第3話 食卓

 風呂から上がり、寝間着に着替えてリビングへと向かう。

リビングに近づくたびに、麺つゆの匂いが強くなってきた。

愛莉朱が言っていた通り、俺は麺類、特にうどんが一番の好物だ。

もしこの世からうどんがなくなったら……俺はもがき苦しんで、全身血管が浮き出て死んでしまう、だろうな。

うん、多分そうだ。


「あら、2人とも上がったのね。今持ってくるから座ってて」


「「はーい」」


 俺と愛莉朱はリビングの真ん中にある大きめのテーブルのところへ行き、愛莉朱と隣り合う形で椅子に座った。

すると、愛莉朱は母さんが前にいるのにも関わらずに俺にくっついてきた。


「ど、どうしたんだ?」


「お兄ちゃん……えへへ〜」


「――――ということは、ただこうしたかったってことか」


「うん! えへへ〜」


 愛莉朱はくしゃっとした顔で笑いながら、俺の顔を見つめた。

この笑顔は本当に反則だと思う。


「俺は親がいる目の前でこれをやられるのはめちゃくちゃ恥ずかしいんだよな……」


「母さんは何も気にしないわ。わたしはあなたたちの関係のことは認めているんだから、堂々とイチャつきなさい!」


「いや、そんなニヤニヤしながら言われたら余計俺が気まずいからやめて……。ささ、早く食べようか!」


「「はいはい」」


 気を紛らせようと、俺は箸を手に取ってうどんをすすった。

愛莉朱と母さんはニヤニヤしながら俺を見て、そして、箸を手に取ってうどんを食べ始めた。

俺が気を紛らせようとしていることは、もうバレているだろう。


「本当に……大翔は良い人に出会ったわよね。わたしも玄ちゃんも愛莉朱を迎え入れて本当に良かったって思ってるんだから」


「それは俺だって感謝してるよ。愛莉朱がこの家に来てくれたから、めちゃくちゃ幸せなんだ。愛莉朱がいなかったら、一生彼女なんて出来なかっただろうしな」


 俺はそう言いながら、俺の隣でうどんをすすっている愛莉朱の頭を撫でた。

母さんも愛莉朱を見ながら微笑んで、再びうどんをすする。

 ちなみに母さんが言ってる『玄ちゃん』とは俺の父さんのことだ。

俺も幼い頃からずっと『玄ちゃん』って呼んでるし、愛莉朱もそう呼んでいる。

流石に人前では言わないけど……。

 そんな感じで、俺と愛莉朱の惚気話で盛り上がっていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。


「あらおかえりなさい。今日は早いわね」


「ただいま、今日仕事の進みが早かったから」


 スーツを着て帰ってきたのは玄ちゃんだ。

玄ちゃんはサラリーマンだが、部署をまとめる代表者という、かなり良い役職についている。

確かマネージャーみたいな役職だったかな?

正式名称は覚えてないけど。


「何だ、また今日も2人でいちゃついてたのか?」


「ニヤニヤしながら言わないでくれ玄ちゃん……。親の前でくっつかれるのは恥ずかしいって言ってるけど言うこと聞かなくてさ」


「別に良いじゃないか。俺は気にするどころか、逆に大翔と愛莉朱が早く結婚してくれねーかなって思ってるんだからな!」


「――――!? げ、玄ちゃんまでそう言うのかよ!」


「お兄ちゃん逃げ道なくなっちゃったね」


「いや、俺は……愛莉朱と結婚したいって思ってるけどな……?」


 言っちゃったよ……。

家族全員揃っている中で堂々と言っちゃったよ!

ほら、母さんも玄ちゃんもめっちゃ嬉しそうな顔してんじゃん。

愛莉朱に関しては顔真っ赤にして俺を見つめたまま固まっている。


「そ、そんなに見つめなくても……」


「ほ、本当に!?」


「えっ!? えっと……本当にそう思ってる」


「本当の本当に?」


「本当の本当だ」


 俺がそういった途端、愛莉朱はぱあっと顔を明るくする。

まじで嬉しそうな顔してる。

まじ可愛い。


「――――ってこれ何回も言ってるよな?」


「うんそうだよ。だって嬉しいんだもん!」


「はいはい、まずはご飯食べ終わってからにしてね」


 愛莉朱が俺に抱きつこうとしたところで、母さんは俺たちに注意する。

愛莉朱は頭に手を当てて、てへっと舌を少しだけ出した。

 そんな感じで、いつも通りに和気あいあいとしながら夕食を食べた。

そして、俺と愛莉朱は2階へ上がり、部屋へ向かった。


「さてっと……まだ時間あるし、何す――――!?」


 部屋に入った瞬間、背中から抱きつかれた感触がする。

目線を下に向けると、愛莉朱の細い腕が俺の体を包み込んでいた。


「あ、愛莉朱!?」


「やっと2人きりになれたね、お兄ちゃん」


 突然甘えた声で話す愛莉朱。

この声を聞いた瞬間に、俺の心拍数が急速に上がり始めた。


「あ、お兄ちゃんの心臓の音が聞こえる。そんなにドキドキしちゃってどうしたの?」


「――――」


 どうやら俺を誘ってるらしい。

わざとらしく聞いてくるところが、実に愛莉朱らしい誘い方だ。

ふん、俺はそんな誘いになんか乗らないぞ。

残念だったな愛莉朱、お兄ちゃんはそこまで単純な男ではない!


「――――!」


「ひゃっ! お、お兄ちゃん!?」


 俺は愛莉朱の方へ振り返ると、抱きかかえてベットに寝かせ、覆いかぶさるように愛莉朱を見つめた。

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