どうして龍は死んだのか?
加賀山かがり
セレモニー
その日その光景に日本中が注目していた。
テレビで生中継が流れることに加えて、各種SNSや動画投稿サイト、生配信サイトなどでも多くの視聴者を集めている。
事前にアナウンスされている内容としては二段構成で、現在はその第一部が丁度終わったところ。
一体何がそれほどまでに人々の琴線に触れたのか?
龍。
世界で初めて現代に生きる龍に対して人と同等の権利が与えられる都市が日本国内に生まれることになる。
その都市のオープニングセレモニーが大々的に開かれている。だから人々はこぞってその中継に注目していた。
つまり龍という存在が現実に生きているということが公に認められる日がやってきたという訳だ。
元々人々の認識においては龍の実在は疑われていなかった。
想像上の生き物であると一笑に付すことが出来ないほどに、龍という存在の残す痕跡は大きかった。
だけれど、だからといって人々が生きる共同体の中に意思疎通の出来る龍という存在を組み込むことは難しかった。国家の成立に対して龍の存在を織り込むことが出来なかったのだ。
だから今現在国家として成立しているほとんどの国は龍という存在を完全に無視した法を作り上げて、運用されている。
それでも、世界に龍が実在していることには変わりはない。
だが、法治国家という共同体が台頭し長く続いていくことによって次第に人々の意識の中から龍という人ならざるモノたちの存在感が希薄化されてしまっていたのもまた一つの事実。
人権という人を守るために唱えられた概念が結果的に人ならざる知性あるモノの存在を覆い隠してしまうという結果を作り出してしまったと言える。
だからその部分に再度目を向け、きちんと法の内側に治め直すという行為には大きな、そうとても大きなうねりが必要だった。
いくつかの研究や実証実験、それから複数の龍との対話。
龍が人にとって必ずしも危険な存在ではないということが世論に伝番されるのには十数年という時間が必要だった。
そんな多くのモノたちが関わった龍が人と同じ権利を持てる都市という夢の結実。
人ならざる知性持つモノの権利が保障される特別行政区の誕生。
それがこの中継に注目が集まっている理由の大きな部分の一つ。
ただもう一つ大きな理由は存在している。
現在、世界で唯一の「アイドルを自称する
龍に人と同等の権利が与えられる特別行政区の誕生を祝して、龍人のアイドルである
特区の成立と龍のアイドルの初の大舞台という二つの出来事が重なることで、世間の注目度は一気に跳ねあがった。
『みんなー!! 聞こえてるぅー?』
モニターに映し出された全体的に青っぽい印象の女の子が楽し気に会場に押し寄せる観客たちへと声をかけていた。
艶やかな青い髪と切れ長の青い瞳、健康的な印象になるようにつけられた明るいチークと薄口のルージュ。露出少なめなブレザーの構造を踏襲し、色彩豊かな青で色調が統一されたフリル満載の上衣。膝上一五センチ丈の派手な青いチェック柄のプリーツスカートは下に履き込んだパニエによってふんわりと見栄えよく広がっている。
そして何より特徴的なのは額からにゅぅっと生えた硬質そうな紺色の二つの角と、スカートとパニエを貫通するように伸びている青い鱗を纏った尻尾。
角はともかく尻尾はビタンビタンと彼女の体の動きに合わせて自然に動くし、時折尻尾に体重を預けてぴよんと跳ねたりする。
当然ながらその動きに不自然さなどは存在しない。
大きく手を振る動作にも、手を振る動きに重心が引っ張られて頭に着いた角に重心がやや引っ張られるような動きにも、太くしなやかな尻尾を使って独特なバランス調整をする動きにも一貫した重心が見て取れる。
作り物ではありえない自然さで彼女はその場に立っている。
だから誰も彼女の龍としての本当の姿を見たことが無かったとしても、彼女が龍であるということに疑いを持たない。
いや違う、有無を言わさぬ実在感が疑うことを許さないのだ。
『今日は私のファーストライブに来てくれてありがとー!! それから龍生特区のセレモニーを盛り上げてくれて、注目してくれてありがとー!! 早速一曲目、行きたいと思いますっ!!』
始まった歌には圧倒的な歌唱力があるわけではなかった。むしろややたどたどしさを感じられるような出来であるとさえ言えるかもしれない。
それでも、彼女の声はまっすぐに人の心に突き刺さる。
現地の人に、中継を見ている人に、生配信を見ている人に、ラジオで音だけを聞いている人に。
単に歌の力と一括りにするには憚られるような強い強い実在感。そういう単純な歌唱力とは一線を画す何かが
あるいは、龍という生き物のありようそのものが人に強い感情を抱かせるのか。
『さぁみんなー!! もっともっと、あげてイコー!! 登り龍だよ。みんなの声が、空に届いて、それで空から私が降ってくるよぉー!!』
沸き上がる歓声。
その場にいない人たちにも、現地の熱気が伝番しているのではないかと思うほどのパッションが会場中に渦巻いていた。
その熱気の高まりに吊り上げられるように
元より彼女は龍だ。普通の人間とは比較にならないほどのハイスペックな身体能力を持っている。
何気ないただの跳躍だけでがっつり二メートルは飛び上がるし、すぅっと大きく息を吸い込んで声を響かせればマイクを通さずとも会場の端から端まで不足なく響き渡らせることも出来る。
もちろん身体能力が高いこととダンスが上手い事は簡単に接続できることはない。だけれど、こと派手さにおいてはしなやな尻尾の動きや頭部から生えた角の大きさもあいまって、長年の研鑽を積み上げてきたプロのダンサーたちをいとも簡単に上回ることが出来ている。
多くの人たちの心に届くパフォーマンスで観客を湧かせられているということは龍生特区のオープニングセレモニーの出しものとしては満開二重丸と言っていい。
しいてケチをつけるところがあるとするならば、それだけのハイパフォーマンスで人々を熱狂させられたというのにライブの物販やら何やらがあまり充実していない事くらいだろう。
ただそれは行政側の想定していた注目度を
『さー!! 最後の一曲いっくよー!!』
ステージ中央に戻った
そんな瞬間の出来事だった。
最前列にいた青いキャスケットに派手なオレンジのブルゾンを合わせた何者かが侵入防止用の柵を飛び越えてドラゴンアイドルの前へと躍り出した。
その突然の行動に即応出来た人間はいなかった。本来即応できなければいけないはずの警備員たちまでもが彼女のステージから溢れる熱狂に中てられてしまっていたから。
ただそこを加味したとしても、警備員たちの動きは早かったと言っていい。
けれど、突如アイドルの眼前に躍り出た何者かの動きの方が迷いなく迅速だった。
呆気にとられながらも会場全体の雰囲気はどこかあっけらかんとしていた。
何故ならば、
故にもし何かをされたとしても、彼女ならば大丈夫であろうという妙な楽観さがそういう空気を作り出しているの原因なのかもしれない。
例え急に組み伏せられたとしてもあの自前の太くしなやかな尻尾で吹き飛ばされるか、頭からにょきりと生えている二つの角で追い払われるかするだろうと。
だけれど、そんな楽観はダッという音と共に、呆気なく、本当に呆気なく、打ち砕かれる。
劇的な音はしなかった。
息を吸って軽く吐きだす程度の一呼吸の間で、青いキャスケットを目深に被った何者かが彼女の懐まで潜り込む。
ただ、サクリと生魚を包丁で捌くときのような刃音が鳴った。
会場にいた観客のほとんどにその音は聞こえなかった。
それと同時にぐわりと地面が揺れた。
局地的な地震。後から発表された最大震度は四。ステージに乗りあがって駆け付けようとした警備員たちの足が瞬間的にもつれてしまうには十分な揺れ。
後退った龍に何者かは軽くよろめきながらも再度つめ寄る。
今度はざくりとやや硬質混じりな音が響いた。刃筋が骨をひっかけたのだろうか。
二度目の刺突の後、瞬間時間が止まったような錯覚があった。
少し遅れて
ボタボタと血糊がステージ中央に音を立ててこぼれた。
そこで初めて怒号が取んだ。
その怒号とほぼ同時にもう
『みんなー? 慌てず、騒がず、会場警備の人達に従ってねー!!』
マイクを握った龍は声の震えを無理やりに抑えてそう言って、仰向けにばたりと倒れ込む。
そこでありとあらゆる全ての中継が遮断された。
テレビではチューリップ園の映像と共に『少々お待ちください』というテロップが流れ、インターネットの各種配信サイトはサムネ画像に『しばらくお待ちください』というテロップが流される。
あまりにも堂々とした惨劇に際し、対応は早かったと言える。
前代未聞だった。
混乱期の時の為政者が演説中に暗殺されるというのならば、理解も出来よう。
しかし、
もし仮に彼女が殺されてしかるべきほどに恨みを買っていたのだとしても、こんな形で刺される謂れはないはずだ。
ましてやこのステージは世界で初の『龍が人と同じ権利』を得て生きることが出来る都市の誕生を祝して行われたモノなのだ。
だからもしかすればある種の踏み躙りであったのかもしれない。しかし仮にそうであったのならば、きっと矛先を間違えてしまっているとしか言いようがない。
ともかく、ともかくだ。
この一件は「血の龍生ライブ」として多くの人々の記憶に、記録に残ることになる。
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