共有して初めて、魔法術『誦祭記』の再現能力は真に発揮される」

 右手の人差し指から、波動が放たれる。それをもろに受け止める季代としよ。あまりの衝撃と痛みに、手にしていた太刀を取り落とす。

「単に動乱を望む『動乱の魔法少女』に、幕末に生きた人々の苦悩を理解することは......できるはずもないだろうね」

 そう言い放つと目を閉じて再び詠唱を始める唯依ゆより季代としよは腹を抑えながら、うめき声を上げ丸くなる。

 空中に形作られる黒い物体。それがいくつも具現化していく。

「幕末最強と呼ばれた兵器――アームストロング砲。そしてそれを運用するのは長州最大の軍事家、軍政家として有名な大村益次郎殿の魂!その身に受けてみよ!」

 季代としよの周辺を取り囲んでいた大砲が、一斉に火を吹き四方から射撃する。

 どのくらいの時間だったろうか。轟音はやがてやみ、大砲はゆっくりと沈黙する。

 晴れる煙の中、浮かび上がるのは満身創痍の季代としよの姿であった。

 呼吸は荒く、目はただ目前の唯依ゆよりを睨んでいた。

 しかし次の瞬間、まるで糸が切れた人形のように季代としよは崩れ落ちる。

 唯依ゆよりはそっと左手を掲げる。

 それがこの戦いの終わりを意味していた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る