夫婦にはいろんなカタチがあると思う。

 私の夫、依人よりひとは優しい人だ。

 私、菜摘なつみが依人を必要だと泣いた時、彼は黙って抱き締めてくれた。

 空っぽの身体を満たす依人の優しさは心地好くて、私は依人無しでは生きられないと思った。

 結婚しないか、と提案プロポーズしたのは私からだった。

 彼は優しく微笑わらった。

 それが返事だった。

 

 依人は強い人でもあった。

 結婚してからしばらくの間は、問題なく、仲睦まじい夫婦だったと思う。

 このまま私と一緒に運命に流されてくれるんだと思った。でも違った。

 彼は自分を騙さなかった。私のようには堕ちてはこなかった。

 いつからだろう。

 もう二年以上はぎこちない夫婦を続けている。

 変わらない一つの事実が私たちの間に深い隔たりを生んだ。

 夫、依人よりひとは私を愛してはいない。

 

「急に冷えたね」

 

 依人はそう呟いて、重ねた私の右手ごと、左手を自分のコートのポケットに入れた。

 暖かい。

 私は依人のポケットの中で、そっと指を絡めて握り直す。

 依人を見上げた私の目線と、私を見る依人の目線が絡み合う。

 そして、何事もなかったように、絡み合っていた目線は離れる。

 彼と私を隔てる風が、冷たく頬を撫でた。

 

 依人と初めて会ったのは、高校三年生の時だった。

 卒業前に、と告白されて初めて付き合った彼氏、広起ひろきの親友だった。

 明るい太陽みたいな広起と対照的で、でも、だからなのか、十年以上の付き合いで何でも話し合える仲というのが納得できた。

 依人は、月みたいな、静かに寄り添ってくれるひとだ。

 彼は広起をとても大切にしていたから、こんなことになるなんて思ってなかっただろう。

 元、とはいえ、親友がプロポーズした婚約者と結婚することになるなんて。

 きっと、依人は苦しんだ。

 悪いのは全部私だ。

 

 依人が私に触れる手は、結婚当初と変わらず優しい。

 愛おしそうに、まるで壊れやすい大事なもののように、私に触れる。

 気づくと、依人はいつも私を見ている。

 慈しむような、切ないようなが私を見つめている。

 ニセモノの愛でも、悲劇を忘れるに十分な多幸感に浸れた。

 それでいい、それ以上は望まない、そう思って結婚したはずだった。それなのに。

「依人が見ているのが、本当に私なら良いのに」

 いつからか、そう思っていた自分に気がついて吐きそうになった。

 弱く、狡い自分が、ただただ気持ち悪い。

 広起のことをあんなにも愛していたのに、今でもこの胸の中から広起を消せないのに、今の私は依人の愛を欲しがっている。

 私の身体を通して、妹杏希あきの面影を偲んでいる依人の愛を。

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