錬金板

 青い3本の旗が目印の大型木造建築物。

 道行く人に冒険者ギルドの目印を聞きながら進み続けて25分ほど、おれたちは辿り着いた。

 中に入る前からでも、冒険者の喧噪が伝わってくる。

 ……気分が全く上がらない。

 元々身分証を創るのと財布にするためだけだから、当然と言えば当然なのだけど。


「もっと笑いましょうよ! こんな風に」


 アメリアはおれの口角を指で引き上げる。

 ……邪魔なんだけど。

 通れないし。


「性格やさぐれました? 可愛くないですよ?」

「はぁ……知ってる」


 自由に見えて自由でない。

 冒険者らしくないんだよ、今のおれたちは。

 普通なら帰る手段を探すためにやるんだろうけど、おれたちの場合は全くの逆。

 むしろ二つの繋がりを断つためだけにいるんだから。

 やらなきゃならない。期限なんて最初から切っているようなもので、引き摺れば引き摺るほど勝手に利息が増える。


 ……クソゲーだよ。本当にさ。

 アメリアは若干申し訳なさそうな顔で、おれの手を引っ張り先導する。

 冒険者ギルドの扉を叩いて中に入れば、荒くれ共が一斉に視線で出迎えた。

 圧倒されるアメリアに話しかける者がひとり。


「おう、嬢ちゃん達。ここは嬢ちゃん達のようなか弱い子が来るような場所じゃないぜ」


 酒が入ったグラスを豪快に煽るは、全身筋肉の鎧に身を包んでいるのではないかと思うほどの男性。

 まんま細かいこととか気にしない、気のいい先輩って感じのイメージである。

 こんな状況じゃなければ、良い返事をしたいところなのだけど。


「忠告ありがとうございます!」


 アメリアが苦笑いを浮かべながらおれの背に隠れた。

 ……こいつ、人を盾にしやがった。


「いいってことよ、依頼でも出しに来たのかい」


 ポージングを決めてかっこつける男性に、アメリアがここまでの経緯をかいつまんで説明する。

 もちろん、身分証が必要になるだとか、身元が不明になりそうなことは話さない。

 アメリアが心を読めるからこそ、この男性の内面を完璧に読み取ったからだろう。

 それは分かったから、人を盾にしないでほしい。


「あれ見てください、俊さん」


 アメリアが指さす方を見ると、今のおれとそう変わらない体系の子どもたちがいた。

 カウンターらしき所で白髪のじいさんに、薬草を買い取ってもらっている。

 なんだ、子どもの冒険者いるじゃん。

 特におかしなことではないんだな。

 ところでなぜに子どもが冒険者をやっているのだろうか?


「お小遣い稼ぎのようですね。……へぇ~、良いですね~。青春ですね~」

「心を読んで親戚のおばちゃんみたいな感想を抱くの止めろ」

「誰がおばちゃんですか! 失礼しちゃいますね!」


 じゃあ、おねえさんで。面倒くさい。

 青春感じている時点で既に自分は青春を味わった、もしくは終えた後みたいな状態になっているとなぜ分からないのか。

 おれはひとつ「フッ」と息を漏らす。


「ほんと、可愛くないですね。元の姿の方がまだ可愛げありましたよ」


 おれの手を引っ張るアメリアは明らか機嫌悪そうに冒険者カウンターまで歩いていく。

 知らんよそんなの。美的センスを疑う。

 冒険者の受付をしているのは、ハーフエルフの少女のようだ。


 容姿は萌えと美人の中間に位置していて、ふんわりとした笑顔は非常に可愛らしい。

 金色の髪を少女らしく腰のラインまで伸ばしており、服の上からでも分かるほど細くスリムな体形をしている。

 そんな少女から、冒険者の説明にいくらかされたけどどうでもよかった。


 魔力検査して異能力持っているかの診断をして名前書いて注意聞いて終了。

 それだけで簡単に冒険者の証は発行され、これで国や町を通れるようになった。

 ザルとしか言いようがない。

 ハーフエルフの少女はおずおずとした態度でおれを覗き込んでくる。


「何かご不満な点はありましたでしょうか?」

「気にしないでください。この子は普段からこんな感じなので」


 アメリアはおれの頭を軽く何度も叩いてくる。

 別に何も不満な点は無い。単純に虫の居所が悪いだけ。


 それを他人にぶつけるのはお門違いか。

 心の中で反省したおれは頭を下げ「悪い」とだけ謝った。

 ハーフエルフの少女はただ一言、「いえいえ」と手を振り冒険者の証を手渡してくる。


 手渡された冒険者の証は光り輝き、おれの身体の中へと吸い込まれていく。

 見ればアメリアも同様だった。

 どうも冒険者は激しい動きをするせいで簡単に落としてしまう。


 だから体内に入れておいて、無くさないよう配慮がされているのだとか。

 いきなり体内に入ってきたらびっくりするだろうが。

 その後、出そうと思ったら念じれば勝手に出てくると説明され、やることも無くなったおれとアメリアは冒険者ギルドを後にする。

 依頼を受けることもなく外に出てきたおれに、アメリアは訪ねてくる。


「どこに行くんですか?」

「その質問自体既に意味ないだろ?」

「……俊さん。もうちょっと表面だけでも仲良くしませんか? そう最初から近寄りがたい雰囲気を出されると、二次元ならまだしも三次元ならすぐに孤立しますよ?」


 アメリアはそう言うと、おれの口角を握り釣り上げてきた。

 おれは「ほらっ、可愛い」と呟くアメリアの手を払いのける。

 最近の二次元なら同じように孤立するけどな。

 それにアメリアが付いてきてくれるなら孤立しないし。


「嫌ですよ! 不愛想な人と一緒に居るとか! 可愛いんですから少しは笑いましょうよ!」

「世界崩壊は笑えない事態なんだよ。その辺分かったうえで笑えって言うなら笑えよ」

「……強情」


 はいはい、もうそれで良いですよ。

 などと他愛のない話をしているうちに、おれとアメリアは目的の場所に着く。

 冒険者ギルドと似た、二本の旗がはためく建物。

 一見、テントにも見える白と赤が交互に混じる三角屋根。

 外から見える商会の様子は、正しくフリーマーケットのようだ。

 シートの上に商品を載せて販売している。


「旗がはためくって、寒いですよ」

「寒いのはそこに気づくお前だよ。無駄に神聖が薄ら寒いくせに」

「それは俊さんのキャラが死者なのが悪いんですー! 私は何もありません! そもそもなんで死者風情をキャラにしているんですかー?」

「異世界転移、広まる、神隠し、おれの死因。どれもこれもお前が言えたことじゃねぇよ」

「もう嫌ですこの吸血姫。女性にもてないのってそこですよ!」


 女性って歳じゃねぇだろとふと思ったけど、争いの引き金になりそうだから止めておく。

 思った時点で既にアウト。アメリアはおれに軽い辻ヒールをして商会へと向かって行った。

 あっつ。

 肌が間違いなく焼けた。

 死者に回復系を使ったらどうなるか分かった状態でやりやがったな、あいつ。

 ……金ゼロなんだからおれがいないと何も買えないだろうに。

 さて、商会に来た理由は至ってシンプルである。

 インベントリにめっちゃアイテムが余っているから売りに来た。それだけである。


 性能は宵闇ノワール小悪魔リトル・デビルで試し済み。

 大体同じくらいだと思う。

 そもゲームの能力を現実に持ってきているのだから、どれもこれもぶっ壊れになるのは当たり前なのだけど。

 日常生活的に一番役立ちそうなのは錬金板だろうか。

 さて、これを売り込みに行きたいところだけど……どうした物か。

 ……誰かに聞いたところで金取られそうだしなぁ。

 なんかいいアイデアは。


「神をお求めですか?」


 とりあえずここの商会の主に売り出すとしたらどれだけ値が出るか聞いてみようか。

 いや、話にならず追い出されるか。

 明らか神威というか神域だしなぁ、この道具。

 生命を生み出すとこまで入っていないから冒涜とまではいかないだろうけど。


「隣に居ますよ。隣に」

「とりあえず悩んだら行動するか」


 というわけでおれは近くでシートを広げている、見た目奴隷とか売っていそうなあくどい顔の小太り男性商人に話しかける。


「もしもし、商品を売り出したいのですがどうすればいいでしょうか?」

「……その質問の答えにいくら払う」

「銀貨1枚」

「宿代にも程遠い。話にならないな」


 商人は帰んなと手を振っておれを追い出す。

 普通の反応だな。さしておかしなことは無い。

 こういう時アメリアがいない……と頼ろうとした時である。

 おれの横からアメリアがぴょこと顔を出したのは。


「いつまで無視するんですか! やっとですよ!」

「……チェンジで」

「……いい加減にしないと大気圏の彼方までぶっ飛ばして太陽の灼熱で燃やし尽くしますよ?!」

「そういうの良いんで水とか光とか出して」


 手を出しだすおれに、アメリアは分かりやすくそっぽを向く。

 ……水か光を出してと頼んでいるだけなのに。

 なんやねん、と意思を込めて見ていると、急にアメリアはおれの頬を力任せに引っ張ってくる。


「なんやねんはこっちですよ! 自分の服でも爪で髪でも使えばいいじゃないですか!」

「それもそうだな」


 おれは服に手を掛けて黒いゴスロリ服を脱ぎ捨てる。

 これといった力のないコスプレ衣装なのではっきり言って今のおれには不要なものである。

 脱いだ服を錬金板に乗せて原子レベルにまで分解させる。

 おれの行動にぎょっとしたのはアメリアと男性商人である。

 アメリアはおれの肩を鷲掴み、


「いきなり何しているんですか!? 変えの服とかあるんですよね!」


 と見てわかるくらいあわあわと騒ぎ出す。

 男性商人はといえばおれの目を睨みつけながら、


「悪いが俺にその気はない。その手の筋に取ったら嬢ちゃんの身体は喉から手が出るほど欲しいだろうけどな」


 やんわりと諭すように言ってくる。

 いや、別にそんな気は無いし。

 おれは男性商人にトイレの位置を聞きだし、村娘風の簡素な服に着替えてから戻ってくる。

 ……今更になってインベントリにスカートしか入れなかったことを後悔している。

 終わったら服屋よろ。

 戻ってきたおれはアメリアから錬金板を受け取り、脱ぎ終えたゴスロリスカートも投げ捨てた。

 男性商人の奇妙な視線に晒されながらも、おれは増やしたい物質を銀と指定。

 生成した銀の塊を男性商人に突きつける。


「こういうことができる板を売りたいんですが……、どれくらいの値が出ますか?」


 差し出された銀を手に取り、目をポカンとさせる男性商人。

 反対にアメリアは鬼気迫る勢いでおれに掴みかかってくる。


「馬鹿! ちょっ馬鹿ッ! あなたちょっと! 俊さん何を売ろうとしているんですか!」

「土や服から魔銀合金ミスリルとか神之天上金ヒヒイロカネとか生み出せる錬金板。使い方は簡単、いらないものを元素まで分解、保存。後は増やしたい物質を指定して元素を形成するだけ」


 なお動力源は吸収した原子をさらに分解した電子を消費することで賄っている。

 なので普通に使っているだけで充電できる。

 何だったら太陽光すら原子変換する。原子返還さえすればもう、無機物であれば何だって生み出せる。

 そういったことを説明したらアメリアからさらに怒られた。


「なんで板そのものを売り出そうとしているんですか! というかそれあったら食糧事情もお金事情も全部解決しますよね! 無限に資源生み出せるものを売りだしたら余計に戦争とか拡大しますよ! 馬鹿ですか? 馬鹿ですよね! 私は馬鹿だと言ってください!! はい、声に出して!」


 ……あっ、確かに。

 気づかなかった。確かに食糧事情解決するわ、これひとつで。

 ……あぁ、えっと……、なんだ……。


「こういう板から生み出せるものを売りに出そうとしているんだけど……、どうすればいいでしょうか? あと、わたしは馬鹿です」

「そこのボイン姉ちゃん、馬鹿なまま泳がしてくれればよかったのに」


 恨みがましそうにアメリアを睨む男性商人。

 素直に謝るわ。アメリアさん、ごめんなさいでした。

 そこまで深く考えていませんでした。やっぱりあなたが必要なので一緒に居てください。

 と、口に出すのは恥ずかしいので心の中で思うことにする。

 どうせ伝わるだろうし、これでいいだろう。

 アメリアはおれの首に腕を回して密着してくる。


「あとで二人きりの時に口に出してくださいね」

「口に出すとか何それいやらしい」

「その考えを持つ時点で、ですよ」


 せやな。反論できないわ。

 そんなこんなで軽い世間話の後、おれは男性商人に呆れた口調で諭される。


「冒険者登録しているなら、ゴミじゃない限り換金カウンターに持っていけば換金してくれるぞ。ほらっ、冷やかしなら帰った帰った」


 ……マジで?

 灯台下暗しやん。

 その後、手に入れた金で宿に着くまで、アメリアからじっとりとした目を向けられ続けたのは言うまでもない。

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