TS吸血姫、自分の身体を見れない

「今のおれって血を飲まないといけないと思うか?」


 宿の部屋にアメリアとおれ、二人でいるとき。

 ふと改めて頭の中に浮かんだ疑問を口にする。


「どうしたんですか? 藪からスティックに」


 ——古い。

 いやそうじゃない。

 あの吸血鬼と同じように吸血衝動が起きたら飲まないといけないのかと思っていたんだ。

 だって吸血姫だし。認めたくないけど。

 アメリアはけろっとした顔で言う。


「飲めばいいんじゃないんですか?」

「だからんなもんどこにあるんだよ。もっと頭を——」

「俊さんの錬金板で精製すればいいじゃないですか」


 おれはそっと目を逸らす。

 あったなぁ……。原子を構成するわけだから行けるか。

 うん、たぶん行ける行ける。ゲームだとあくまで物質だったけど現実になった今なら行けるかもしれない。

 アメリアは意地の悪い顔で後ろからおれの頬を突いてくる。


「頭がどうって聞こえましたが?」

「天才の頭脳を持つアメリア様、どうかお聞かせくださいって言おうとした」

「ちょっとした転換術ですよ」


 吸血姫は明晰な頭脳を持つはずなんだけどなぁ……。

 いかんせん先入観が強いと何もできないな、うん。

 アメリアはもう一度、おれの頬をムニムニと手のひらで弄りながら訪ねてくる。


「それで、こんなことを聞き出すために話したのではないでしょう?」

「そうそう、お前この世界にはステータスが無いって言っていたよな?」

「言いましたよ」

「じゃあ、なんでさ。なんで吸血鬼を倒した直後翼が生えるようになっているんだよ」


 吸血鬼を倒した後におれたちがそそくさと退散したのには理由がある。

 あの時、吸血鬼を倒した後新機能が解放されるかのように出せなかった翼を出せるようになったのである。

 少し背中を力ませると、何かが生えたような感覚がする。手足と言うわけじゃないが、神経がつながっているように感じる。

 暗い夜の種族に似つかわしくない純白の蝙蝠の翼。

 吸血姫の象徴のひとつともいえる翼がおれの背から生えていた。


「ずるいっ! 天使じゃないですかこんなの! ……もしかして俊ちゃん、私の使いになろうと!?」

「してねーよ。思い上がるな女神が」

「良いんですかぁ? そんな口を聞いていると俊さんで遊びますよ? 神聖は嫌いですもんね?」


 こいつほんとに。

 実際、アメリアに何かやられたら何の抵抗もできないのは事実だ。

 ……いや待てよ? あの吸血鬼はどうやってアメリアを倒したんだ。


「それですか? 何かいきなり命令される文言が聞こえたんです。そしたら身体がその……熱くなってしまいまして……あの」

「熱くなったってどこがだよ」


 アメリアは恥ずかしそうに赤面しながら自分の腹部を撫でる。

 ……その位置、……お前さぁ。死闘の真っ最中だぞ。なんでそんな場所熱くしてんの? マゾなの?

 といった呆れの視線をおれは飛ばす。


「いや違うんですよ! 死にぞこない風情に発情とかほんとに! 本当にありませんからね!! 俊さんは別ですけど! むしろフェイバリット! いつでもオールオッケーなわけですが!」

「……ロリコン」

「あなたに言われたくないですよ!!」


 まぁうん。アメリアがどんな性癖を持っていても受け入れようじゃないか。

 来いって言ったのはおれなんだし。例え穢されるのが趣味な清楚系だとしても。おれだけは温かく受け入れようじゃないか。


「ちーがーいーまーすー!!」


 アメリアの叫びが部屋中に響き渡った。


  *  *  *


 翼を出せるようになってから、飛行の練習がてら深夜帯誰もいない森に行くことにした。

 月明かりひとつない明るい景色。冷たくも温かくもない無機質な風がおれの肌を撫でる。

 この身体は睡眠を取る必要がない。おかげで誰に見られることなく深夜に活動できる。

 その状況下で飛行の練習をし始めるようになってから少し。

 最初こそ少ししか上がらなかったが徐々に浮遊感を感じ始め、遂には飛ぶことに成功した。

 その時、アメリアに内緒で少しはしゃいでしまったのは心の内に秘めていく。

 全身に突き抜けるような風なんてまず感じなかったから、酷く新鮮な気分を味わえた。

 あれは本当に新鮮な心地だった。実に。

 そんな翼での飛行と並行して魔法の練習も始めていた。

 これに関して餅は餅屋ということもあり、昼間にアメリアから教わっていた。

 おれが初めて頼んだ時、アメリアの答えは芳しくなかった。


「多分私たちの使う魔法とはかなりかけ離れてますよ?」

「かけ離れてる?」

「なんでしょうかね? 原理が違う? 名前は同じだけど魔力、魔法、魔術みたいな細分化されている状態とでも言えばいいんでしょうかね?」

「スキルで使うのと身体で発動するのはまるで違う?」

「ですね。私たちの魔力は体の中を常に巡回してるんです。ちょっとどんな奴なのか、俊さんに流してみますね!」


 アメリアがおれの腕を掴む。

 途端にアメリアから流れ浸み込んでくる心地の良い何か。風呂場に入った時と感覚が似ているかもしれない。

 アメリアの魔力だからなのか、強大な力なのに決して荒々しいわけじゃない。むしろ優しく母親を実感させる。

 しかしそれもつかの間、流された魔力は高温になっていく。おれは声にならない叫びをあげてその場にうずくまる。


「あっ! ごめんなさい。わたしの魔力アン……、俊さんにはよく効くんでした」


 そりゃ女神の魔力だからな神聖なものだよな。

 別にアメリアは悪くない。試してほしいって言ったのはおれの方なんだから。

 うん、アメリアは悪くない。


「えっと、流した魔力元に戻しますね」

「出来れば早く……頼む」


 アメリアは弱弱しく伸ばすおれの腕を再び掴めば、暴走する高温の魔力が消えていく。

 体に力が入るようになり、しばらくしてアメリアはおれの腕を放した。


「終わりました、大丈夫ですか?」

「全く大丈夫じゃなかったけど、もう大丈夫だ」

「えっとそれでですね、俊さん。何か分かりましたか?」


 おお、そうだった。魔法を使うために魔力を感じる練習してたんだった。

 ……なるほど、やっぱり根幹は違うようだ。

 なんというか、アメリアに魔力を流されたことで魔法の欄が解放されたって感じがする。

 こういうのはあくまで感覚でしかないから言葉にできない何かでしかないんだけど。

 何がきっかけで解放されるのかまるで分からないな。一度攻撃を受けることとか?

 それだと何か違うな。


「身体が学習しているとかじゃないですか?」

「学習?」

「元々俊さんの身体が無垢だったって話です。インベントリは初期からある使用だから使える。スキル関連も同じく初期。恐らく俊さんのやっていたゲーム、元から魔法使いや戦士を選ぶ感じのゲームではないんじゃないでしょうか?」

「おぉ、その通り。だから戦士や魔法使いの概念に囚われることなく、おれは宵闇小悪魔を使えるからな。翼や魔法に関しても同じようなものだと?」


 だから無垢。おれの身体は何も知らず、吸血姫の身体は知っている。

 なんかよく分からない理論だな。攻撃を受けたことや見たことで、本能的にそれがなんであるのかを分析したってところだろうか。

 おれの身体にしては難解すぎるよ。

 さっそく魔法を放ってみたいところだけど……被害が出るから無理だな。


「じゃあ俊ちゃん! 森に行きましょう!」

「またか」

「引き籠っていないで外に出ることも大事です。ほらっ、立って立って……」


 そうおれの手首を掴んで立ち上がらせたアメリアは途端に顔を歪めて鼻を摘んだ。


「俊さん……なんか臭いますよ?」

「そうか?」

「はい……。俊さん、お風呂入りました?」

「……」


 入ってない。

 自分の身体を直視したくないっていうのが一番の要因。

 なんかね。DTだから恥ずかしいんよ。自分の身体だけどさ。

 中身男子高校生でロリコンだけどさ。なんかこう性癖の権化に触れるというか、いけないことをしているような気分になりそうで。

 アメリアはおれの服に手を掛ける。


「分かりました。俊ちゃんが拗らせ童貞だというのが。私が拭いてあげますから目を瞑っていてくださいね。決して、目を開けないように。良いですね?」


 アメリアはおれを睨みつけると、何もない空間から桶を取り出す。

 手のひらからお湯を流していっぱいにした。


「はい、バンザイしてください。それとも自分で脱ぎますか?」

「えっと……その……バンザイで」


 アメリアの顔を見ていられなくて、本当にちょっとだけ見るように言ってみる。

 するとボンッとアメリアから音が聞こえたような気がした。変に労わる手つきでおれの頭を撫でてくる。


「任せてください! お姉ちゃんがいくらでもやってあげます!」

「何言ってるんだ、お前」

「そんな愛らしい態度で言われたら誰だってこうなります。さぁ! 服を脱ぎ脱ぎしましょう!」


 マジでどうしたこいつ!?

 などと思う間もなく、おれは服を全て剥ぎ取られた。

 アメリアの助言に従い、目を一文字にぎゅっと閉じる。

 タオルが肌の上を走る感触に耐える。タオルは腹を通り胸に達する。


「世話の焼ける妹ができた気分です!」


 アメリアがなんか言っているけど、突っ込みを入れる元気はもうない。

 この後めちゃくちゃ身体を洗われた。

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