第4話 幸せだった

 そして、次の日の朝。私は目覚まし時計が鳴る前に起きて支度をする。

 鎖骨まで伸ばした髪の毛をヘアアイロンでカールさせ、髪型が崩れないようにワックスをつけた。

 それから、顔に薄くファンデーションを塗り、眉毛を入念に書く。

 口紅はどうしようかと迷ったが、赤は派手すぎるので桜色のものした。

 アイシャドウは茶色のものを薄く瞼に付ける。鏡を確認すると、素朴だった顔立ちがほんのりと華やかになった気がした。


 服装は薄手の白いニットに、ターコイズブルーのロングスカート。

 鞄はお気に入りのショルダーバッグにした。

 待ち合わせ場所の公園に行く前にスマホを開き、グループチャットにメッセージを送る。


「優香︰今から行きます!」

 あっという間に次々と既読が付き、千夏と明日美と一翔、須実から返事が来た。


「千夏︰気を付けて来てね〜」


「明日美︰ゆう姉!どうか気を付けて来てね!」


「一翔︰道中お気を付けて。あと五郎も同じことを言っていたよ。」


「須実︰公園で待ってるからね!」


 私は返事をしない代わりに全てのメッセージにハートマークを押す。

 千夏と明日美、一翔と五郎の気遣いが嬉しい。この4人は自分の容姿の良さを全く鼻にかけない所が何よりも魅力だと感じる。

 それに近頃、明日美は私のことを「ゆう姉」と呼んでくれるようになった。私のことを慕ってくれているということが伝わって嬉しかった。


 財布やスマホ、ポケットティッシュやハンカチをバッグに入れてから家を出る。

 数分程歩くと、待ち合わせ場所の公園が見えてきた。

 千夏達は先に来ていたらしく公園のベンチに座って私のことを待っているみたいだ。

 千夏達の姿を見るなり私は思わず息を飲んだ。千夏はカールさせた長い黒髪を1つに結び、如何にも女の子らしいフリル付きのワンピースを来てブーツを履いている。

 明日美は肩よりも長く伸ばした淡い色の髪をヘアアクセサリーで彩っている。服装は薄手のセーターに桜色のロングスカートにやや厚底のサンダルを履いていた。

 須実は可愛らしいキャラクターがプリントされたシャツに青色のガウチョでベージュ色のブーツを履いている。


 一翔は黒色のパーカーにジーパン姿と、特別お洒落をしている訳ではないが、センスの良さが感じられる。

 五郎は紺色の直垂姿に相変わらずの侍烏帽子。だが、誰よりも和装が似合っていてあまり浮ついた印象を与えない。


 誰がどう見ても美男美女集団だ。特に明日美と一翔と五郎、千夏の容姿の良さは周囲と比較しても飛び抜けている。

 この中では地味な顔立ちの私だけが明らかに浮いていた。


「じゃあ行こっか!」

 明日美の一言を合図に私達は公園を後にする。予定としては徒歩で周辺のお店を周るみたいだ。

「ねえ、ちょっとコンビニに寄って行っても良いかな?」

 千夏達にお菓子を買ってあげることを思い出した私は慌てて千夏に声をかけた。

「うん、いいよ。」

 千夏が笑顔で了承する。それから私は千夏とおしゃべりをしながらコンビニへと向かった。

「ねえ、優香ちゃん。」

「どうしたの千夏ちゃん。」

「待ち合わせ場所に行く前にね、五郎が道に迷って公園に来れなくなったんだって。

 一翔がなんとか探し出して連れてきてくれたみたいだけど。」

「そうなんだ。なんだか意外だな。」


 五郎は普段から寡黙で凛々しい印象だったから凄く意外だった。

 もしも本当に遅刻していたら彼はどうしていたのだろうか?まさか「自害する」とか言い出したりはしないだろうけれど。


 歩いて10分程でコンビニに到着した。

「みんな、此処で座って待っていてね。」

 私は千夏達をイートインコーナーに座らせるとコンビニのスイーツコーナーへと向かった。

 千夏には抹茶パフェ、須実には生チョコ、明日美には肉まん、一翔にはみたらし団子、五郎には草餅を買ってあげることにした。


 会計は1456円。少々痛い出費だけれど、これで友達の喜ぶ顔が見られるのならば安いものだ。

 私はレジ袋を右手に下げてイートインコーナーへと戻った。

 レジ袋から取り出してそれぞれスイーツを手渡していく。

 スイーツを美味しそうに頬張る千夏達を見て心が温かくなるのを感じる。

 それに普段からあまり表情を変えないはずの一翔や五郎の表情が柔らかくなっている。


 わざわざ買って本当に良かった。私は心からそう思った。

 みんなが食べ終わるのを待ってからコンビニを出てデパートへと向かう。


 デパートに入るとあまりの人の多さに思わず身を縮めた。

 エスカレーターを登り、まずは化粧品コーナーへと向かう。ずらりと並んだスキンケアやヘアケア商品に明日美と千夏、須実は目を宝石のように輝かせていた。

 すると須実が一つのヘアブラシを私の方へと持ってくる。値札を見てみると税抜きで1000円みたいだ。

 須実は私のことを上目遣いで見つめるなり一言。

「これ買ってくれない?」

 まだ彼女と仲良くなってそれ程時間が経過していないのに…。

 何の遠慮もなく強請ってくる須実に少し驚いたが、買えないほどの値段ではないので買ってあげることにした。


 会計を済ませて須実にヘアブラシを手渡すと彼女は嬉しそうに笑みを浮かべると

「ありがとう!」

 と言った。その様子を見ていた一翔が

「少しは遠慮した方が…。」

 と須実に苦言を呈するが、彼女はムスッとした様子で

「別にいいでしょ。優香が買ってくれたんだから。」

 と答える。一翔は形の整った眉毛を微かに潜めた。


 それからは色々なコーナーを歩き回って買い物を楽しんだ。

 須実に対して感じた微かな違和感も感じ無くなっていた。

 これからデパート内にあるゲームセンターやカラオケで楽しい時間を過ごし、夜の7時に現地解散だ。

 楽しい時間程短く感じるらしく、夜の7時はあっという間に来てしまった。

 そのまま現地解散をして私は薄暗い路地を一人で歩く。


 始めて分かったことがある。須実はあまり人に遠慮をしないタイプなのだと。

 けれど彼女自身、人との距離の詰め方が分からないタイプなのかもしれない。

 だから大目に見てあげよう。きっと不器用なだけなんだと。


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