作刀赤椿 1-7

第16話一日ぶりの登校




 二夜連続の焼肉により、破壊された腸内環境をうれい、今朝はヨーグルトとグラノーラ、果物だけで済ませていた。


うん、ヘルシー。


 家から少し遠い距離にある学園に通うのは、もたれた胃によって少しばかり億劫おっくうではあるが、彼女ミナを捕まえて稽古の一つでも付けてやらないと、そろそろ文句を言ってきそうだと考えたからだ。


 学園に着くと当然、学内をうろついている生徒は多い。

ただ日本の学校のように、決まった時間割カリキュラムと言う物は存在せず、講師の指定した時間から授業は始まり、単位を取れれば次の授業へ進めると言う大学式の教育だからだ。

 つまりは能力至上主義。

 ただし特例と言えるほどの快挙を成し遂げない限り飛び級は出来ない。

と言う少しばかりのいびつさを感じるが……


 ただでさえ「悪役公子」などと言う恥ずかしい仇名ニックネームを背負っている俺が、三振りの魔杖刀を差して歩いているのだ。

 俺の事を良く思っていない奴らが、勝手に俺の事を宣伝してくれる。

そうやって噂が回るまで、学校のカフェテリアでお茶でも飲んで優雅な時間を過ごしていれば、彼女アイツから何らかのアプローチが来るだろう……

 

 そう思いながら飲んでいる紅茶が薄め、ストレート、濃いめ、ミルクティーと推移して行き、そろそろ帰ろうかと会計を済ませ、店を出た時にようやく声を掛けられた。


「少しいいかしら……」


 振り向くとそこに居たのは、お待ちかねのミナ・フォン・メイザースその人だった。


………

……


 場所を移し、申請をしないと使う事が出来ない訓練場に移動する。話を聞くと、驚いた事にミナは昨日から予約していたようだ。


「で、私と別れた後、今日まで何してたんですか?」


「実は……」


 素直に事のあらましを話す事にした。


「別にいいけどさ……女の子としてはもう少しフォローが欲しかったかなって……」


 枝毛の一本もない艶髪の毛先を、人差し指でクルクルと巻いて一人遊びをしている。


拗ねているのだろうか? 


 一応その日の晩には、フォローをしようとディナーに誘ったじゃないか、それ以上を『ただの他人』に求めるのは、少しばかり酷と言うものじゃありませんかね?


「悪かった。説明した通り、肉は数日以内に回収しなければならなかったんだ。だから今日ほぼ最速の連絡だ。それに約束通り剣の稽古も付けてやる。コレで文句はないだろう?」


 俺としては出来るだけ早く雑事を終えて、早く愛刀である流櫻りゅうおうのメンテナンスをしたいのだ。


「文句と言うか、お願いがあるわ! 私にも剣を打ってほしいの!! 今の剣は私には重すぎる。貴方の剣を使いたいのよ!」


 剣、剣ねぇ……俺としては剣を変える以前の問題で筋力が低いからだと考えている。


「嫌だよ。他人の剣を打つなんて面倒くさい……第一俺は、伯母上や叔父上のように鍛冶師として名を売るつもりはない。

それに君はまず、筋力そのものが足りない。

刀身が細いから、その細腕でも楽に振れると思ってるんじゃないか?」


 俺は桜の花弁の意匠が施された流櫻りゅうおうを、鞘事投げ渡す。


「ちょっ――――ッ!」


 カチャりと音を立ててミナは刀を受け取る。


「危ないじゃないですかッ! こんな芸術品みたいなモノを軽々と扱わないで下さいよッ!!」


 彼女の所有物でもないのに怒られた。


「いいから鞘から抜いてみろ……」


 こういう刀を知らない奴には実際に握らせるに限る。


「剣の抜き方は知っているけど……刀の抜き方を知らないわ」


「先ず刀の正しい向きは反って出っ張った方を上に向ける。

刀は『つば』の近くに『はばき』と言うストッパーがある」


 そう言って、つばはばきを指さしながら説明する。


「普通に抜こうとすると『はばき』に引っ掛かるので、左手の親指で『つば』に指を掛け『はばき』分の長さ2、3㎝程度を軽く押しだして置く」


 そう言って、左手でつばを押しだして鯉口を切って実演する。


「この時刃の真上に指が被らない様に、気を付けて少し斜めに乗せて置くのがポイントだ。難しいなら人差し指で『つば』を弾くようにしてもいいぞ?」


 実際瞬時に一連の動き――――『鯉口を切る』のは練習の必要な動作だ。ただ習得してしまえば、鞘からの一閃で西洋の剣には絶対に負けない最速の一撃を放つ事が出来る。


「そう言う事は早く言いなさいよ! 私の珠の様な肌が傷ついたらどうするつもりよ!」


 俺の説明でミナは、一歩間違えれば親指の腹が切れていたと怒る。

親指の腹を切ったところで、変に癒着しなければ綺麗に治ると言うのに、文句を言うとは情けない。

 しかもこの世界には回復魔術もあるので、その程度の傷は綺麗に治る。


「説明の途中で実践する君の方に、十分問題があると思うんだが……」


 事前に注意をしなかった事に対しての非は認めるが、命を奪う武器を扱っているのだ。説明していない行動を勝手にして怪我をしたうえ、お前が悪いと言われてはたまったモノではない。


「ぐっ!」


「続けるぞ? 刀を抜く時は、上に手を掛けず軽い力で手首を緩めて、下から軽く柄を握る。

 引き抜く時には、右足を前に擦る様に出しながら、右手で刀身を抜き放つ。この時、これ以上は厳しいなと言うところまで来たら、鞘ごと刀を抜き放つ軌道に合わせ、鞘ごと傾けつつ、腰を使い左手で持った鞘の方を勢い良く引く、『鞘引き』と言う所作を行う。

こうする事で濶剣ブロードソードよりも素早く、抜刀と同時に攻撃できる。さぁやって見ろ」


 ここでようやく実践してみる事を促す。


「左手の親指又は人差し指ではばきを軽く押しだして『鯉口を切る』。親指で押しだす場合、刃の真上に指が被らない様に、少し斜めに乗せて置くのがポイントだったわね……」


 ミナは動作を口で確認しながら進めていく論理派のようだ。

 ウチの師匠は感覚派だったから、師匠の説明を全部理解出来るように、文字にするのが大変だった。前世である程度知識がなければ、俺自身刀を扱えていた自信がない。


「カタナを抜く時は、手首が強張らない様な力加減で、下からすくい上げる様に握り、右足をスライドさせる様に出しながら、右手で刀身を抜く。

これだと切っ先から10㎝程度が引き抜けないので、鞘ごと刀を抜き放つ軌道に合わせ鞘ごと傾け、腰を使い左手で持った鞘の方を勢い良く引く『鞘引き』を行い『抜刀』する!」


 ゆっくりとたどたどしい所作ではあるものの、愛刀・流櫻りゅうおうは見事抜刀される。




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