テンプレに絶対させたくない神様によるテンプレに沿った冒険がしたい男の異世界生活

オグリ

第1話

「わしが神じゃ」


 目の前に佇むその老人は、俺を睨みつけながら言う。白い衣に身を包んだその老人の顔は少し尖った鼻が特徴的で、綺麗なサインカーブを描く髭、そして、


 そして、干からびた砂漠の中、健気に生きながらえているサボテンの様に点在する髪の毛......

 苦労してんだなぁ......何だろう、目元が熱くなってきた......。


「これ、なに失礼な事考えておるのじゃ」


 老人が持っていた杖で俺の頭を叩いてきた。だが痛みを感じない。

 そもそもここはどこだ? 何で俺はこんな所にいるんだ? あれ? そもそも、さっきまで俺何しようとしてたんだっけ? 俺って誰だ?

 頭の中が疑問で埋め尽くされていく。名前すら思い出すことができないくせに、中学受験で落ちた記憶や高校受験で落ちた記憶、大学受験で5浪し、ようやく地方国公立に入学するも、遊びすぎて3留というとてつもなく下らない記憶ばかりが脳裏に浮かぶ。今俺が座っている、この雲の中の様な、うっすら霧がかかった様などこまでも白い空間に飲み込まれていく様だ。


「お主は、今この瞬間息絶えた。だがもう一度チャンスをやろう」

「マジで⁉︎ あ! 異世界転生的な⁉︎」


 先程まで頭の中にかかっていた『もや』が、老人の発した『チャンス』という言葉によって晴れてしまった。いや、そもそも別にそこまで悩んでなかったし、大した事じゃないし。


「お主、想像より斜め上をいく馬鹿じゃな」

「馬鹿とは何だ、馬鹿とは!」

「先ず、言葉の使い方を気を付けい。わしは神じゃ。お主は一般人、立場が違うのじゃぞ? 敬語を使わないか、敬語を」


 そんな事はどうでもいい。話が先に進まない。チャンス、つまり異世界転生? 俺は心の中でウッヒョー! と叫ぶ。声に出してたかもしれないけど。神様、顔怖くしてたし。

 俺は異世界転生という言葉は正直嫌いだった。最近の小説や漫画は全て異世界転生して幸せ掴み取る話ばかりだ。ちょっとブルーな雰囲気を最初に出しても結局主人公が最強。人生そんな緩くねぇんだよ馬鹿野郎と何度、それらの物語の主人公に嫉妬したことか。


 だが、俺がそうなるのなら話は別だ。異世界転生、何と響きの良い言葉だ。想像するだけでよだれが出る。


「神様、私が転生する異世界に魔法やスキル、レベル上げやギルドなどはございますか?」

「ある」

「うっひょお!」


 今度は確実に声が出てた。だって俺も聞こえたもん。


「それらだけではない。魔王も存在するし、勇者も今現在はあの世界にいないが、概念は存在する」

「分かりました。私は神様のため、そして異世界の人々のため戦いたいと思っております」


 感無量だ。異世界ハーレム間違いなし。勇者の俺が最強なことも間違いないだろう。大学受験で運が無く落ち続けた俺にもついに幸運の女神が舞い降りた。

 だが、先程から神様が黙ったままだ。一体どうしたと言うのだ。


「神様?」

「......わしも最初は強大なスキルを一つ与え、勇者として転生させようと思っていたのだが......」


 嫌な予感がする。


「神様? まさかとは思いますが......」


 俺が言い終わらないうちに、神様はにっこりと笑い、俺と目を合わせると、


「そのまさかじゃ。お主にくれてやるものは何もない」

「いや、ちょっと待って。おかしいよそれ」

「おかしくない」

「え? だって魔王倒さなきゃいけないんでしょ?」

「倒す必要はないし、倒してくれと一度も言っておらん」

「でも......」

「でももくそもない。お主は夢を見過ぎだ。翻訳スキルだけはくれてやる。あとは自分の好きにするが良い。もう少し人生に厳しさを知るがいい」


 神様がそう言うと同時に、俺の体は光始める。


「ちょっと待てよ! このクソジジイ!」

「達者でな、この人生も大切にするのじゃぞ」


 笑いながら手を振る神様に殴りかかり、あとほんの数ミリあれば届いていたであろう拳は空を切ってしまった。


 と思ったが、何かに当たった。

 どうだ、クソジジイ、これで心が変わっただr......


「国王様ー‼︎‼︎‼︎」


 男叫び声が俺の耳をどうにかする様な大音量で響いた。

 え? 国王? 

 周囲では「何やってるんだお前ー‼︎‼︎」というどこかで聞いたセリフや、金切り声、叫び声の第合唱だ。

 慌てて、俺のパンチで2メートルほど吹っ飛んだ人物に目をやると、神様よりも多い髪の毛、立派な髭、出過ぎたお腹。


 あぁ、この人も苦労して......じゃなくて、横に転がっている豪勢な冠から推察するに......


 成程


 あれ? これもう詰んでない?

 鎧を身に纏った兵士に肩を掴まれ、取り押さえられながら、俺はそう確信した。

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