第295話 逆走は危険

 朝起きて、食卓にいた母に、


「海苔が湿っけとったで」


 と言うと、


「ノリがナニ?」


 とまるで寝耳に水といった様子で聞き返された。すぐ傍に海苔の入ったプラスチックの容器があるのに何で伝わらないのだろう?

 ちなみに湿っけとったでとは地方によっては湿気ってるとか微妙な違いがあると思うが、そういう部類の聞き返し方ではないのだ。明らかに理解不能という反応である。

 

 不思議に思いながら、


「海苔が湿っけとったで」


 と、ちょっと強めに言ってみた。私は日課である仏壇への朝の挨拶を済ませて食卓に戻った。


「このノリの何がおかしいんね?」


 母はわざわざ引き出しからスティックのりを取り出してキャップを開けてしげしげと見つめていた。

 

 何? 渾身のボケだったんだろうって? そうだな、渾身の天然ボケである。私が目の前に海苔の容器を差し出すと、


「味付け海苔って言いんさいや!」


 と、まさかの逆ギレである。コミュニケーションの難しさを痛感した朝の一コマだった。


 出掛ける直前に洗口液が無くなりかけていたので、近いうちにドラッグストアに買いに行かなきゃ、と思い立った。ドラッグストアは七と八の付く日がポイント二倍なので、

 

「今日、何日?」


 と母に言うと、


「黒」


 と答えた。さっきの件があるのでとうとうおかしくなったのかと思ったら単純に九月六日だった。

 

 いつものように自転車で駅に向かっていく。途中、郵便ポストに葉書を投函して行ったのだが、しばらく逆走してしまった。

 その後、川沿いの道に出て、通常通り道路の左側に渡る。そして、いつも通る反対車線側にある脇道に入るため左右を確認して道を横断し、脇道の坂を下っていった。坂の上に警察官が立っていたが、別にやましいことはないのでそのまま坂を下りきると、そこに数人の警察官がいた。何人か高校生が止まって何やら白い紙を渡されている。止められるのかと思ったらあっさり通過できた。

 

 どうやら逆走を取り締まっていたようである。自転車は軽車両なので自動車と同じ交通ルールが適用される。なので逆走は完全な道交法違反である。駅に向かう川沿いの道路は進行方向の反対側に広い歩道があり、そこを逆走する自転車が多い。歩道が途切れてからいつも通る脇道まで二、三十メートルほどあるのだが、多くの自転車がそのまま逆走して坂を下りていくのである。

 

 かなり苦情が寄せられたのだろう。何度か警察官を見掛けた事があったが、今回は本格的に取り締まっていた。

 

 おそらく坂の上の警察官が見ていて、逆走自転車の時には無線で連絡して坂の下で違反者を取り締まるのだろう。自転車を取り締まるとはよほどの事な気がする。バイクとか車ならしょっちゅうやってるけどね。毎日のように苦情が来てたのかもしれないね。確かにあれは危ないからな。

 

 私は多少面倒だが逆走しないようにしていたので事なきを得た。捕まりたくないからというよりもあの場所を逆走するのは危険過ぎると判断したからである。実際に接触事故が起こったという話は聞いた事がないが、おそらくミラーに当たったとかそういう事故はちょこちょこ起こっていたに違いない。

 

 自転車も車両である。これからも気を引き締めて通勤しようと思う。

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