第14話 執事にまで感謝されてしまった
「えぇと、婚約の件で──」
「うむ、どうやら私の判断に狂いはなかったようだ。最高の婚約相手を選べたことを誇りに思う」
婚約破棄の流れが一ミリも感じられない。
「なにか私褒められるようなことをしましたか? むしろ……」
「ミリアナ殿があのときハッキリとレインハルトに物申しただろう? あのとき気がついたのだ……。私が甘かったと……」
「はい?」
「ミリアナ殿との婚約を決め、その後レインハルトには立派な次期公爵になるよう仕事を与え過ぎてしまった。私自身も次期公爵になる前にこれ以上の激務を余儀なくされ何度も死にそうになったことがある。だが、これは貴族界の伝統と秩序のため、仕方のないことと思っていた」
あぁ、でたでた貴族界のめんどくさいやつ。
前々からレインハルト様の仕事には関与しないようにしてはいたけれど、まさかそんなに深刻なものだとは思わなかった。
それなのに、私と会う日は仕事に関する文句などは一度も言ってきたことがない。
「レインハルトが倒れてしまったのは仕事を無理に与え過ぎてしまったせいだ。深く反省はしていたが、建前上なにも言えなかった。だが、ミリアナがそれを変えてくれたのだよ」
え、えぇと公爵様。
私、そういうつもりで言ったんじゃありませんからね。
あくまでも本心では思ってもいないただの演技で、『仕事ばっかやってて私のこと相手してくれなーい、もっとかまってー』という束縛するために言っただけのことである。
もちろん、実際にはレインハルト様は私に対して時間を作ってくださっている。
文句を言うほど困ってなどいなかった。
「それで、最終的にどうなったのですか?」
「レインハルト及び使用人たちも全員、無理なき仕事を与えることにした。ミリアナ嬢の熱き意見が私を変えてくれた。本当に感謝している、ありがとう」
「は、はい。どうも」
なんということだ……。
思ってもいないことをレインハルトに強く言ってしまったせいで、何故か公爵様に感謝されてしまった。
しかも、今まで黙っていたレインハルト様も私に対して深くふかーく頭を下げてきた。
「俺も反省している。ミリアナがこんなにも俺のことを気にかけてくれていただけでなく、短い時間で満足のいかない接し方をしてしまっていたのだと……」
「え……えぇと、その。十分ですからね?」
「いや、あの熱意に偽りはないだろう。ミリアナが建前を振るう必要などないのだよ。それに、俺もこれからは君のことを優先すると誓おう」
「は、はい。どうも」
私は、なにやってしまったんだよ!?
せっかく悪女っぽく振る舞って暴言まで吐いたというのに、まるっきり逆効果だったじゃないか!
「ほら、キミも言いたいことがあるのだろう? 遠慮せずミリアナに言いたまえ」
「へ?」
「で、では……」
公爵様は横でずっと立っている執事に対してそう言った。
執事まで私になにか用なの……?
「ミリアナ様、我々は感謝してもしきれないほどの恩があなたさまにあります」
「はい?」
「ミリアナ様の発言によって、我々旦那様に雇われている全員、勤務体制の見直しが旦那様によって行われました。今後、増員して交代制になります」
「それと私になにか関係が?」
「年俸は現状維持、休暇がしっかりと取れる体制になったのです。これは私どもにとっては革命と言っても過言ではありません」
私の行動がなぜかおおごとになってしまっている。
これが悪女モードでなければ、ものすごく喜ばしいことなのだが、悪女として行動したし嘘もついてしまっている。
それで褒められてしまうのは非常にいたたまれない気持ちになってしまう。
「あの……、私感謝されるようなまともなことが出来ていませんから、どうかお気をつかわずに……」
「ミリアナよ……、きみは一体どこまで謙虚で遠慮深いのだ? 今回の件はもっと誇りに思って良いというのに」
「いえいえ、むしろ成り行きでいっちゃったことだったので、本当に気にしないでください」
だめだ、嘘をついた結果でこれ以上感謝されてしまうのはさすがにマズい。
しかも、レインハルト様の本心は婚約破棄をしたい立場だというのに、公爵様や周囲の関係者が私に対して感謝するようになってしまった。
これでは婚約破棄など宣告したら『このバカレインハルトめぇ!!』などと彼が叱責を受けてしまうかもしれない。
こうなったら、シャーリャ王女に相談してみるしかなさそうだ。
王女の権限でレインハルト様と私の婚約を引き離すように頼むしかないだろう。
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