第16話 書庫

 王都の書庫は見るだけで目が回りそうなくらい本の量が豊富だ。

 全部を読もうとしたら、百人くらい分身を作ってずっと読書に没頭していないと読み切れないだろう。

 もちろん、分身なんてできないが。


「えぇと、前に読んでいる途中でフリンデルに奪われた小説は……」

「いやいや、その前に聖女についてもっと詳しく……」

「んんんん! 探偵的な本の方が優先か……」


 だめだ。

 こんなに多いと優柔不断になってしまい、どれから手をつけて良いのかわからない。

 今までは命令されて従って生きてきただけなので、自分で判断することが苦手だ。

 それでもがむしゃらに、ひととおり本を探していた最中、今まで私一人だった書庫に突然人の声が聞こえてきた。


「ここにいたのか」

「ひゃぁぁぁああああ!!!」


 ビビリな私は、声を聞いた瞬間とんでもない悲鳴をあげてしまった。

 私が持っていた本だけは、なんとか落とさずに済んだが、身体中が震えてしまっている。


「すまない。私だ」

「ジュエル殿下でしたか……すみません」

「ずいぶんと沢山の本を選んだな」

「はい、読んでみたい本と調べておきたい本はひととおり見つけたので」

「無理はするでないぞ?」


 その時のジュエル殿下は恐ろしいイメージとは真逆で、とても優しい王子様のように見えた。


「ありがとうございます。ところで、ジュエル殿下はなぜここに?」

「う! それを聞くでない!」

「も、申し訳ありません……」

「いや、すまない。別に怒っているわけではないのだ。ただ……その、少しアイリスと話をしようかと……」

「はい。承知しました」


 何故かジュエル殿下はよそよそしい態度をしている。

 小説とかだったらこういった場合、好きになった女の子に猛烈アピールしてハッピーエンドになるのだろうが、現実はそう甘くない。


 私は家から追放された貧乏な女で、相手は王子だ。

 ここまで身分が違えば、そんなことはありえないと最初からわかっているので、私も割り切って話をすることができる。

 ジュエル殿下はカッコいいとは思うけれど、私にとっては雲を掴むような存在で、結ばれることはまずない。


「父上は、ローゼン家の者たちが火事で亡くなってしまったことに関しては、当時とてもショックを受けておられた」

「そうだったんですか。私は当時の記憶がほとんど残っていないので……」


「そうか。焼け跡の中から無傷の少女が現れたことは、当時ニュースになったほどだった」

「それが私なのですよね。でも、全く記憶がないもので……。気がついたときには既にクリヴァイム家に引き取られた後でした」


 正確には、私の記憶はクリヴァイム家で過ごしていたことしかなくて、実の家族との記憶はほとんどない。

 火事のときに死にそうになったときの痛みだけは記憶の中に残っているだけだ。


「よほど辛い思いをして記憶が飛んでしまったのか。その過去の記憶も聖なる力で戻せないのだろうか?」

「聖女で何ができるのか、具体的に知りませんからね……。今それを調べようかと思っていたところなんですよ」


「よし、ならば私も一緒に手伝おう」

「え!? 良いのですか?」

「問題ない。それとも私が一緒では邪魔か!?」

「ひいっ! そんなことは決してございません!! むしろいてください!!」

「う、うむ」


 無意識のうちに私はジュエル殿下にお願いをしてしまった。

 こんなことをクリヴァイム家でやっていたら、義父様のビンタが私に飛んでいただろうな……。

 なんとなく、ジュエル殿下のことを少しずつ安心できる人だと思うようになってきたのかもしれない。

 だが、私が王子相手にお願いをしてしまうなんて……、次からは気をつけよう。


 二人それぞれ、本を読み漁っていく。

 読書好きの私にとっては、こんなにも有意義な時間を過ごせるなんて幸せで仕方がなかった。


「アイリスよ、聖なる加護というのは必ずしもプラスになるような力でなくとも、むしろ酷い目にあいような加護にするよう調整はできるのか?」

「わかりません。何しろ、聖女というものをわかっていないので……」


「先ほど雨を降らせたり兄上の昏睡を救ってくれた。つまり、言ってしまえばアイリスが願ったことがなんでも叶うと捉えればいいのかと思ったのだ。この聖女関連の本にも聖女が願ったことが事実としておとずれると記載されている」


 だとしたらとんでもない力だな……。

 もしも私が「大金が欲しい」などと欲望のままに願ったら目の前に金貨が出てくるのだろうか。


 いや、そんなことはしないけれど。

 金貨は無理でも、高価な金類や砂糖、そういった類いのものも出せてしまったら少しこわい。

 聖女だということは王子や陛下以外には知られない方が良さそうだ。


「でもどうして何か困るような加護を求めるのですか?」

「いや……実はな……、もしもアイリスが私の言ったとおりの力を発動してくれさえすれば、たやすく兄上に毒を盛った犯人が見つけられると思ったまでで」

「そうですか。ならばその願う内容を教えていただけませんか? やってみます!」


 私はここに来てから自分で何かをやってみようと、むしろ自分でやってみたいという気持ちが強くなってきている気がする。

 ジュエル殿下たちと出逢えたおかげで、私自身も変わってきたのかもしれない。


「兄上を昏睡状態に陥れた犯人と関係者に対してな──」

「正気ですか!?」


 あまりにも内容が酷すぎて、変な声まで出てしまった。

 ジュエル殿下が恐ろしいと噂されていたのって、むしろこういう発想の恐さなのかもしれない……。


「あぁ。もちろんアイリスがよければの話だが」


 これは悩むなぁ……。

 いくら聖なる力を出せるかもしれないと言っても、このような加護……いや、完全に嫌がらせだと思うけれど、こんなことしたら犯人さんが。

 いやいや、王族を殺そうとしたくらいなのだからそれくらいの報いはあっても良いのかもしれない。


「やってみますか。私もこの本を読んだことで、試してみたいこともあるので」

「ほう。私は明日直接見届けさせてもらうとしよう」


 せっかく王宮で良い待遇を経験させていただいたんだ。

 せめて、陛下や殿下たちが喜びそうなことをしてみたいと思った。


 明日、早速やってみようと思う。

 その前に今日はもう寝ようか。

 本当に色々とありすぎて睡魔が急に襲ってきてしまった。


「では明日。今日はありがとうございました」

「部屋まで送ろう」


 部屋に戻ったら、ベッドの上で泥のように寝てしまった。

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