エフェメラル=ホープ 〜少女は希望を前に想いを散らす〜@休載

司原れもね

第1話分割版

第1話 雨の音

「はぁ……はぁ……」


 私は息を切らせながら走る。どこに向かっているかなんてわからない。ただ、ひたすら走った。


「はぁ……はぁ……うぅ……」


 背中からは銃声が響いている。彼女がまだ戦ってくれているんだ……。そう考えると、ますます苦しくなった。


「はぁ……はぁ……」


 私は立ち止まると、壁に寄りかかって呼吸を整える。もう体力の限界だった。


「どうしよう……」


 もう銃声も聞こえない。果たして彼女は勝てたのだろうか。私は不安に駆られる。でも、もう私にできることなんてない。彼女の無事を祈るしかなかった。


「大丈夫かな……」


 そう呟いた瞬間だった。


 ドスッ


 足音が聞こえる。明らかに人間のものではない。私は恐怖で身震いをする。


「まさか……」


 私はゆっくりと音のした方を向いた。そこには先程とは別の四足歩行の化け物。


「嘘……」


 私は絶望的な気分になる。


「キィイアァー」


 化け物は奇妙な声を上げながら、こちらに近づいてくる。


「い、いや……」


 私はパニックになりながら自分の体を探って、武器を探す。

 カチャッ

 手に何か硬いものを感じる。ショットガンだ。体から離れず、まだ背負っていたのだ。


「これなら……」


 私は震える右手でショットガンを構える。


「はぁ……はぁ……」


 息を整えようとするが上手くいかない。手が震えて狙いが定まらない。化け物の体がだんだん大きくなっていく。これなら外さないかもしれない……


「死ねぇぇぇ!」


 私は震える指で引き金を引いた。

 ドンッ……

 破裂音が鳴り響く…………………………


「キィィィィィアァアァア」


 外した。化け物の私を嘲笑うような鳴き声でそう理解した。


「あぁ……」


 左手が死んでいるため、弾を装填することもできない。私は右手で装填しようと試みるが、うまく掴めない。その間にも化け物は迫ってくる。


「やめて……」


 私は涙を流して懇願するが、化け物は止まらない。


「お願い……」


 私は諦めて全身の力を抜き、目を閉じる……。もう苦しまなくて済むと思うと、少し気が楽になった。


「あぁ……結局何もできなかったな……」


——————————


 パラパラ……パラパラ……

 何かの音がする。耳を痛めるような激しい音ではなく、静かな音だ。心地よいリズムに乗っているうちに意識が覚醒していくのを感じる。


「うぅん……うるさいなぁ……」


 寝起きの悪い私は目を閉じたまま、その音の発信源を探す。カーテンが閉まっているため、窓から射す光はない。暗い部屋の中で私は枕元に置いてある目覚まし時計に手を伸ばす。


 ……あれ? おかしいな……。

 何度叩いても音は鳴り止まない。それどころかどんどん大きくなっていくような気がする。


 なんだろうこれ……

 ようやく違和感を覚えた私が目を開ける。そこには鳴り響く目覚まし時計などなかった。ただ、カーテンの隙間からは真っ黒に染まった空がのぞいている。


「なんだ……雨か」


 まだ眠い頭をなんとか働かせて状況を把握する。どうやら外は大雨らしい。

 もう一度眠りにつこうとしたところでふと思い出す。そういえば、今何時だった? 

 恐る恐る、先ほど叩き倒した目覚まし時計を見る。針は七時半を指し示していた。


 ………………まずい…………まずい……まずい、マズい! 不味い‼︎


 一気に目が覚める。ベッドから飛び起きた私は急いで着替えを始める。普段なら寝坊してもさほど大きな問題にもならないのだが、今日だけはまずい! 本当にマズい‼︎

 白い制服を着て鞄を持ち上げると部屋のドアを蹴破るように開けて廊下に出る。そして玄関に向かって走り出そうとしたところで足を止めた。そうだ、一応何か食べる物を……


 台所に向かうと冷蔵庫から食パンを取り出してトースターに突っ込む。続いて戸棚からジャムを取り出すとそれを塗りたくって口に放り込んだ。

 咀しゃくしながら洗面所に行き、顔を洗って、桜色に染まった長い髪をとかす。そして最後に自分の深緑色の瞳を見つめながら、ヘアピンをつけて完了だ。所要時間およそ三分。まだ間に合う!


 再び駆け出して今度は靴を履いて外に出た。バシャバシャと水を跳ね飛ばしながら全力疾走で目的地を目指す。

 あぁ〜、こんなことなら昨日のうちに天気予報を確認しておくべきだったよぉ。 そんなことを思いながらも私は足を緩めない。


 しばらく走っていると、左手に目的の建物が見えてきた。研究所とも軍事施設とも見える巨大な建造物は、日本という国にあっては明らかに異質な雰囲気を放っていた。

 私はそこに向けて最後のスパートをかける。正門まであと少し……! だが、そこで無慈悲な電子音が私を阻んだ。


 ピピーッ

 ブザーの音とともにゲートが立ちはだかる。


「えぇー⁉︎ なんで開かないの‼︎ もう時間ないんだけど!」


 私は必死にゲートをバンバン叩く。

『IDを認証して下さい』

 機械的な声が聞こえてくる。

 ID、アイディー……IDカード……確かにそんなものがあった気が……

 ゴソゴソと鞄の中を探る。しかし、それらしきものは見つからない。


「あれ〜、おかしいぞぉ」


 雨の中だと言うのに構わず鞄をひっくり返す。しかしそれらしき物は出てこない。

 嘘っ、慌ててたから忘れたのかなぁ……

 私はその場にへたり込んでしまう。だが、ここで諦めるわけにはいかない。


「お願いします、入れてくださいぃ〜」


 そう言って門にしがみつくが反応は同じだ。

『IDを認証できませんでした。お引き取りください』

 無慈悲なアナウンスが響き渡る。


「そこをなんとかぁ。開けて、あけてよぉ〜。私の人生かかってるのぉ〜」


 涙目になりながら訴えるが、やはり無駄だった。

『IDを認証できませんでした。お引き取りください』

 そうしているうちに段々と不安が怒りに変わってくる。


「おらぁ! あけろよごるぁ‼︎ こちとら魔法使いだぞぉ! キレたら魔法でこんな門、破壊しちゃうぞぉ‼︎」


『IDを認証できませんでした。お引き取りください』

「く、くそがぁ!」


 ゴンッ

 私はゲートに渾身の一発を食らわせてやった。

『…………』

 しばしの沈黙の後、

 ウーン! ウーン! ウーン!

 警報が鳴り始めた。


『警告、警告、不審者を確認。警告、警告、不審者を確認』


「あっ、ちょっ、待って。私危険な魔法使いじゃないです……。門を破壊する魔法を使えるとか嘘ですから……」


 ゲートの内側から足音が聞こえる。


「やばいっ」


 私は大急ぎでその場を離れようとしたが、既に手遅れだった。

 ガチャン 後ろの方で金属音がしたと思うと、次の瞬間、私の背中に強烈な衝撃が走った。


「ぎゃあぁ」


 あまりの痛みに思わず膝をつく。見ると、頑丈そうな鎖が巻きつけられている。


「拘束完了。これより連行する」


「いや、あの、ちょっと、違うんです。話を、話を聞いて……」


 私はずるずると引っ張られていく。


「やめて、離して、お願いだからぁ!」


 こうして私は施設の中に連れ込まれた。

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