1122

アオイソラ

「いい夫婦の日か……」

 電光掲示板に並ぶ二つずつの1と2を見つけて、依人よりひとは呟いた。

 時計台の前は待ち合わせのカップルで溢れていた。

 日が落ちるのが早くなって、辺りはもう薄闇に包まれている。

 ここ数日で急に空気が冷たくなっていた。

 四季が豊かなこの国だったが、秋がどこかへ行ってしまった。

 依人の中を冷たい風が一条ひとすじ吹き抜ける。

 

 こんな場所で一人待つなんて、昔の依人には無理だった。

 周りの幸せそうなカップルの中、独り身は寂し過ぎる。

 親友に彼女が出来た時も、三人で会うのがキツすぎて、いつも誰かしら依人以外も呼んで貰っていた。

 だが、月日は人を大人にする。

 

(繊細で純粋だった俺も、厚顔で冷淡な男に変わった。)

 

 依人は自嘲する。

 

親友あいつが知ったら何て言うだろうか。

 何度応援されても告白する勇気はなかった。

 恋心を秘め、ただ愛しい相手を眺めていた臆病者。

 そんなお前の親友は、数年も経たずに、生涯でただ一人愛したその人とは違う女性に指輪を贈った。)

 

 誓いを立て、指輪を交換した、あの日から三年が過ぎる。

 長くは続かないんじゃないかという依人の予想は外れた。

 左手の薬指にはまった指輪を、外気で冷えた依人の右手は何気無く撫でる。

 冷えた手よりも、小雪の外気よりも、冷たく感じた。

 

(この世の中の誓いの半分ほどは、同じように冷たいんじゃないか。)

 

 そう思う依人の前に人影が立ち止まる。

 

「依人」

菜摘なつみ……」

 

 現れた待ち合わせ相手に、思わず時計の時刻を確認する。

 

「ごめんね、待った?」

「いや、全然。時間前だし。菜摘こそ、来るの早くないか? 本屋ででも時間潰そうかと迷ったけど、直に来て良かった」

「……うん。……早く会いたくて。行こう」

 

 菜摘は頬を紅潮させて依人にすり寄ると、出発を促した。

 依人は答えの代わりに菜摘の手をとって歩き出す。

 今日は、「俺の可愛い奥さん」菜摘の提案で外食をするのだ。 

 

(菜摘は彼女・・に良く似ている。

 菜摘を見る時、俺はいつも菜摘に彼女の面影を見ていた。

 菜摘が笑うと、彼女が笑っているようで胸が温かくなった。

 菜摘が嬉しそうにしていると、彼女が喜んでいるようで、俺はこの上ない幸せを感じた。

 菜摘を抱くと、その肌に触れると、心がきゅっとなった。

 俺が本当に愛する彼女、この手で触れることができない彼女がこの腕の中に、と錯覚できて。

 

 菜摘は俺の目が誰を見ているか知っている。

 俺は最低の男なのかもしれない。)

 

 歩きながら、そっと菜摘を見下ろす依人の中は、わきあがってくる感情でぐちゃぐちゃになっていた。 

 

 

 

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