だから私達は百合になれない ~幼馴染の場合~

@Shirayuki2021

だから私達は百合になれない


 薄いカーテンの向こう側がほんのりと明るく色づき始める。透過してきた淡い朝日が、疲れ果ててブラを着けることすら忘れてベッドに倒れ込んだままの私達のシルエットをくっきりと映し出す。


 さっきまでの乱れていた呼吸と心臓の鼓動はだんだんと落ち着いてきていた。そこで、ようやく私の思考は回り始める。


 ―――もう朝、か。ってことは、私達、朝まであんなことしてたんだ。


 そう自覚した瞬間、なんともいえない虚無感が私のことを襲ってくる。こんな気持ちになることは最初から分かっていた。それが、根本的には何の解決にもならないし、お互いに傷つくだけだって言うことも。分かっていながらもつい、私は目の前の自分の快楽を優先してしまった。


「起きてる?」


 私よりも一足早く、素肌の上からYシャツを羽織った彼女が聞いて来る。そんな彼女の虚空を見つめるような瞳に、今の私も同じような目をしているんだろうな、なんて思ってしまった。


「少しは気分が楽になった?」


 つい口から洩れ出てしまった疑問。その答えは聞くまでもなくわかっていたのに。


「わからない。体はじんじんと熱いけれど、心には空虚が残ったままなんだもん」


 その言葉は驚くくらいストンと、私の胸に落ちてくる。その気持ちは、今の私と同じだから。でも、それは今の私じゃ彼女の欠けた心のピースを埋められないことを自他ともに認めたのも同じ。そう思うと、やるせない気持ちで心がいっぱいになる。


「――ねえ。あたしたち、いっそのことほんとにつきあっ」


 投げやりな調子で言う彼女の口元に私は人差し指を押し当てて黙らせる。


「それはできないよ。何処まで行っても私達は■■。それに、好きな人に気に入ってもらうためにいろいろな代償を払ってあなたは今のあなたになったんでしょ。私はあなたの努力と覚悟を知ってる。だからこそ、ここで■■の頑張りを無駄になんてしたくない」


「あはは、■■は厳しいなぁ」


 自嘲するような笑みを浮かべる彼女。


「でも、そういう約束だったもんね。うじうじするのは今日で終わり。明日からはいつでも明るい、誰からも愛されるクラスのトップカーストに戻るって」


「その意気だよ。だって、私は努力によって変わったあなたが大好きなんだもの。きらきらしていて」


「それは恋愛対象として?」


「もちろん■■として」


 再び自嘲気味に笑う彼女。そんな彼女を見ながら、私は改めて安易なことを引き受けてしまった十数時間前の自分を呪う。


 ―――もうこんな彼女は見たくないよ。だから神様。どうかこの子に、この子のことを心の底から愛してくれる素敵な人と早く巡り合わせてやってください。

 私はそう、内心で祈っていた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 わたし・有明こころにも彼女ができました――。



 この国では女の子同士でお付き合いするのが当たり前で、中学生になるとみんな彼女と付き合い始める。当然、友達やクラスメイトもどんどん彼女を作っていった。

そんな友達の様子を、わたしはどこか自分とは縁遠い存在だと思いながら見ていた。だってわたしは必死になってやっとクラスカーストの中で二軍の下に追いつけてるような女の子。恋愛感情なんて抱いている余裕なんてなかったし、彼女が欲しいとも必要だとも思ってなかった。


でも――。


 高校二年生に進級したわたしは運命の相手に出会った。

彼女の名前は黄昏由芽さん。いつでも明るくて、みんなの中心にいる人気者。そんなクラスのトップカーストに、私は身の程知らずにも特別な感情を抱いちゃった。

彼女に出会った瞬間から、わたしの中でこれまで自分の抱いたことのないような感情が湧いてきた。由芽さんのことを見ると周りの他のことなんか視界に入らなくなって、胸が凄く苦しくなる。目が合いそうになるとつい視線を逸らしてしまうけれど、視線を逸らすたびに、あの透き通った青い瞳でわたしのことだけを見つめてほしいと思ってしまう。


「こころ、さては恋に落ちてるね」


 幼馴染のまひるに指摘されてから、わたしはようやくそれが”恋愛感情”なんだ、って気づいた。


「ほんとにその気があるなら告白してみれば?」


「で、でも、わたしと由芽さんじゃ絶対釣り合わないし、由芽さんみたいな人だったら絶対彼女いるし……」


「それが意外なことに由芽さんってこれまで誰とも付き合ったことがないんだって。案外こころみたいな何のとりえもない陰キャならいけるんじゃない?」


「何のとりえもない陰キャは余計だよぉ!」


 まひるにそうやってからかわれたのが悔しくて、わたしはその場の勢いで由芽さんを放課後の校舎裏に呼び出すお手紙をしたため、由芽さんの机の中に入れちゃった。


 手紙を出してしまってから。ようやく冷静になったわたしは手紙を出したことを後悔していた。自分の署名もしちゃったから、他人の振りもできない。


 授業中。ずっと由芽さんのことを見ていると、手紙に気付いたらしい由芽さんは最初驚いたようにわたしのお手紙をひっくり返したりしながら見ていた。でも、暫くしてわたしのほうを振り返り、天使のような微笑をたたえつつ先生にバレないように軽く手を振ってくる。


 いつもなら昇天しそうなほど幸せな気持ちになるのに、この時は別の意味で昇天しそうになった。

 ……もう逃げられない。




「で、話したいことって何かな」


 その日の放課後。お手紙の通り一人で校舎裏に来てくれた由芽さんは少しだけそわそわしていた。


「そ、その、……わたし、由芽さんのことが好きです!付き合ってください!」


 何の衒いもないド直球の告白。その言葉を言うだけで限界だった。言い終わらないうちにわたしは地面に視線を落としちゃう。


 由芽さんの反応が怖かった。由芽さんとの今の、たいした関係じゃないながらも一応「フツーのクラスメイト」としての関係が崩れるのが怖い。だから、わたしがなかなか顔を上げられないでいると。


 急に由芽さんはしゃくりあげ始めて、わたしは慌てて顔を上げる。


「そ、そうですよね。わたしなんかに告白されたら、泣いちゃうくらいイヤですよね……」


 予想とは違う反応にわたしがおろおろしていると、由芽さんは首がはずれるんじゃないかってくらいぶるんぶるんと首を横に振る。


「うんうん、そう言うんじゃないの。あたし、誰かから告白されたことが初めてで。自分から告白しても『由芽ってなんとなく彼女にするって感じじゃなくて、にぎやかな友達って感じなんだよね』ってずっと断られ続けて。だから、あたしのことを『恋人として好き』って言ってくれるのが嬉しくって」


予想もしてなかった由芽さんの言葉にわたしは唖然としちゃう。


「だからこころちゃん。こころちゃんは―――本当にあたしでいいの?『友達』『クラスメイト』としてのあたしじゃなくて、『恋人』としてのあたしを求めてくれるの?」


 頬に涙の痕が残ったまま由芽さんは必死な表情で尋ねてくる。まさかわたしの側がこんなこと聞かれるなんて思わなかったから、少し自分の決意が揺れちゃう。だって、わたしはこれが初恋で、自分の抱いている感情が恋愛感情かすら自信がないから。でも。


 『友達』や『クラスメイト』という言葉の響きはわたしが求めているのとは違う、ということだけは直感的に分かった。その関係性じゃ、どこか物足りない。多分、わたしは『特別』『唯一無二』がほしい。だから。


 わたしは小さく微笑んで大きくうなづいた。


 そしてその日。わたしと由芽さんは恋人同士になったのでした。

 



「で、由芽さんとはどこまで進んだのよ?接吻?それとももう行為まで及んじゃった?」

 

 告白したあの日以来。まひるはなにかにつけてわたし達の関係について聞いて来る。わたしの背中を押してくれたのはまひるだし、まひるもまひるなりになかなか彼女のできないわたしのことを心配してくれていたことは知ってるからそのことは感謝してるんだけどさ。それにしても最近はちょっぴりウザい。


 わたしは深くため息をつく。


「まひるの頭の中と違ってわたしと由芽さんの関係は健全なの。それに、まだ付き合ってから三日しか経ってないんだよ?せいぜい手を繋いで一緒に帰るくらいなんだから」


 口にするだけで顔が少し火照ってきた。そうだ、わたしって好きな人と手を繋げたんだよね。今でも信じられない。


 でもまひるの反応はわたしとは違うみたい。残念なもので見るような憐みの目でわたしのことを見てくる。


「それって彼女なの?友達でもするくない?やっぱり由芽さんと付き合い出せたって言うのはこころの勘違いで、単にリップサービスだったんじゃないの?」



「そんなこと、そんなこと……」

 言い返そうと思うけど段々と自信が無くなってくる。

 と、その時。

「ねえこころちゃん」

 天使のような声音に気付いて振り向くと、そこには由芽さんが立っていた。

「もし時間があるなら今日の放課後、うちに来ない?ほら、あたし達彼女同士になったんだし、その……紹介したい人がいるんだ」

 一瞬嬉しさで飛び上がりそうになった。彼女の家に行くなんて恋人同士にしてはビックイベントすぎる。何より由芽さんからわたしのことを「恋人」と言ってくれたのが、自信を失いかけていた今のわたしにとって何よりの薬だった。

 でもぎりぎりのところでわたしは飛び上がるのを思いとどまった。それはあることに引っかかったから。


 紹介したい人って……それってご両親に挨拶ってコト?そ、それはちょっと性急すぎない?


 そう尋ねようとした時には


「じゃ、また放課後ね」


とだけ言い残して、由芽さんはそそくさと自分のグループに帰っていく。


 そんなわたしを見て、まひるがわたしの肩をぽん、と叩いてくる。

「まあ、頑張れ」

「頑張れって……他人事だと思ってぇ!」



 それから覚悟の固まらないまま迎えた放課後。


 緊張した面持ちで由芽さんの隣を歩いていると由芽さんは微笑みながら話しかけてくれる。


「そんな固くならなくてもいいのに。ただ彼女のお家に行くだよ?」


「で、でも彼女のお家ってちょっと緊張しますよぉ」


 わたしに言われて考え込む由芽さん。そんな姿も絵になるなぁ、と見惚れてると緊張が少し和らいだ。そして舌を出す由芽さん。


「確かに。あたしも逆の立場だったら緊張するかも」


 その返しがおかしくてわたしはつい吹き出してしまう。


「でもまあ今日は親がいるわけじゃないし、ほんとに肩の力を抜いて欲しいな」

「えっ、今日って親御さんに対する挨拶じゃないの?じゃああって欲しい人って、一体……」

 すると由芽さんはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「それは会ってからのお楽しみ」



 由芽さんのお家は閑静な住宅街にある一戸建てだった。

 家に着くなり由芽さんはまっすぐ自分の部屋へと案内してくれる。


 彼女の部屋、か。そう意識するとさっきまで感じていた緊張が再び蘇ってくる。でも部屋の扉を開けた瞬間に目に飛び込んできた光景を目にした途端。そんな緊張感場一瞬にしてどこかへ行ってしまった。


だって、そこには見慣れないセーラー服に身を包んだ見覚えのない女が我が物顔をしてお茶を淹れていたのだから。


そんなわたしの心境を知ってか知らずか、セーラー服の少女は由芽さんの顔を見た途端、ぷくっと頬を膨らませる。


「もう由芽ったら。客人にお客さんをもてなす準備をさせて」


「えー、でもほのかってお客さんっていうイメージないじゃん?」


「そんな悪い子にはこうしてやらないと」


 そう言ったかと思うとセーラー服の少女はあろうことか由芽さんの唇を奪った。その動作があまりにも自然すぎて、わたしは一瞬何が起こったのか認識できなかった。途端にほんのりと赤くなる由芽さんの頬。でもその表情はまんざらでもなかった。


「って、由芽はこういうの好きだからお仕置きにならないか。まあいいや」


 ため息交じりにそう言ったセーラー服の少女はこれまた自然に由芽さんと腕を絡ませ、ぴったりと密着する。それを由芽さんも振りほどこうとはしなかった。


 嫌な汗が噴き出し、心臓の鼓動が早くなる。


 ……わたしは一体何を見せられてるの?由芽さんの彼女ってわたしだよね?でも、わたしって由芽さんとまだ手を繋いで一緒に帰ったことぐらいしかないよ。わたしだって、まだそんなことしてないよ?


「それって彼女なの?友達でもするくない?」


 頭の中にまひるの言葉が響き渡る。


 ―――まさか、由芽さんはわたしのことを本当に『恋人』として見てくれてない?


 そんな考えが浮かんできて、わたしは泣き出しそうになる。でも、スカートの裾をぎゅっと掴んで堪える。泣くなんてそんなの……自分の負けを認めるみたいじゃん。


「この人、一体誰なんですか?」


「あー、こいつはあたしの幼馴染で」


「常闇ほのかです。よろしく」


 わたしの心の中なんか露知らず、平然とした様子で答える由芽さんとほのかさん。そんな二人に、わたしの必死に抑えていた感情はもう限界だった。


「それが幼馴染の距離感であってたまるかぁ!」


 静謐な住宅街にわたしの嗚咽交じりの叫び声が響き渡った。




「で、本当にほのかさんは由芽さんの元カノとかじゃないんですね?」


「ちがうちがう。と、いうか由芽はこれまでにちゃんと付き合えたことなんてないからね」


 数分後。ようやく落ち着いたわたしはほのかさんと由芽さんの関係について説明を受けていた。もちろんほのかさんと由芽さんはくっつきすぎだというわたしの意見を押し通して絡ませていた腕は離してもらっている。


「二人の感覚だと、幼馴染は何処までのスキンシップまで許せるんですか?わたしにだって親友はいますけど、キスはもうアウトだと思うんですけど」


 私の問いにほのかさんは「何を言っているかよくわからない」と言った風に首を傾げる。


「うーん、別にボーダーはないかな。これまでお互いに彼女もいなかったし」


「ご、ごめんね。これまでお付き合いしたことがなくてそういう所に気が回らなくて……。彼女の前でするようなことじゃなかったよね。気分を悪くさせちゃったよね?」


 申し訳なさそうに言う由芽さん。その答えにわたしは頭を抱えたくなる。彼女がいないところでも、他の女とそういうことをするのは控えてもらいたい。じゃないと、心配で夜も眠れない。


「気分を悪くしたっていうか……不安になっちゃったんです。由芽さんはわたしのこと、本当に好きで付き合ってくれているのか。わたしより常闇さんの方が大事なんじゃないかって……」


 違う、って断言してほしかった。でも由芽さんは


「そ、そんなこと……」


と言葉を濁して視線を揺らすばかり。そんな風にされると、不安はどんどん大きくなるばかり。


 ―――考えてみると、わたしは告白したあの日の最後。「恋人になりたい」って断言できなかった。ただでさえお互いのことを何も知らないところから始まったわたし達だもん。わたし達は、いつの時点でも付き合ってなんかいなかったのかも。


 そうわたしが沈み込んでいると。


 常闇さんはパンッ、と手を叩く。


「話を聞いた限り、あなた達ってロクに互いのこと知らずに付き合ったみたいじゃん?じゃあ、次の日曜日にデートをするっていうのはどうかな。デートプランは有明さんが由芽の喜ぶようなものを考えて、由芽の方からも有明さんのことを好きになってもらうことを目指す」


「わ、わたしがですか?」


「そ。だって告白したのは君の方からなんでしょ。なら、自分を好きになってもらう努力をしなくちゃ」


 確かにそれは正論かもしれない。でも……。


「も、もし由芽さんに好きになってもらえなかったら……?」


 恐る恐る尋ねると常闇さんは眉一つ動かさずに言う。


「別にどうもしないよ。私が由芽のことをとろうなんて言う気もない。ただ、少なくとも二人は互いのことをもっと知っておいた方がいいと思うんだ」


 そうして、突如わたしと由芽さんの初デートが決まったのでした。




 と、意気込んだのはいいものの……。


「まひるぅ、彼女を絶対に堕とすデートプランってどうしたらいいの?」

 翌日の放課後。死の図書館で旅行雑誌を広げながらも、わたしはまひるに泣きついていた。


「そんなの私も知らないわよ。それに、今回はあなた自身で決めた方がいいんじゃないの?話聞いた感じ、幼馴染さんからの試験みたいなものみたいだし」

「そんな。まひるのケチ……」


「まったくだらしないわね」


 聞き覚えのある声に振り返るとそこには


「と、常闇さん……」


「何?いちゃ悪い?」


「そんなことはないですけど、どうしてここに?」


「たまたま、と言いたいけれど本当は違うわ。あなたとは二人きりで話したいことがあったの。――図書館の野外閲覧室まで来てくれない?」


 まひるの方に目配せするとまひるはサムズアップしてきた。行って来い、ってことみたい。




 平日の、しかも日が傾き始めた野外閲覧室にはわたし達以外誰もいなかった。それを確認してから常闇さんは口を開く。

「あなた、由芽のどこが好きなの?」


 好きになった人のどこが好きか。改めて聞かれると照れちゃう。


 一言でいうならば一目ぼれ、の部類に入るんだと思う。でも改めて考えてみるとそれだけじゃない。


「わたし、実は陰キャでコミュ障で、学校でも無理してようやくスクールカーストの二群にギリギリ追い付いているような人間なんです。でも、やっぱりトップカーストへの憧れはあって。だから、由芽さんを最初に見た時、「これだ!」って思ったんですよね。


でも――こういうことを言うと怒られちゃうかもしれないけれど、由芽さんはどこか自分と同じ雰囲気を感じて。そんな由芽さんに励まされた気がして、由芽さんに勝手に希望を抱いて、尊敬して、気づいたら好きになっていた。口に出してみると薄っぺらいですよね」


 あはははは、と自嘲してみるけれど常闇さんは笑ったりしなかった。


「似た者同士だと気づくのか」


 独り言のようにそう呟いたかと思うと


「由芽ってね、中学校に上がるまではああいうキャラじゃなかったんだ」


と話はじめた。


「成績もスポーツもそこまでできる方じゃなかった。人づきあいも得意じゃなくて。でも、中学三年の時に彼女は出会っちゃったの、憧れの先輩に。彼女は勉強もスポーツもできる優等生で学校の中でもトップカーストに君臨する女王様だった。それが、由芽にとっての初恋だったの。最初に先輩を目にした時の興奮したような由芽の様子、今でも覚えているな」


 過去を懐かしむように目を細める常闇さん。


「それからの由芽は凄かったよ。先輩と同じ偏差値の高い高校に入学して、先輩に近づくために、高校デビューをするために必死に努力して、由芽は遂に学年でも有名な優等生に上り詰めたの。そこまで辿り着いてから由芽は先輩に告白したわ。その結果はどうだったと思う?」


「フラれた……?」


「うん。その時の理由は」


「後輩としては好きだけど、彼女っていう気がしない」


 由芽さん自身から聞いた言葉が自然と口をついて出てくる。そんなわたしに常闇さんは驚いたような表情をしながらもうなづく。


「その時の由芽は絶望したわ。それはそうよね、これまでの努力を全て全否定されたんだもん。そんなあいつのことが私は見てられなくて、無責任にも「由芽の努力は無駄なんかじゃない。いつか、高校デビューに成功した由芽のことを好きになってくれる人が現れるよ」って、なんの根拠もない慰めをしちゃったの。それが彼女を更に傷つけることになるなんて知らずに」


 常闇さんの瞳はいつの間にか遠くを見るような目になっていた。


「それからも由芽は誰からも好かれる、自分が愛する人に近づくために創り出したキャラを演じ続けて、様々な魅力的な女の子に出会って、その度に恋に落ちていったわ。そしてその度に『由芽は彼女にするにはちょっと……』と言われて断られ続け、その度に深く傷ついた。


でも、私の言葉が枷になった由芽は自分のキャラを崩さなかった。そんな無理を続けてたらどんなに強い人だって壊れちゃう。だから壊れかけた由芽に私はまた、無責任なことを言っちゃったの。『由芽のためにだったらなんだってする』って』」


「由芽さんは……ほのかさんに何を求めたんですか?」


 聞いちゃダメだ。一瞬そう思ったけれど好奇心には抗えず口に出してしまう。


「由芽が要求してきたのは「彼女の”はじめて”の代わりに私の“はじめて”を差し出すこと」だったわ。由芽の恋愛感情は性欲を含むものだったから、先輩や他の恋愛対象で満たしたかった性欲を代わりにもならない私で満たしたかった、そう言うことだったのよね」


「そんな気安く“はじめて”をあげちゃっていいんですか」


「私は別に良かった。もちろん由芽とエッチなことをしたいなんて感情は微塵もなかったけれど、わたしが処女を捨てる程度のことで由芽が立ち直ってくれるなら安いもんだと思った。それが、私の考える「友情」で、私にとっての幼馴染の責任の果たし方だった。結果的に、それは大きな誤りだったんだけれど」


 話の重さにごくり、と唾を飲み込んじゃう。


「その日。由芽は先輩と一緒にやりたかったこと・やるはずだったことを私でやってきたわ。私のことを貪りつくし、弄びつくした。それに少しも不快な感情がなかったかと言うと嘘になる。正直由芽ってエッチなこと得意じゃないから痛すぎたりするんだよね。でも、それをやっても由芽の心は満たされなかった。当たり前だよね、だって私達はあくまで「幼馴染」でそこに恋愛感情は介在しないんだから」


「……」


「その一夜を境に由芽は変わってしまった。外では誰にでも好かれる「いい子」を演じ続けてるよ。でも、自分から誰かを好きになることはしないようになっていった。自分が傷つくのがわかってきたから。でもその分の満たされない感情を、私に肉体的に依存することで満たすようになっていった。私達は何処まで行っても『幼馴染』で、本当に満たされることがないってわかってるのに」


 聞いているだけで胸が痛い。由芽さんもかわいそうだけれど、それ以上に近くで見て、由芽さんを慰めようとして傷つき続ける常闇さんの気持ちを考えると胸が張り裂けそうだった。


「互いに恋愛感情が存在しないのに肉体関係だけは持つ歪な関係。「幼馴染」として間違っている。そう考えた私は由芽から距離を置くために転校した。それでも、性行為に及ぶことはなくなっても私達のスキンシップは一線を越えたものであり続けちゃった。どこら辺が限度化か、もうわからなくなっちゃってるんだよね。そしてそれは私も同じ。間違っているとわかりながら、それでも心のどこかでは由芽に頼られるのが嬉しくてつい受け入れちゃうし、自分からやっちゃう。だから」


 そこで常闇さんは大きく深呼吸して、言う。


「だから、私は由芽に彼女ができることを心から待ち望んでいた。本当に由芽のことをわかって、心の底から愛してくれる彼女を。そう思いつつ、私は幼馴染としての一線を越えてあまりにも由芽に干渉しすぎた。だから、恋人になる人には私への依存を含めて全ての由芽を知って欲しかった。だから私と由芽の関係もあえて見せつけたし、由芽を楽しませるデートプランを考えなさいってお題を出したの」


 気づくと常闇さんはわたしの瞳を見つめていた。


「―――面倒な幼馴染でごめんね」


 そう言う常闇さんの姿に、なぜかわたしは既視感を抱く。どこで見たんだろう、と施策を巡らせると頭の中にまひるの顔が浮かんできて、思わずわたしは微笑んじゃう。


 そっか。常闇さんもわたしで言う所のまひるみたいなものなんだ。そう思うと、自然に言葉が滑り出す。


「わたしにも、わたしのことをすっごく心配してくれる幼馴染がいるから気持ちはわかります。でも」


 そこで一旦言葉をきり、深く息を吸い込む。そしてまっすぐ常闇さんのことを見つめてわたしは言い放つ。


「安心してください。わたしが、由芽さんの……ううん、由芽ちゃんの本当の『恋人』になって、由芽ちゃんを満たして見せますから」


 わたしの答えに常闇さんは満足そうにうなづく。


「由芽のことは任せたよ」


 いたずらっぽく言って笑う常闇さんの表情は傾き始めた西日に照らされ、とても素敵だった。




 そして迎えた日曜日。わたしは用意してきたコースを無事に回りきり、由芽さんに満足してもらうことができた。そして初デートの最後。


 夜景の見える小高い丘にわたしと由芽ちゃんは立っていた。


「こんなロマンチックなところだと、告白でも始まりそうな雰囲気あるね」


「改めて告白するんですよ」


 わたしの言葉に由芽ちゃんは驚いたような表情になる。でもわたしは構わず言葉を続ける。いつだってわたしは勢いで振り切らないとやり切れなくちゃ後悔しちゃうから。


「わたし、「由芽ちゃんみたいになりたい」ってずっと思って学校でも努力してるつもりなんです。でもなかなかうまくいかなくて。そんな時、由芽ちゃんに出会って、トップカーストにいる雲の上のような人なのにわたしにもフレンドリーに接してくれて親近感がなんだか湧いて」


 うう、口に出していて恥ずかしい。恥ずかしいから、最初の告白の時は「好きです、付き合ってください」しか言えなかった。

 でも、それだけで伝わる訳がない。だから、今回は言い切るんだ。そう自分を奮い立たせて言葉を続ける。


「でも由芽ちゃんのことを知っていくと本当に昔は由芽ちゃんもわたしと一緒だったことを知って驚いて。その瞬間、憧れだけじゃなくて「似た者同士」だな、って思うようになって。余計に由芽ちゃんが眩しく見えて。だから!」


 そこでわたしは大きく息を吸い込み、吐き出す。


「わたしはあなたのことを好きになりました。わたしはあなたが好きになったキラキラした存在じゃないかもしれない。でもあなたがそうなれたようにキラキラした存在になって、あなたが好きになった、あなたが大好きな女になるから。だから、改めて。わたしと『恋人』になっていってくれませんか」


 い、言い切った!

 わたしの渾身の告白を聞いた後。由芽ちゃんは暫く唖然としていた。でも不意に小さく噴き出す。そして。


「そっか、これが『好き』『恋人同士』ってことなんだ」


と、誰に言うともなく呟いた。


「……前にも言ったけどあたしね、片思いして失恋ばっかりしていて、誰かに告白されたことないんだ。だから、こころちゃんに告白された時すっごく嬉しくてオーケーしちゃったけれど、自分がこころちゃんに抱いている感情が恋愛感情なのかどうか、凄く不安だった。で、誰かと付き合ったこともないから、ちゃんと『恋人』ができてるのか凄く不安だった。


 そんな時、お家に来てもらった時に修羅場になって、『こころちゃんを喪いたくないな』っていう気持ちが芽生えた。それがなんなのか自分でもわからなかったけれど、ようやく気付いた気がする。あたしも知らぬ間にこころちゃんのことを女の子として見ていたんだ。こころちゃんはあたしがこれまで好きになったタイプとは全然違うよ?でも、お付き合いするタイプとしては、本当はあたしも自分と似ていて、自分のことを全て受け入れてくれる人に惹かれてたんだ。だから」


 不意に由芽ちゃんがわたしの手を取って指を絡ませてくる。そしてそのままピンク色の唇をわたしの口元に優しく押し付けてくる。その柔らかい感触にわたしの心臓の鼓動はとくん、と大きく跳ねあ上がる。


 でも嫌な気分はしない。うっとりとした気持ちで体も心も満たされていく。それはきっと由芽ちゃんも同じ。身体接触してればそれくらいわかる。


 数分間ほど初めての濃密なキスをしてから、由芽ちゃんはようやく唇を離した。口元から一筋の白い糸を垂らした由芽ちゃんの頬はほんのりと赤くなっている。


「だから、これがあたしの答え。あたしは今のこころちゃんが好き。あたしのことを理解して、受け入れてくれたこころちゃんが好き。だからこちらこそ、不束者ですがお願いします」


 こうして、わたし達は本当の意味で彼女同士になったのでした。



 

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