スキル確認と国からの使者
「俊さんが蝙蝠になるとやっぱり白いんですね」
最後のスキル、蝙蝠化を試してみると視界が一気に小さくなっていく。
腕は翼へと変わる。聴覚が過敏となり、代わりに視界は暗闇に閉ざされる。
不思議な感覚である。何も見えないのに何がどこにあるのかは理解できる。
まるで俯瞰視点で部屋を見ているかのようだ。
蝙蝠は超音波を発して居場所を把握しているらしいから、恐らくその特性を利用した物だと思う。
おかげでアメリアがかなりの巨人だ。
「中身俊さんなんだって分かっているせいで小動物を見ている気分になれませんね」
それは当たり前だろうと言葉にしようとして気づく。
声が出ない。
声っぽい音は出てくるけど明確な言葉が出てこない。
あの吸血鬼は出せていたはずなのになぁ……。
この辺ゲームとの差異だな。というか、ゲームの差異しかないわけだけど。
おれはひとつ回転して元の姿に戻る。
ゲームが大人用じゃないおかげで服とかは一緒に出てくるようだ。
蝙蝠に変化した先で全裸とか止めてほしかったから助かるなぁ……。
アメリアがおれの髪を梳かしながら訪ねてくる。
「それで全部ですか?」
「蝙蝠化、魔法、影使い。こんなところだな。全部ではないけどやると面倒くさくなる」
大体月に関連する魔法ばっかだからなぁ。町一帯を狂わす魔法とか試すに試せないわ。
あと……なんか兎が出てくるし。
アメリアが食い気味に顔を寄せて聞いてくる。
「兎が出るんですか!?」
「ああ、それも可愛らしい奴な。もっとグロ系が良いと思うんだけど……。木槌で餅突く系でな? 殴ったりとかしないし、本当に兎が餅を突くだけで、全体にバフが掛かる系の」
「俊さん……そんなメルヘンチックな魔法使えたんですね。意外というかなんというか……。見せてください!」
「嫌だよ」
「ちょっと俊ちゃん! 【白兎の嘘】って月魔法何ですか! あざとい。あざといですよ俊ちゃん!」
「ああもう分かったから! 【白兎の嘘】な! あれはえっと……そう……。こうな……」
おれはその場でターンを決める。
魔法の欄から【白兎の嘘】を使用すると頭の中で念じながら、人差し指を立てて「しいぃ~」と自分の唇に持ってくる。
確かいたずらっ子の笑みを浮かべるオプション付きだったような……。
顔が茹でだこみたいに熱くなっていく。
なんこの魔法! 今思い返すとクソ恥ずかしい!
誰だよこんな魔法考えた奴! おれじゃねぇかよお!
こっぱずかしくておれは目を逸らす。
「こんな感じ……です」
「……娘さんをください」
「えっとね? これ範囲内の相手に幻術を見せるっていう……。娘さんをくださいって何?」
「ダメ! 俊ちゃんが可愛すぎる! ダメですよ、その破壊力は。流石は元男性。とんでもない破壊力を生み出してくれましたね!」
飛び掛かってきたアメリアにおれはベッドへ押し倒された。
何々何々?!
【白兎の噓】にマジでかかったのこいつ!?
解除! 解除するから!
「無駄ですよ俊さん。幻術になど掛かっていません。一々態度があざといんですよ!」
「分かった。分かったから! 放して! 放してぇ!」
「いいえ分かっていません! 私にそんな態度を取ったらどうなるか、俊ちゃんに思い知らせてあげます!」
アメリアはおれの服の下に手を伸ばして色々とまさぐってくる。
待って、マジで何してくるのこいつ。
やっぱりこいつロリコンだろ! おれの同類だろ!
ちょっ、タンマ! マジでそれ以上ダメな奴だから待って!
教訓、アメリアの前であざといポーズをしてはならない。
これからの問題、あざといポーズが何なのか分からないのでアメリアのスイッチを起動する言葉を探るべし。
ひとしきり着せ替え人形気分を味わっているうちに、アメリアのスイッチが先に切れたようだ。
年甲斐もなく泣きじゃくるおれの前でアメリアが土下座する。
「すいませんでした。なんかイケないスイッチが」
「良いよ、もう。グスッ、男の尊厳が」
「だ、大丈夫ですっ! 貰ってあげますから! いやむしろ誰にも渡したくないと言いますか!」
アメリアに貰われる。身の危険を感じる言葉を感じながら宿屋の昼食を取りに行く。
この時、涙を流していたせいで周囲から心配の視線を大量に受けたのは言うまでもない。
……本当に男としての尊厳が。
* * *
「ふわーぁあ」
窓から太陽の光が差し込んだところでおれは一つあくびをしてベッドから抜け出し、腕を伸ばして肩を慣らす。
アメリアも早く起きていたようで、着替えさせてもらいながらおれは告げる。
「そろそろ行くか」
「……そうですか。そうですね。そろそろ頃合いでしょう」
一通り全部こなし終えたし。
もうここに居座る理由もない。速くお役目は解決したいしな。
最後の着替えも終えてアメリアに「今日も可愛いですよ」と伝えられる。
なんかもう慣れた。おれはいつも通り頬をぽりぽり掻きながら「ありがとな」とお礼を伝える。
アメリアとおれの関係も最初に比べてかなり軟化したような気がする。
やっぱりアメリアからの距離感が強いからか、それとも怨念が大して続かなかったからか。
どうなのかは分からないけど、アメリアにしろ、おれにしろ、互いに素直な態度で接している。
この方がお互いに平和なのは確かである。
アメリアはいつも通りはにかむ笑みを浮かべ、「どういたしまして」とだけ答えて自分の着替えを始めていった。
ここの宿屋の食事も最後になると考えると何か感慨深いものがある。
おれとアメリアは宿のおかみさんの方に銅貨3枚を渡し、「はいよ」という言葉とともに木製のトレイに乗ったご飯を貰う。
お互い椅子に着き、両手を合わせていただきますの合図とともに食事を開始する。
意外と異世界の食事もばかにならない。
美味しいものは美味しいのである。
まぁ、肉は塩と胡椒掛けて焼けば大抵美味くなるのだけど。
変に凝ったものじゃないおかげで現代と同じように食事を取れるのはある種、有難いものだ。
「ところで……いつの間にダンジョン探していたんですか?」
「ん? ひや、ひらはいけど――」
「口の中をちゃんと飲み込んでから話してください。見た目だけじゃなく、中身まで幼くなったんですか」
アメリアにジト目を向けられ、そう言われたのでおれは口の中の物を飲み込む。
「知らない。アメリアはどうなんだよ」
「その……忘れちゃいました。テヘヘ?」
アメリアはおれからそっと視線を外す。
なるほど、分かってないんだな。
あと、歳と見た目を考えろ可愛くない。
「
「そっちこそ歳考えたらどうです? 女子の振りして気色悪い。それとも構ってほしいお年頃なんでちゅか? 俊ちゃん。ご飯食べてえらいえらいしまちょうか?」
「……別に」
「……あれっ、本当に構ってほしかったんですか?」
「ごち」
そんなわけないだろうが。
ったく、歳を重ねた奴はすぐ恋愛話で盛り上がる。
「小学生でも盛り上がる話だと思いますけどね。ごちそうさまです」
おれとアメリアは再び両手を合わせる。
食事を食べ終え、食器を片付ける。
今までの宿代料金を精算し、外にやってきたところで、何かの紋章を付けた服を着ている二頭の馬と、鉄の鎧を身につけた何人かの兵士を護衛に付けた高級そうな馬車が真ん前で止まっていた。
邪魔だなぁ。
やがて馬車の扉が開かれ、高級そうな衣装に身を包み降りてくる使者らしき若い男性。
降りてきた途端、周りに居るアメリア以外の女性がキャーキャーと黄色い歓声を浴びせている。
半面、おれはひとつ恐怖を感じていた。
笑っていない。表情は笑っているのに、目が笑っていない。
貴族っぽい見た目の男性はおれの横をすり抜ける。
後ろにいるアメリアに作り笑いをしたまま頭を下げ一礼する。
「私はジュリアンと申します。あなたを城に招待しに来ました」
「えと、私ですか」
困惑気味にアメリアは自分に指を向けると、ジュリアンと名乗る男性は肯定するように頷いた。
「はい、貴女ですシュン様。吸血鬼の件で、国王カズキ様のお呼びです」
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