「i」の中には

犬屋小烏本部

第1話 私と彼女

「人を愛すって難しいのね」


友人がそう言ったことがあった。




そう、ただの友人よ。最後まで友人であってほしかった彼女の話。







私と彼女は仲がよかった。ほんとうに、仲がよかった。

大学に入るために一人で上京してきた私は不安で潰されそうになっていた。そんな時だった。彼女が私に話しかけてきたのは。

なかなか友人ができずにいた私は、校内にあるカフェで飲み物を頼みながら読書をしていた。ちょっと古い、恋愛小説だった。

そんな私の隣の席にいきなり座って声をかけてきたのが彼女。彼女ったらね、一言もなしにイスを引いて、座って、こう言ったの。


「お嬢さん、何かお困りかな?」


それはね、私が読んでいた小説にある冒頭のシーンと同じなの。カフェで本を読む女の子に声をかける男の子。


「それ、×××の小説でしょ。読んだことあるよ、あたし」


彼女、その小説を知っていたの。だからその台詞を私に言ったんだ。

もう、気づかなかったら単なる笑い話で終わっちゃうところなのにね。ほんと、彼女はどこかおかしいとこがある。でも嫌いじゃない。

私と彼女は小説の話で盛り上がった。偶然かな、大学の部も専攻も学年も同じだった。

私たちの距離は一気に縮まった。







彼女はとても気さくな性格だった。髪型のボブショートヘアみたいにさっぱりしていた。とても付き合いやすい女の子だった。

趣味が似ていた。読む本も被る時が度々あった。でも、彼女は自分のことを滅多に話さなかった。


私は彼女の過去を知らなかった。知っているのは出身地、誕生日、血液型、趣味、好きな色、好きな動物、それと。

好きな味。


私と彼女で唯一馬が合わなかったのが味の好みだった。

私は甘いものが好き。彼女は辛いものが好き。

だから、いろんな店が集まるフードコートとかビュッフェスタイルの飲食店以外で一緒に食事したことはなかった。

それでいいんじゃないかな。食事を一緒にしないだけで仲が悪いっていう証にはならないよ。

私たちの距離はどんどん縮まっていった。もう、近すぎるくらいだった。


手を繋ぐ。恋人繋ぎで、指を絡ませあって。

頭を撫でる。髪に残るシャンプーとリンスの匂いを嗅ぐ。

名前を呼び合う。耳のすぐ近くで、他の誰にも聞かれないように。


私たちはもう、友人という距離にいなかった。

でも恋人でもなかった。


私は知っていた。彼女が私のことを特別に見ているって。どんな風に見ているのか、知っていた。

でも私は何も言わなかった。

彼女も何も言わなかった。


ただそばにいたかったの。他の人よりもほんの少しでいい。近くにいたかったの。離れたく、なかったの。

だから言わなかった。

ただの友人のままでいたかった。いてほしかった。


それが崩れたのは思いもしないきっかけからだった。

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