第2話 広がる輪

 学校が終わり帰る支度をしていると千夏が声を掛けてきた。

「ねえ、今日は近所の子と会うから優香ちゃんも一緒に行かない?」

「うん。いいよ。」

 私は特に深く考えずに答える。その近所の子とも仲良くなれたら良いのになと。

 自転車を押しながら千夏と歩いている途中、向かいから一人の少女が向かって来るのが目に入った。

 少女は千夏を見つけるなり

「千夏姉!」

 と言うとまっすぐに駆け寄ってくる。歳は私よりも少し下だろうか?長く伸ばした淡い色素の髪の毛にハッキリとした目鼻立ちでかなりの美少女だ。

「久しぶりだね、明日美ちゃん。」

 千夏が優しく微笑みながら抱きついて来た少女の頭を指先で撫でる。

 明日美と呼ばれた少女は私を見つめるなり小さく頭を下げた。


「彼女は葛生優香。私の幼なじみだから仲良くしてくれたら嬉しいな。」

 優香が優しい笑顔を浮かべながら明日美に言った。


「あれ?千夏ちゃんじゃん。久しぶりだね。」

 不意に背後から男の子の声がした。振り返ると私とほぼ同年代くらいの男子が二人立っている。

「あ、一翔君と五郎君じゃん。久しぶりだね。」

 千夏が2人の男子に声を掛ける。一翔と呼ばれた男子は恐らく私と同い年くらいだろう。背は170前後くらいで黒縁メガネを掛けている。

 絹糸のようなサラサラの黒髪にハッキリとした顔立ち。見惚れてしまう程にかっこいい。


 五郎と呼ばれた男子は何故か時代劇で見るような侍烏帽子と直垂に袴姿で周囲と比べるとかなり浮いて見えた。

 けれどそんなことがどうでも良くなる程にかっこいい。歳は私と同じか少し上くらいだろうか。


 私が2人をまじまじと眺めていると千夏が笑いながら

「優香ちゃん、そんなに驚かないでよ。五郎君は将来役者志望でこんな格好をしているのだから。特に時代劇に出たいんだって。」

 と言う。役者志望かあ…。かっこいいから俳優を目指していても不思議ではないだろう。そのために普段から役になりきるのは大したものだと思った。


「私は葛生優香。よろしくね。」

 私は一翔と五郎と明日美に改めて自己紹介をする。

「わたしは本山明日美。よろしくね。」

「僕は山崎一翔。よろしくね。」

「某は竹崎五郎と申す。」

 そう言って3人は私に頭を下げる。五郎は日常的に役になり切っているらしく、服装どころか口調まで時代がかっている。

 夢に向かって日々努力しているのだなと彼に深く感心した。


 少し立ち話をしてから私は先に帰ることにした。明日美は明るくて良い子そうだし、一翔も口数は少ないけれど良い人そうだ。

 五郎は普段から役になりきっているとは言え、悪い人ではなさそう。

 私は、3人とこれから仲良くなっていきたいと心の底から思った。


 帰ってスマホを開いてみるとグループチャットのメンバーが3人から5人に増えている。

 詳しく見てみるとメンバーに明日美と一翔の名前が追加されていた。

 きっと千夏が2人を追加したのだろう。どうやら五郎の方は追加されていないみたいだ。

 彼は普段から役になりきっているらしいからスマホも使っていないのだろうか。

「流石になりきりすぎだよ。」

 私はスマホ画面を見ながら思わず笑ってしまった。


 次の日の放課後、私は一人で帰ろうとしている須実に声を掛けた。

「ねえねえ、今日千夏ちゃんが近所の友達と公園で会うみたいだけど須実ちゃんも来ない?」

 須実は暫く考え込んでいたがぱっと笑顔になって「うん。もちろん来るよ。」

 と答えた。その笑顔が愛らしくて私まで釣られてしまいそうになる。私はこれからも須実を笑顔にしていきたいと思った。


「千夏ちゃん、公園で明日美ちゃん達と会うって約束していたよね?」

 私はスマホを開くと千夏に個チャでメッセージを送る。確か千夏はまだ図書委員の仕事をやっているはずだ。すると、直ぐに既読が付き、返事が返ってきた。

「そうだけどそれがどうしたの?もちろん優香ちゃんも来るよね。」

「うん。もちろん来るよ。須実ちゃんも誘ったけど別に良いよね?」

「もちろん良いわよ。私も須実ちゃんを誘おうと思っていた所だから。」

「なら良かった。じゃあ委員会の仕事頑張ってね。私は教室で待っているから。」

 程なくして千夏から「OK」のスタンプが返ってくる。


 こういう所が実に千夏らしい。誰に対しても優しくて丁寧。千夏の幼なじみで良かったと心から思った。

 10分くらい経って委員会の仕事が終わったのか千夏が帰ってくる。

 隣の席でスマホゲームをしていた須実に「行こうか」と声を掛けた。

 須実はスマホを胸ポケットにしまうとゆっくりとした動作で立ち上がった。

 学校を出ると私たちは自転車を押しながら近くの公園へと向かう。

 公園に着くと明日美と一翔、五郎はベンチに座って私達のことを待っていた。


「遅れてごめんね。」

 私が3人に声を掛けると明日美は愛らしい笑顔を浮かべると

「わたし達もさっき来たばっかりだから大丈夫だよ。」

 と答えた。須実はというと、一翔と五郎のことを食い入るように見つめていた。

 あんなにかっこいい人が目の前に居たら誰だって見つめてしまうに違いない。五郎だって役者志望の為に日常的に和装姿である事を省けばかなりかっこいい容姿をしている。


「あなたが明日美ちゃんと一翔君、五郎君?」

 須実がやっとの思いで口を開く。明日美達はこくりと頷いた。

「私は佐藤須実。よろしく。」



 それからは楽しい時間を過した。お互い好きな物や嫌いなものを言い合った。

 まず五郎が漢文に長けているということには正直驚いてしまった。

 あと明日美は数学が苦手ということと、一翔は地理が苦手ということ。

 そして、須実が現代社会だけではなく地理も得意だということ。

 また一つ明日美達との距離が近づいた気がした。そしてまた一つ須実のことを知ることができた。


 午後6時に解散し、公園を後にする。家に帰り、スマホを確認するとグループチャットにメッセージが幾つか来ていた。


「須実︰今日はみんなと話せて楽しかった。また今度時間が合えばみんなで集まろうね。」


「千夏︰楽しんでくれたようで何よりだよ。須実ちゃんに喜んで貰えて良かった。」


「一翔︰そうだね。またみんなで集まりたいね。」


「明日美︰今日は本当に楽しかった!みんなありがとう!」


 4人のやり取りが微笑ましくてつい頬がゆるんでしまう。

「優香︰私も楽しかった!今度はみんなでお出かけしたいね!」

 私はグループチャットに返信してからお風呂場へと向かった。


 湯船に漬かりながら今日の出来事を思い出す。みんなのことがいっぱい知れてよかった。


 そして何よりも須実と本当の友達になれた気がして嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る