第7話 古の魔法少女

『総寮舎監長です。開けます』

 聞き覚えのある声。それもそうである、総寮舎監長の細永の声であった。

 ほとんど間髪をおかず、扉が開かれる。

 制服姿の細永とその後ろには、見慣れない背広の男性が何人か一緒に入ってくる。

 不思議がるすざくに、細永は察して答える。

「この方々は......警保局保安課の直属の方々です。身分姓名はそれ以上開かせませんが、今回の『事件』について調査されております」

 すざくは不思議そうな表情を浮かべる。けいほきょく...?ほあんか......?

「内務省の内局だよ」

 座って本を読みながら、そう唯依ゆよりが答える。

「警察行政を司る部署だ。さすがにこの学園の中で、通常の警官が捜査するのは憚れるだろうからね」

「敏いことですわ、葦原生徒」

 細永は眼鏡をかけ直しながら、そう評する。

「先日、大前のどみ生徒の死体が、この春申寮の日常礼拝堂で発見されました。間違いなく、他殺、の状況で。刃物で滅多刺しになった状態で、天井のシャンデリヤにその死体が引っ掛けられていたました」

 後ろの背広の男たちも小さくうなずく。

「ここは華族の子女のみが通う学校です。犯罪など許しがたい、そしてまたその捜査をすることなど。学校長の判断で山県卿にないないに連絡の上、内務省にお願いしてもらいました」

 山県卿。すざくはその名前を思い出す。この学校の創始者と刎頸の中であった最後の元老山県有朋、その人であった。

「おふたりは先日、被害者になにやら『悪口』を言っていたとか。そのことについてお聞きしたい」

 男の一人が、抑えめではあるが重い口調でそう二人に問いかける。いや問い詰めるといったほうがふさわしい雰囲気で。

 すざくは固まる。もしかして自分が......疑われている......という不安が彼女の混乱に拍車をかける。すっと、すざくの肩に手が伸ばされる。それは唯依(ゆより)の手。そして、すざくをそっと後ろに押しやると、口を開く。

「先日、食堂で彼女を始めとした何人かにそのような所業をなされました。それだけのことです。遺恨もなければ、動機にもなり得ない。そもそもーー」

 人差し指で天井を指し示す、唯依ゆより

「羽のない私達が、どのようにして彼女をあのような高いところに運んだのか。そもそも、どうやって彼女を殺せたのか」

 無言で唯依ゆよりの言に聞き入る捜査員たち。細永もじっとその言葉に聞き入りーー

「そのとおりですわ」

 あたりに響く、きれいな声。

 部屋のすべてがその発せられた方を見つめる。

 室内着とは言え、明らかに目を引くガウンを羽織った少女の姿。すざくは思い出す。それは、嬉河季代うれかわとしよの姿であった。

「通常の人間にあんな禍々しいことはできるわけございません」

 捜査員が季代としよをじっと睨む。無理もない。それでは犯人がいなくなってしまうのだ。

「では、誰が」

 細永は素直な疑問を口にする。季代としよは一呼吸おいて、目を閉じながらその名を告げる。それは、そう――

「――『魔法少女』しかありえませんわ!」

 僅かな沈黙、そしてどよめき。

「魔法少女......って、そんな」

 大の大人の捜査員が、動揺する。細永ももう一度眼鏡をかけ直して、季代(としよ)に聞き直す。

「言葉は正確に、嬉川生徒。魔法少女とは......全く古めかしいことを」

 季代としよは首を振る。

「魔法少女はこの御国の歴史とともにありました。古くは壬申の乱、新しくは戊辰の戦。国内で動乱が起こるたびに登場し、おびただしいほどの戦働きを残したことは様々な記録に明らかですわ」

 部屋の真ん中に歩みよる、季代としよ。そして天井を見上げる。

「彼女らには羽があると聞いたことがあります。ならば、空を飛んであのような凶行も可能なのでは。そして言いにくいことですが――」

 完全にこの場を季代としよは支配していた。

「この学校の生徒の中に『魔法少女』が紛れている可能性が――」

 すざくは愕然とする。季代としよのあまりの一言に――

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