第48話 みんなには知っておいてほしいの2
もうこの家にはいられない、でも家を出たら自分の居場所がなくなる。
そんな究極の選択を求められることになってしまった渚。
精神は擦り切れ、もう限界に近づいていた。
「そこで、わたしは親がいるときだけ外に逃げ出して、真夜中に帰ってくるってやり方を始めた。わたしは合鍵は持ってたから自由に出入り出来たから、それが不幸中の幸いだったの。でもそのお陰で今まで出来なかった料理とか家事全般をこなすことが出来るようになった。そして、高校2年生になって……わたしはそうたくんと出会って話すことが出来たの。だから、あの時そうたくんに出会わなかったらどうなってたんだろうね……」
「「「「――――」」」」
「だからね、隣にいるそうたくんにはどれだけ感謝しても感謝しきれないの。しかも今まで恋というものが良く分からなかったわたしが、そうたくんを見て初めて一目惚れしてしまった人だから……」
「なぎさちゃん……」
渚は颯太を見つめ、そしてそっと微笑んだ。
颯太は彼女の過去のことは、結婚をする直前に聞いていた。
しかし、2度目だとしても心が沈んでしまうほどつらい話だ。
そんな話を、今回渚は仲が良い3人に話してくれた。
相当精神的にもきていたはずなのに、勇気を持って話してくれた彼女を称賛したい。
そう思った颯太だった。
「渚ちゃん……話してくれてありがとう。つらかったね……うぅ……」
さくらはすぐに声を出して泣き出してしまった。
渚は立ち上がり、さくらのもとまで来ると彼女をそっと抱きしめた。
そして、渚も涙を流す。
「渚ちゃんにもそんな過去があったなんて知らなかったな……。俺からも、つらい過去を話してくれてありがとな」
清太は、さくらの胸に顔を埋めたまま泣く渚に、涙を堪えながらそう言った。
渚は鼻を啜りながら、こくこくと頷いた。
全てを話し終わった安心感が彼女を包み、全く涙が止まる気配がなかった。
「なぎさちゃん、今日は気が済むまで泣いて大丈夫だからね」
「うん……ありがとう……うう、ぐす……」
渚は想像以上の過去をお持ちの少女です。
そんな中で、いつも傍にいてくれる颯太は彼女にとって失ってはいけない存在。
だからこそ、渚は颯太に尽くすお嫁さんとなったわけです。
颯太が心配になるほど彼に尽くすのは、渚が過去にこういうものを持っているからなのです。
虐待が深刻に問題になっている今日……皆さん、絶対にしないでください。
子どもの将来も、そしてあなたの将来も全部潰れてしまいますからね……。
◇◇◇
しばらくした後、渚とさくらはなんとか落ち着いた。
颯太がお菓子を持ってくると、またワイワイと楽しい会話が出てきた。
「颯太お前、もっと渚ちゃんのこと守んなきゃいけないな!」
「そうだね! だから僕はいつもなぎさちゃんの隣にいるって決めてるんだ!」
「そ、そうたくん……嬉しい!」
「わお〜、颯太イッケメーン」
渚は颯太の腕に体を預けた。
そう、彼はこれからもずっと渚の隣に居続けて守っていく、それが彼の指名なのだ!
いよっ! 颯太くんかっこいいよ!
「――――雪乃さん? どうしたの?」
「――――」
先程から、ずっと雪乃はソワソワしていた。
もじもじしながら、何かを言いたそうな様子を見せている。
「荻さん、ここは俺たちしかいない。話したいことは遠慮せずに話せば良いさ」
「うん! 僕、荻さんのこともっと知りたいな」
「わたしも!」
「わ、わたしも! 雪乃さんのこともっと知りたいしお話したい!」
「――――!」
みんなにそう言われ、驚く雪乃。
そして、メモ帳に文字を書き始めた。
『まだ話してなかったよね。わたしが何で声を出して話さないのかを』
「確かに……どうしてなの?」
渚の問いかけに、雪乃は答えを書く。
そして書き終わると、それを4人に見せた。
『実はわたし 言葉が出てこない事がある』
「言葉が出てこない……。文字は書けるけど、上手く話せないってこと?」
渚がそう言うと、雪乃はまた文章を書く。
『うん 話したい言葉は分かってるんだけど、言葉が詰まって上手く話せない『
「きつおんしょう……? 俺は初めて聞いたな。みんなは知ってるか?」
「いや、僕も初めて聞いた」
「わたしも、初めて聞いた……」
では、ここからはわたくし、ナレーションが雪乃の代わりに説明いたしましょう。
久しぶりの解説なので気合を入れてご説明します!
◇◇◇
幼い頃に出始める『発達性吃音』の場合が多く、成長とともに自然と治ることもある。
ただ、成人になっても吃音症は治らない場合もある。
雪乃は現在17歳であるが、吃音が治らず、医者からは『一生付き合っていくことになる』と言われている。
彼女も幼少期から吃音症で、上手く話すことが出来ない。
言葉が『どもって』しまうため、おかしいと思う同級生は多くいた。
特に、幼稚園や小学校は、雪乃にとって地獄のような日々を過ごした。
子供というのは純粋なもので、何かがおかしいと感じると、すぐに声に出してしまうものだ。
そして成長していくにつれて、今度は『いじめ』が始まった。
『話し方がおかしい』
『いまだに言葉を話せない、異常な女』
自分でもおかしいのは分かっている。
しかし、さらに追い討ちをかけるように飛び交う、数々の陰口。
雪乃を孤立させていった。
そしていつしか、雪乃は『喋る』ということが怖くなってしまい、段々と話さなくなっていった。
しかし、コミュニケーションは取らないといけない。
そこで、雪乃の母、由紀子はメモ帳を大量に仕入れ、それに文字を書いてコミュニケーションを取らせる方法を彼女に提案したのだ。
「なるほど、だから荻さんはこのメモ帳で自分の話したいことを書いているんだね」
雪乃はそのとおりだと、コクリと頷いた。
そう、ここにいるメンバーはほぼ全員学年トップに入るくらい頭が良い。
ちょっと難しい話をしても理解してくれるのだ。
「へぇ……。吃音症って初めて聞いた名前だけど、そういうことだったんだね」
興味深そうに雪乃の話を聞く渚。
その時、清太は何かをひらめいた顔をした。
「なあ荻さん。荻さんは、家ではちゃんと喋ってるのか?」
清太の質問に、雪乃は頷いた。
「ならさ、俺からの提案なんだけど……。俺達の前だけでも良いからさ、口でコミュニケーションを取ってみないか?」
「――――!?」
清太の提案に、雪乃は驚いた表情を見せた。
まさか、母親以外の人と口頭で会話するなんて、考えてもいなかったからだ。
ただ、彼女の表情はすぐに曇った。
そして、メモ帳に文字を綴る。
『そう言ってくれて嬉しい でも、ごめんなさい』
「やっぱり、ちょっと厳しい感じか」
『うん みんなを信用してないわけじゃないんだけど、まだトラウマが……』
「そう、か……」
清太は残念そうにした。
雪乃だって、本当はここに居るみんなと平然と話したい。
ただ、声を出すことすら恐れてしまっているため、かなり難しいことだった。
これで、みんなをガッカリさせてしまったと、表情を曇らせる雪乃。
「別に、荻さんのタイミングで良いと思う」
「――――!」
静まり返る雰囲気を変えたのは、やはりこの男、颯太だった。
颯太は、雪乃の顔をしっかりと見て話した。
「荻さん、僕たちは荻さんが変な話し方だったとしても、絶対におかしいとは思わないよ。だって、そうだったら……さくらちゃんが荻さんに話しかけるなんてこと、絶対にしないはずだから。それに……みんなは、荻さんの声聞いてみたいよね?」
「うん! もちろん聞いてみたい!」
「わ、わたしも!」
「俺だってそうだぜ!」
「――――っ!」
「わたし、雪乃さんの声聞いてみたいなぁ〜。そしたら、みんなで楽しくおしゃべりすることだって出来るもんね!」
みんなの言葉に、雪乃は目を震わせた。
自分の声を聞いてみたいなんて、人生で初めて言われた言葉だったからだ。
驚きと、あまりの嬉しさに雪乃は固まってしまった。
「まあ、まずは荻さん。渚ちゃんとさくらの女子組から慣れていくのが一番良いんじゃないか? やっぱり同じ性別の人の方が気が楽だろうし」
「うん、僕もそう思うよ」
「わたしもそう思う! ね、荻さん?」
「うっ……うわああああああん!!! ひぐっ……あああああああ!!」
「えっ!? お、荻さん!?」
「ど、どうしたの雪乃さ――――ふえぇぇん!」
「お前も泣くのかよっ!」
雪乃は突然涙が溢れ、泣き始めてしまった。
今まで苦しかったものが、一気に開放された気がした。
突然泣き始めた雪乃を、渚はすぐに彼女を抱きしめた。
さくらも雪乃につられて泣き出してしまい、彼女もまた雪乃を抱きしめた。
泣き叫んだだけだったが、彼女は初めて、家族以外の人に自分の声を出したのだった。
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