第47話 みんなには知っておいてほしいの1

 校門に近づくと、向こう側から颯太と渚の姿が見えてきた。


「おはようございます!」


「おッは!」


「清太とさくらちゃんと荻さん、おはよう!」


「おはよう」


 渚の挨拶を聞いた途端、違和感に気づく。

あの元気溌溂はつらつな彼女が、今日に限ってあまり元気がなさそうに見えたからだ。


「えっと……渚ちゃん大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 心配で仕方がないさくらは、渚に寄り添った。

渚は心配させまいと大丈夫とは言って笑顔を見せるが……どこかぎこちない笑顔だ。

雪乃も渚の顔色を伺った。


「お前……渚ちゃんの体調悪いくせに無理やり連れてきたのか……? お前鬼だな」


「違うよ! なぎさちゃんの体調は何ともないんだけど……」


「――――颯太?」


 なんだか颯太の様子もおかしい。

渚ほどではないが、少しだけ不安そうな表情を浮かべる。


「颯太お前……何か隠してる? 吐け!」


「ごめんね清太、今はそれは言えない」


「何でだ?」


「清太くん、それはわたしから話すね。みんな、今日は予定とかあるの?」


 珍しく全員の予定を聞いてくる渚に、3人は顔を合わせた。


「俺はバイトも部活もないから大丈夫だぞ」


「わ、わたしも大丈夫!」


『全然OK』


 3人の反応を見て、少しだけホッとする渚。


「じゃあ、学校が終わったらわたしたちの家に来て欲しいの。そこでみんなに話したいことがあるから」


「わ、分かった。学校が終わったら颯太たちの家に行けば良いんだな?」


「うん」


「OK」


 清太は、何故かは分からないが胸がざわついた。

いつも元気いっぱいの渚がこれだけ表情を変えているのなら、相当な問題を抱えているのかもしれないと感じざるを得なかった。

それは清太だけではなく、さくらも、そして雪乃も同じだった。


「とりあえず、学校の中入るか。そろそろ時間もあれだしな」


「そうだね」


 5人は校門を抜け、学校の玄関へと向かっていった。

渚は颯太の制服の袖を掴んだまま、不安な表情を浮かべた。

ちゃんと自ら話せるのか……心配だった。










◇◇◇










「――――」


(なぎさちゃん、大丈夫かな……)


 授業が始まっても、いつもと違う様子を見せる渚。

筆記用具はやたらと落とし、しっかりと取っているはずの彼女がぼーっとしてノートを取っていなかったり……。

颯太は渚のことを心配していた。

 渚は不安で仕方がなく、ずっとソワソワしている。

授業もなかなか集中出来ず、はっとして気づけば時間が経っている……そんな状況だ。

みんなには知ってほしい、でもしっかりと話せるのかどうか不安……双方を行き来していた。


「なぎさちゃん、大丈夫?」


「渚ちゃん、無理しないでね……」


「うん……ありがとう、みんな」


 しかし、渚の周りにはちゃんと心配してくれる4人がいる。

渚の心の中は時間が経つに連れて、完全とは言えないもの少しずつ和らいでいった。

 そして、時間はあっという間に過ぎ――――5人は一斉に颯太と渚の家へと向かった。

颯太は渚の手をしっかりと握って、彼女の不安を少しでも和らげてあげようとした。


「ちょっと待っててね」


 少し歩けば、すぐに家に到着する。

颯太は鍵を開けると、扉を開いて4人を中へ入れた。

全員が入ると、颯太は鍵を締めてリビングへと向かう。

そして、全員が大きなテーブルを囲んだ。


「――――それで、話ってのは?」


 あまりの空気の重さに、一言も話さないで終わる展開になると考えた清太が最初に口を開いた。


「その……わたし、ずっとこのことはそうたくん以外話したことがなくて……。だから、みんなにこれを話すのは初めて。今まで話したくない内容だったんだけど……そうたくんのお陰で、みんなにちゃんとわたしのこと知ってて欲しいって思って、今回集まってもらったの」


「わたしたちに、話したことがない話?」


「うん、これから話すことはわたしがそうたくんと一緒に暮らす前の話。でも話す前に1つだけ忠告しておきたいことがあるの」


「「「――――?」」」


 言う前に、渚は一呼吸入れた。

そして、隣にいる颯太の手にそっと手を置いた。

彼女の手が相当震えているのを、颯太は肌からしっかりと感じていた。


「これから話すことは、かなり生々しい話になってくる。だから、嫌だったら言って欲しい」


 渚の目元が一気に暗くなる。

それを感じ取った清太、さくら、雪乃は真剣な目つきになった。

そして、3人は顔を見合わせた後、こくりと頷いた。


「なぎさちゃん、大丈夫?」


「うん、ありがとうそうたくん。じゃあ話すね、わたしの過去のことを……」


 遂にこの時が来た。

渚の壮絶な過去を語られる瞬間が……。

 渚は颯太の手をしっかりと握ると、深呼吸を一回する。

颯太も、隣にいる彼女の手をしっかりと握った。

 そして……遂に彼女の口が開いた。


「まず最初に――――わたし、実は親から虐待を受けてたの」


「はっ!? 虐待!? 渚ちゃんの親から……?」


「うん、小さい頃はみんな仲が良くて、パパもママも大好きだった。でも、小学校に入ってから……いきなり始まったの。わたしが帰ってきた瞬間、待ち構えていたかのようにママは玄関で立ってた。そしてわたしの頭を掴んでリビングに連れて行って……いきなり殴られた」


「――――!」


「さくら、大丈夫か?」


「うん……。渚ちゃん続けて」


「う、うん。無理しないでね」


 聞いていたさくらの表情が真っ青になった。

口を両手で塞いで、怯えるように震え始める。

清太と雪乃は彼女の手を取って、少しでも安心できるようにと寄り添った。

 渚は話を続けた。


「――――でもママだけなら良かったんだけど……1週間後経ったら、今度はパパがわたしに虐待し始めた。ママと同じ暴力を振るって。休日になれば2人とも休みだから、2人同時にっていうこともあった」


「「――――!?」」


「や、やばすぎだろ……」


「わたしすごい怖くて……何とか逃げ出すことが出来たけど……もうこれ以上ここに居れないと思ったから、わたしは家を出た。これでやっと解放されるって思った。でも……小学生のわたしが夜になっても外にいたら、不審に思う人も多い。みんなもそう思うでしょ? 夜になっても、ランドセルを背負った小学生がうろうろしてたら……」


「――――確かにそうかも。わたしだったら、何でこんな時間に小さい女の子が……ってなっちゃうもん」


「――――」


 さくらの考えに、雪乃も同意見だと頷く。


「そうだよね、それが普通だと思う。だから、優しい人がわたしを近くにある交番まで連れてってくれて、警察に引き取ってもらった。何でこんな時間にいるのかとか色々聞かされて……。でも、一時的に保護はされても結局はもとの場所に戻ることになった。それからがもっと酷かった」


「えっ……それ以上のことが、まだある、の……?」


「「――――!?」」 


 さくらは驚いた表情で、しかし怯えた表情を見せた。

それは颯太以外の残り2人も同じ表情だ。


「うん……そうなの……。しばらく経ったら、人の体って成長していくにつれて大人に近づいていくでしょ? だから、中学2年生あたりから暴力だけじゃなくて……パパはわたしの体まで求めてくるようになった」


「「――――っ!?」」


「なんつぅ親だよ! 自分の子どもだって分かってるのか!?」


 父親が自分の子どもの体を求めてくるなんて、誰もが想像していなかった。

さくらと雪乃の女子組は、さっと顔を青くする。

 それに対し、清太は苛つき始めていた。

親としてあるまじき行動があまりにも多すぎるからだ。


「男の人だからかもしれないけどね……。もちろんすごい怖かった。胸を揉まれたりして、色んなところをまさぐられた」


「ひ、ひどい……」


『その……。そういうことされたとか……』


 雪乃は震えた手で書いたメモ帳を見せた。

それを見た渚は、首を横に振った。


「それはされなかった。わたしが先に逃げ出したからね。でも、あと一歩わたしの行動が遅かったら……そうだったかもね」

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