第16話【シャーリャ王女視点2】

 私がアエルと会う場所は決まっている。

 護衛の協力もあり、外出はなんとかなっているが、それでも目立ってはならない。

 そのため、アエルの家に直接訪問することにしている。


「お待ちしておりました、シャーリャ王女様」


 アエルが礼儀正しく深々とお辞儀をしてくる。

 これも私は嫌だった。


「アエルの部屋へ行ったらいつもどおりにしてね?」

「はい、かしこまりました」


 このやりとりも何度目だろうか。

 私はアエルの部屋へ入り、護衛たちは家の外とアエルの部屋の外側で待機している。

 ここの家族たちには迷惑をかけてしまって申し訳ない。


「アエルーー会いたかったよーー!!」

「もう、シャーリャ様はいつも私に抱きついてからでないと始まりませんよね」

「当たりまえじゃん!! もうずーーーーっと社交界で挨拶だの礼儀だのって散々言われてたけど、今やっと解放されたんだもん! アエルと一緒のときくらいしか本音がだせない」

「はぁ、どっかの誰かさんと同じようなことを……。私は療養所じゃないんですけどね」


 アエルとは社交界のときに知り合った。

 他の貴族令嬢たちとは違い、切羽詰まった感じでもないし、がめついたり闘争心を燃やすような子でもない。

 だから、私と話しても変に持ち上げようともしてこないし女子会の会話みたいでいられる。

 私はアエルのことも大好きなのだ。


「ところで、なにかあったから来たのですよね? どうしましたか?」

「ひとまずいつもの、アエルが淹れてくれた紅茶ちょうだい」

「はいはい……」


 アエルの用意してくれる紅茶は、王宮で飲むものよりもはるかに美味しい。

 これもアエルの家に来たときは毎回の恒例行事である。

 慣れた手つきでアエルは紅茶を用意してくれた。

 私は王宮の調理場にあったお菓子をコッソリと持ってきて、それを用意した。


「ひとまず、いただきまーーーーす!」


 はぁ、天国。

 はぁ、癒し。

 はぁ、アエル可愛い。


 まるでレイハルと一緒にいるときのような居心地の良い空間と雰囲気で私はご機嫌だった。

 だが、今日はアエルにおもいきって相談することがあってきたのだ。


 アエルにこんなことを言ったらドン引きされて私への扱いも変わってしまうかもしれない。

 それでもこんなことを聞けるのはアエルしかいないのだ。


「ところで、どうしたのですか?」


 アエルが紅茶をゆっくりすすったタイミングで私はこう応えた。


「私、悪女になって王女やめてやりたい放題したい!」

「ぶぶふふっふっううううう!!」


 アエルが盛大に紅茶を吹き出した。

 床がアエルの紅茶で汚れてしまった。


「申し訳ございません! げふぅっ……、シャーリャ様に紅茶吹きかかって……ますよね……」

「え? かかってないけど?」

「失礼しました。前にも似たようなことがありまして……」


 私は、紅茶で湿ってしまった床をハンカチで拭いた。


「汚れてしまいますよ……」

「良いよ別に。ハンカチって汚れるものだし」

「シャーリャ様も優し過ぎですよ……」


 も、って言ったな。

 誰かと私比べられてるのかな。

 まぁ特に気にしないけど。


「シャーリャ様はなにかしらの事情があるのですか?」

「うん、初恋相手を忘れるためには、私には自由が必要だなって」

「はい?」


 自由でまず浮かんだのがミリアナさんだった。

 本人は自覚がないようだが、周りのゴチャゴチャうるさい系の貴族たちはミリアナさんのことを『悪女』だの『悪役令嬢』だのと言っている。

 私はミリアナさんのことは本当は好きだし、むしろ彼女に憧れて私も自由気ままな悪女になってみたいと思っているのかもしれない。


「初恋の人は私のことを今も愛してくれているんだけど、その人には優しくて堂々とした女神様みたいな婚約者がいるの。でも最近とんでもなく酷いことを言っちゃって……。どっちも本当は好き」

「うーん……政略結婚ですね……?」

「そう! 縁談は勝手に決まっちゃってさ。もう私どうしたらわかんないから、ひとまず悪女になってやりたい放題すれば気が治るかなって……」


 私の率直な今の気持ち。

 こんなことを堂々と言えるのはアエルくらいしかいない。

 もしくは仲が良ければミリアナさんにも言えたかもしれないが、もう修復は不可能に違いない。


「ひとまずシャーリャ様が悪女になるかは置きましょう。好きな相手ならば、酷いことを言った件はしっかりと誤っておくべきかとおもいますよ」

「会ってくれるかなぁ……二人の関係性を崩すようなことまで言っちゃったし」

「だったら尚更です。こういうときは王女の権限を使ってでも会うべきだと思いますよ」


 どうせミリアナさんと会えるなら、そのときに悪女と名高い本人から弟子入りを志願するという方法もある。

 だが、やはりレイハルの婚約者だと考えると心が痛い部分があるのだ。


 そうか!!

 ようやくわかった!!


「なにか良い顔をしましたね?」

「うんっ! ここにきてアエルと相談したおかげで、今の私はどうしたらいいかやっとわかったの!」

「それはなによりです。シャーリャ様にご武運を」


 しっかりとミリアナさんには謝罪する。

 そして、婚約破棄してもらうように嫌われれば良いじゃんという提案も白紙することを誓って二人が結ばれる方向へ進んでもらう。

 その上で、私がどうしたらレイハルのことを忘れられるかミリアナさんに聞いてしまえばいいんだ。


 ミリアナさんはハッキリ言うタイプだし、私の事情も一番知っている。

 きっと良い答えを出してくれるに違いない。

 悪女になって王女をやめるかどうかもこのとき考えることにしよ。


 こんなに都合よくうまくいくかはわからないけれど、ひとまずやってみないと。

 特に謝罪に関しては。


「スッキリしたらもう一杯飲みたくなっちゃった」

「用意しますね」


 このあと、アエルと雑談をして楽しんだ。

 王宮へ帰ったあと、すぐにミリアナさんへ手紙を書いて会う予定を作った。

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